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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第一章
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09話

「無事かラウロ!」

 ウォルターが東門へと入ると、守備隊員三人がゴブリン一匹を囲んでいるところだった。一瞬、無事だった事に安堵したものの、ゴブリンの武器を見てウォルターは気を引き締める。


 いくつも分岐した枝のような、歪な剣。斬るというよりも刺す、いや隙間に絡めての武器破壊を目的とした剣かもしれない。あれはそこらの剣とは違って特注品だろう。そんなものをゴブリンの製鉄技術で、二振りも用意されるあたり、腕の良い戦士と考えて良い。ウォルターは、警戒しながらラウロの隣へと並んだ。


 三人は等間隔でゴブリンを囲み、壁際へと追い詰める形をとっていた。街中に走り込まれでもしたら手に負えないという、ラウロの判断だったが、これが功を奏していた。


「コルは?」

「広場に向かったっす。内容は、ゴブリンが来たくらいにしか伝わりませんが」

「やられるよりマシだ。あいつはやれそうか?」

「かなり、手強いっすね。不用意に踏み込めません」


 角刈りのラウロの顔は脂汗で光っていた。そこで初めて、ウォルターはラウロの左腕がないことに気が付いた。


「ラウロ、その腕……」

「一撃目で。倒す気で踏み込んでいたらやられるところでしたよ。気を付けてください隊長」

「あの形状で、一撃で斬り落とすとは。ゴブリンの腕力は侮れん」


「隊長、もうちょい労いの言葉とかは、ないんすかね」

「事が終わったならいくらでも言ってやる。だから、死ぬなよ?」

「へへ、俺ぁ監視役なんすから。滅多なことじゃ、ねぇ」


 太い唇をゆがめ、ラウロは汗に光る顔を揺らした。相手はその様子を大きな眼で見ていたが、一向に動く気配がない。ラウロの腕が問題なければ交代して弓を引かせるところだったが、それも出来そうにない。他の二人と交代したのでは、弓で追い詰められた相手が片腕のラウロに突撃するのは目に見えている。


「どう考えても陽動だな。時間稼ぎが目的だから無理に攻めても来ないんだろう。となると」

 東の空で、こもったように響く、大きな音があがった。伸びるその音に、ウォルターは聞き覚えがある。戦で使われる角笛だ。


 音と同時に、ゴブリンが動いた。低い姿勢で二振りの剣を交差させながら前へと突き出し、ウォルターとラウロの元へ走り込む。ウォルターはラウロを庇い、左の盾を構えつつ前へ出た。

 低い軌道で、ゴブリンは左の剣を、ウォルターの盾下部へと差し込む。ウォルターは剣を突き出されないよう、盾を下へと下げ、相手の剣を弾こうと瞬間的に力を込めた。


 その重みがかかる一瞬を、盾越しに感じ取ったゴブリンは、手首を立て、力の限り剣を引く。それにより、歪な剣の枝のような部分が盾へと引っかかり、強引な力比べへ。

 下部が引き上げられたような形となった盾。その表面を滑るように、火花を散らしながら、ゴブリンのもう片方の剣がウォルターの目前へと迫っていた。


「やる……!」

 ウォルターは冷や汗をかきつつ、盾を放棄し、自らはしゃがむ。ゴブリンの右剣は空を切り、左剣は丸盾を空へと弾きあげた。


 ゴブリンの攻撃を捌いたウォルターは、抜け目なく、しゃがみながらも片手剣を左へと振るっていた。しかし流石に牽制程度の剣先ではゴブリンを捉えられず。ゴブリンは剣を無視してすぐに後退。それを追撃しようとするウォルターを、降ってきた自身の盾が遮った。


 そして、盾が間に落ち、ウォルターの動きが一瞬止まるのを予期していたのか。ゴブリンは後退した勢いのまま背後の壁を蹴り、左へと飛んだ。狙いは今の剣戟を見惚れていた隊員。


 若い隊員の顔が恐れに歪む。迫られたら下がるだけで良かっただけの隊員は、先の剣戟と、壁を使った跳躍という二つに翻弄され反応が遅れる。遅れた結果、赤黒い顔がすぐ目の前にあった。


