41話
後ろからの殺意がウォルターの背中を貫く。来る、と感知能力か本能か。感じ取ったウォルターは咄嗟に横に転がった。その背中を、グランの鈍器が掠めていく。風圧と、肉を削ぐ痛みがウォルターの背中を叩いた。受け身から立ち上がり、飛びつくように、落ちていたゴブリンの剣を拾い上げたウォルターは、ようやく振り返ってグランと対峙する。
「傷をつけたぞ戦士よ。あとは出血で体力を持って行かれるがいい」
「それはどうかな。呪詛の印は確かに傷の治癒は阻害するが、夜の俺には通じん」
「なんだとぉ?」
ウォルターは、わざと向こうの戦意を削ぐために、軽く半身になって背中をグランに見せていた。頼みの綱というほどではないにしても、武器のひとつが通用しないとなれば多少はプレッシャーとなるだろう。という判断だった。
ウォルターの背中は、鈍器についていた螺旋状の刃によって、表皮と肉が少し抉られてはいたが、そこから流れる血は表面に留まり、流れ落ちるようなこともなく、傷口を塞ぐかのように揺れていた。
「闇を使い、眼が蒼い。おまけに血を操るたぁ、てめぇ吸血鬼ってやつだなぁ?」
「半分だけだ」
言い切り、ウォルターはゴブリンの剣をもう一本拾うと、グランへと走った。間合いに入るや否や振り下ろされる鉄塊。ウォルターはそれをまともには受けず、左の剣で、少し触れるくらいに軌道をずらす。火花が散り、鉄塊は地面へと叩き込まれた。ウォルターはその結果を待たず、右に踏み込んで、グランの左側から右の剣を振り上げる。
身を後ろへと反らし、上がってくる剣先をぎりぎりでかわすグラン。身を後ろに傾けたことで、背筋で鈍器を引っ張りあげ、そのまま後ろから回すように身体ごと回転させた。後ろへの重心移動で持ち上げ、回転によって遠心力をつけた鈍器を、自身の左にいたウォルターへと振るう。ウォルターは後ろに跳躍しこれを回避。
眼前を通り過ぎる鉄塊と、その風圧を感じたウォルターは、胸元に走った痛みに顔をしかめる。着地した先で見れば、胸元の革鎧が切り裂かれ、うっすらと血が滲んでいた。その血も表面に留まってはいたが、今のはおそらく斬撃を飛ばすさっきの技。あそこまでの溜めがなくても、軽い射程ならば出せるということか。ぎりぎりの見切りは危険だな、と考えてウォルターは左腕を振った。流石に触れるくらいでも、片手であの鈍器に触れた衝撃は響く。ウォルターの左腕は軽く痺れていた。
「もうあの闇は使わないのか吸血鬼よ」
「半分だって言っただろう。お前には、あまり意味がなさそうだからな」
「半分か。そういう意味ってんなら、俺も半分人間だぞ吸血鬼」
「お互い、因果な血を持ってるみたいだな」
「違いねぇ」
闇の展開にも少量だがマナと集中力を消費する。弓手との連携を阻害するためにもさっきは使っていたが、今グラン相手に使っても、今度はオルフたちの状況がわからなくなって困るデメリットのほうが大きい。グランとウォルターは獰猛に笑いあってはいたが、隙なくお互いの出方を窺っていた。
「先生、吸血鬼だったの?」
「正確にはハーフ。父親が吸血鬼で、ある村を壊滅させた悪鬼。吸血鬼は討伐され、その時ウォルター・カイルも保護されたと聞いている」
驚きの声をあげたオルフに、すかさずマイが言う。その目はウォルターとヘンリーの攻防を追いかけて忙しく動いていた。
「マイさん人の個人情報を勝手に漏らすのはどうかと!」
「吸血鬼と思われる方がウォルター・カイルにとって心外なのでは?」
「それは、確かにそうかもしれませんけども。それを決めるのは隊長ですよめいびー。っと、戦う準備できました。あとあと、なんかゴブリンの人質を見つけました。どうしましょう」
「ゴブリンの人質?」
「ですです。どうやらマーティさんが捕まえた敵の副将らしいです」
スージーが引っ張ってきた鎖を引き上げると、口に詰め物をされたうえ紐で固定され、苦しそうに涎を垂らしている赤い顔のゴブリンが、オルフの目の前へ鎖で縛られた格好で転がってきた。
「というかマーティさん無事だったの!?」
「え、はい。辛うじて。応急処置はしましたので、一応」
「良かった。えっと部隊を前に。ヘンリーと交代。ヘンリーには戻ってもらう。いくら触れれば殺せると言っても、対処され始めたら厳しい。十分時間は稼いだし、ちょっと考えがある」
「変態オルフ、次は何を考えた?」
少しだけうんざりした顔で、マイはオルフに非難がましく言っていた。そして帰ってきた言葉に動きが止まる。
「使うんだよ。君たちを」