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43話

「御苦労諸君」

 遠キ縁ノ宝球が繋がるなり、映し出されたリットン・トゥッラ司令はそう言った。場所は広場北に位置する臨時司令部で、既に日がのぼりはじめている。戦闘のあと、夜通し歩き回った面々は疲れが色濃く、それでも上官の手前座り込むことはなく、立ち上がって気を付けの姿勢を作っていた。


 リットンはその場にいるウォルター、スージー、マイ、オルフ、ヘンリーを順に見やり、にやりと頬を吊り上げ、上機嫌に話しだす。


「良い顔になったな新米ども。戦場はほどよくひよっこの皮を剥いてくれたようだ。それで、あのうるさい議長やデブの姿が見えないようだが、死んだのか?」


「はっ、ロマノフ議長は残念ながら。ジロ隊士は現場指揮を執っております」

「そうか。何やら楽しい出来事があったようだが、まぁいい。それで、当然敵将は狩れたのだろうな」


「はっ、敵将討伐に成功し、100名近い捕虜を救出し帰還したところです。現在敵の抵抗は弱く、一時的に敵の手に落ちていた広場北も奪還し、防備を固めているところです」

 時刻もあって、ウォルターはまず報告書という形で帝都へ文書を送っていた。そこにはここまでの経緯と留意点などが書き込まれていたが、送ってすぐに向こうから通話のため人を集めておけという指示が飛んできたのだった。


「で、敵は撤退したか?」

「はっ。いいえ、未だ敵は残り、散発的な抵抗を見せています。おそらくですが、敵将による強制がなくなったことで、好き勝手に動いているのかと」


「だろうな。さて、ここで例えばの話をしよう。遠方の辺境で蛮族の侵攻に合い、多くの民が蹂躙され、帝国の民は日々心を痛めていた。そこへ、とある貴族の当主が、己の私兵を持って、軍の支援もなく、弱きを助け蛮族を挫き、捕虜となっていた者たちを救い続けていたとしたらどうだろう。これは素晴らしい英雄譚だ」


「ちょっと待ってください。それ私ですか!? 私ですよね!? 絶対嫌ですよ!」

 リットンの言に、顔を青ざめたスージーが一歩前に出る。


「ただの例え話だノヴァ家の当主よ。ただ、もしそういう英雄が居るとすれば、そう。居るとすれば、我々も鬼ではない。軍は動かさないことに決まったが、義憤にかられた英雄を見捨てるほど、軍人も冷たくはない。彼らとて人なのだ。決まり事で動くことが出来ぬ自分たちに代わり、奮闘し民を救う者が、それも女性当主自らが戦っているとすれば。多少の書類操作や偵察という言い訳をこねて、きっと助けてくれるだろう」


「つまり、以後も戦い続けるなら支援をするってことですよね。めいびー」

「例え話だと言っている。だがもしそうなれば広告塔としても立派だな。民は軍人に寄付などしないが、英雄には喜んで金を払う。ノヴァ家の当主に死んで欲しい親類共も二度と口出ししなくなり、どこかの捕虜たちも、英雄が助けた命なら受け入れる砦が出るかもしれない」


「お、脅されている。今、私たち脅されていますよこれ」


「人聞きが悪い。これからのことだ。どうする? そのままゴブリンが居座り続ける中、食糧などの補給もなく、怪我人たちを庇いながら死ぬまで戦うのか。義憤にかられた英雄となって、それ以降もゴブリンどもを後方から脅かし、敵将を狩ることで、助けた者たちを砦に受け入れてもらうのか。そうすれば、そこの43号はおまけとしてつけてやろう」


「リットン・トゥッラ司令。アヌラグロワール43号はヘンリーの……」

「小娘の浅知恵にのってやると言っているんだ」

 話題に出されて前へ出たマイだったが、その言葉はすぐに遮られてしまった。リットンは小馬鹿にしたように続ける。


「私はその程度の戯言を聞く程度には寛容だが、わかっていないと舐められるのは好かん。43号、いや鹿波舞。本当に私がわかっていなかったとでも? 楽しかっただろう? 年近いお友達と遊ぶのは。私がその気になれば上位命令でヘンリーを殺させ、ゴブリンも街も全滅にすることだって出来た。ただなに、小娘のかわいい言い訳に笑ってしまってな。お前は私の秘蔵品だ。軍の管轄とは違う。だから、そこでゴブリンどもを脅かすというのなら、多少のお遊びにも目をつむってやると、そう言っている」