「ひっ……!」

 息をのんだのか、悲鳴を上げようとしたのか。どちらだったのかはわからなかった。その先が出る前に、ゴブリンの左剣が喉から侵入し、皮膚を巻き込みながら、通過のついでに声帯も、食道も、筋肉や血管も、まとめてズタズタに混ぜて行ったからだ。首が右側の肉と皮で辛うじて繋がった隊員は、赤い液体で周囲を染めながら倒れ込んだ。


 すれ違いの一撃はそれだけで、ゴブリンは何の余韻も残さず着地すると、街中へと走る。


「くそ。俺は奴を追う! 角笛が吹かれたってことは何か来るぞ。東門を!」

「待ってください隊長! 土煙です! 今すぐ門を閉めなきゃやばいっす」


 逃げたゴブリンを追おうとするウォルターを、ラウロが止めた。振り返ったウォルターの目に、開かれた東門から、地平線にかかる土煙が見てとれる。土煙をあげる規模の敵。たとえここで粘ったとしても、閉じない門と負傷兵との三人で防ぎ切るのは無理があった。


「……ダメだ。東門一時放棄! コルの伝令で援軍が来るはずだ。奴を追いつつ合流、それから東門へ取って返す。急ぐぞ!」


~~~


「くそ。騙された。あんの眼鏡ブス!」

「眼鏡ブスって……」

「じゃぁ乳おばけだ!」


 街中央から少し東に下ったあたりで、大声をあげながら金槌を振るう青年がいた。ヘンリーだ。そしてそれをなだめるのは傍らで板を押さえるオルフである。班は小路を封鎖している最中で、いくつかに分かれ、土嚢を運んだり、板張りをしたりと作業を進めていた。


「あの良さがわからないとは、まだまだ子供ですねぇヘンリー君」

 土嚢を設置しながら、この封鎖班をまとめる小太りのジロ班長が話しかけてきた。ジロは細い目に、人懐っこそうな笑顔を浮かべてはいたが、15kgはある土嚢を三つも肩に担いでいる。そのくせ表情ひとつ変えずに軽口で臨時隊員をからかっていた。


「はぁ? 確かに胸はでけぇけど、あいつそれだけじゃん。眼鏡もやぼったいし」

「わかりませんかねぇ。そこがいいんじゃないですか。子供には早いのかなぁ」

「なんだよ子供子供って。俺だって17だ。もう大人だろ! ジロ班長の趣味が変なんだよ。なぁオルフ?」

「え。あ、うん」


「ああ? なんだお前、あの乳が良いのか?」

 ヘンリーが金槌を打ち終え、新たな釘を手にしながら言った。オルフの方は生返事のまま、板を見て首をかしげている。


「おお? オルフ君はヘンリー君より年下なのに大人の趣がわかるとは。一味違うようですねぇ。ベイビーフェイスのわりに、実はむっつり?」

「へ? いやいや、違います。単に、ここ。こっちから板をつけても。向こうから押されるなら、向こうから打ち付けた方が良いんじゃないかなぁって」


「流石オルフ。で、なんでだ?」

 ヘンリーは腕を組んで言うだけ言った。考える気はない。


「まぁ向こうから押されるんならそうでしょうけどねぇ。押すのはこっちから、土嚢を積み重ねますから。それに、そうじゃないところだって、武器や道具でやられたら大差ないですし、何より今は数ですからねぇ」


「そうだぞ坊主ども。話してる暇があったら手を動かせ手を! できねぇんならお家に帰んな」

 資材を運んできた下士官役のマーティが声を荒げた。手押しの荷車を脇につけ、手早く木材や釘などを運んでいく。


「いやいや、へそを曲げられて本当に帰られたら困りますよぉ?」

「そいつぁ確かに。まだお子ちゃまだからなぁ。へそ曲げちゃうかもなぁ」

 ジロ班長とマーティは作業をしながら、声高く笑った。


「ったく、あんな重いのをひょいひょい運びながら、化け物かよ」

 ヘンリーは辟易しながらも、自分ではあんな重いものを運びながら談笑なんて出来ないと少しだけ拗ねていた。


「身体の出来が違うんだよなぁ」

「まぁ君らも、あと五年くらいしたら体格もしっかりしてきますよ。そしたらきっと、臨時隊長の魅力にも気づくんじゃないですかねぇ」


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