 リットンの言葉に、マイは何も言えなくなっていた。俯き、悪戯のばれてしまった子供のように、肩を小さくして縮こまっている。その様子と、リットンの言葉に、大きなため息を流して、マイを庇うようにウォルターが前へ出た。その目はリットンを睨むような目つきとなっている。


「つまり、軍にとっては広告塔に出来、司令としては敵将を狩るコマがひとつ増える。街の人々にとっては砦で助かる道が出来、成功すればノヴァ家の当主は親族とのしがらみから解放される。更に黒沼は己の我儘を続けることが出来、ヘンリーは死なずに済み、なおかつ司令は秘蔵の兵器を政敵の目から隠すことが出来る。こういうことですか?」


「なに、たとえ話だ」

 リットンは鼻で笑い、短く言った。


「司令は、街の危機に黒沼の力を封じさせたまま、ヘンリーを盾に敵将を倒してこいと言った時点で、こうなる筋書をしていたというわけですか。確かに司令が、あの場で見ればヘンリーを犠牲にさっさとアヌラグロワールを展開した方が早いはずなのに、変に情をかけるのはおかしいとは思っていましたが。


 数年会わない間に丸くなったと思ったのが間違いでしたよ。見えていたんですね? 敵が撤退しきらず、その後の選択肢として俺らがそれを選ぶしかないというのが。そっちの方が長い目で見れば、ヘンリーや助けた捕虜を見捨てられない俺たちが、そう動いた方が得だと。相変わらず、俺はあんたの手の平から抜け出せないんだな」


「腐るなウォルター。そんなこと、はじめて会った時からわかっていただろう? それに、私とて全てが見えているわけではない。ただ単に、どちらに転んでも都合が良かっただけだ。その中でも、諸君らは期待以上に働いてくれた。それには礼を言おう。今回の働きは、私が想定した中でも、かなり私にとって都合の良い流れとなった」


「あの、発言いいでしょうか」

 険悪な空気の中、オルフが手をあげた。律儀に、前回リットンが言っていた、許可なく喋るなを実践している。


「いいぞ少年。名はなんだったか」

「はい。ありがとうございます。オルフです。あなたが、マイに殺しを誇らなければやってられないようなことをさせていた人ですか?」


「ふははははは、面白いこと言うな少年。まぁその通りだ。兵器なのだから当たり前だろう」

「じゃぁ僕はあなたのような人を殴ることを、人生の目標にします」

 その発言に、場の多くの者がぎょっとしてオルフを見た。言われた相手であるリットンも、笑っていた口を引き締め、とはいえ端はあげながら、挑むような目つきでオルフを見る。


「ほう、それで?」

「今のはただの宣言です。先生、僕はリットン司令の案に賛成します。いいじゃないですか。僕らに選択肢なんてない。レティアやせっかく助けた街の人々を救うためにも。それに、随分フェアな申し出だと思います。脅しで全くメリットがないことをさせるより、よっぽどこの人は良い人だ。


 難しい話は置いておいて、そんなに悪いことですか? 人を助けることが。他に選びようがないのなら、もっと前向きに考えたいと、僕は思います。綺麗ごとだとか、裏でどんな思惑があるにしても、殺すことを誇るより、人を救う義憤を誇ったほうがよっぽど良い。僕、何か変なこと言ってます?」


 ものすごく変なことを言っている、そうは感じるものの、言っている内容自体はそこまでずれてはいないため誰も言い返せない。変と感じるのは、リットンを殴ると言っておいて良い人と論じ、それはそれこれはこれと、話に乗っかろうとする、そのオルフの思考の飛び具合なのだが、それをすぐに理解したのはリットンだけだった。


「面白いな少年。見てみろ、戦は人を変えるぞウォルター。なかなかに愉快だ。さて、少年たちは覚悟を決めたようだが、どうするね守備隊長に、ノヴァ家の当主よ」

「少年、たち?」


「先生、俺も良いと思うっす。オルフの言うように難しいことは置いておいて、このままよりよっぽどマシかと。それに、英雄とかなんかカッコいいし」

「お前なぁ。ったく、確かに状況は。俺が手の平にのせられていたのが気に食わなかっただけか、どうするスージー?」


「ああもう。もうもうもう。確かに選択肢はないですよこれ。あのおじさんたち、まだ私を殺そうとしてるんですか! 辺境に行ったんだから放っておいてくれればいいのに!」


「学生時代と同じだ。穏便な死を望まれている当主とは滑稽だが。遺産が欲しいだけの奴らに良いようにされたくなければ力をつけろ。前にも言ったな問題児。ここでうまくやれば、お前は英雄としての立場を得る。そうすれば、排するよりも大きな利益が入るとして、持ち上げらえることはあっても殺されることはあるまい」


「司令はいつも私たちのことを想ってくれてるのかどうか、わかりにくい!」

「大丈夫だ。お前の親族から殺してくれと金なら貰っているが、そうやって放り込んだ戦場で、お前が英雄になったとなれば、奴らはぐうの音も出ないだろう。そうなったあいつらの顔が楽しみだ。きっと愉快な顔になるぞ」


「お金もらってるし! 精々死なないように頑張りますけども!」


「御苦労諸君。無事英雄になる覚悟が決まったようで何よりだ。では有志による救援隊を送ろう。昼までに出られるよう準備をさせろ。スージー・ヘヴラント・ノヴァ、貴公のこれからの活躍に期待する。それと、その時にゴブリンの副将とやらもこちらで引き取らせてもらう」


 その言葉を最後に丸石に映っていたリットンの顔は消えて行った。一気に場の空気が弛緩したものの、すぐにウォルターは動く。


「スージー、避難民をまとめなきゃならん。寝る暇はないぞ」

「ひぃ。ああもう、もうもうもう。知ってます。知ってました。どうしてこんな役回りばっかり。隊長実は悪い運気をお持ちでは!? めいびー」


「俺たちは、だろ」

 言い合いながら二人は足早にその場をあとにしていた。


「なんだかんだ仲が良いんだから」

「あの二人は腐れ縁」

「ともかく、僕らも一度戻ろう。流石にへとへとだし」

「あー、それならちょっと俺、レティアのところに行ってくるよ。二人で母さんのところ行かなきゃ」


 ヘンリーの母、リーネは無事保護されていた。というのも、あの敵将グランとの決戦の場にいた集団の中に居たのである。暗さと、激しい攻防の最中、息子の声に気づいていたリーネだったが、周囲で蹲る女たちや、縋りついてくる子たちを押しのけて前に出ることも出来ず、落ち着いてから名乗りをあげたのだった。着いたら着いたで、すぐに治療だなんだと離され、揚句ヘンリーは報告の場に呼ばれたので、まだまともに話せていない。


 出て行こうとするヘンリーの左腕は、死なない以上いつかは繋がると、元の位置に吊るされていた。傍から見ると、ただ腕を骨折したから首から吊っている、という風にしか見えない。そして、その布地を掴まれ、ヘンリーの足は止まった。


「ヘンリー、あまり離れない」

「わかってるけど、流石にほら、なぁ」

 ヘンリーはばつの悪そうに頬を掻いて目をそらしていた。流石に母親に泣きつく、というほどではないが、情けない姿は見せたくない。オルフはそれを察したのか、マイの手を横から掴み、首を振っていた。


「家族水入らずにしてあげようよ。色々、積もる話もあるだろうし、ね」

 その台詞に、少しヘンリーの表情が曇る。どうしたって伝えなければならない。自分が父を守れなかったことを。


「わかった。でも、近くには居たほうが良い。オルフも付き合う」

「僕も? 僕も父さんにちょっと」

「良いから」

 いつになく強情な態度に、ヘンリーもオルフも顔を見合わせたが、マイの真意は読み取れず、お互いに別れて行動することとなった。

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