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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第三章
36/44

36話

「オルフ、やべぇぞこれ」

 平屋そばに身を潜めたオルフたち三人は、大鍋周辺でついに始まった、捕虜たちとゴブリンのぶつかり合いを目の当たりにしていた。満足に動けぬ身体で、武器とも言えない農具を突き出す捕虜たちと、そこに群がるゴブリンたちの波。


 手足の欠損した者が大半を占める捕虜側と違い、相手は小柄と言えどきちんとした武器を持ち、その動きは力強かった。リーチの差でどうにかゴブリンたちを押しとどめようとする捕虜たちだったが、一人、二人と、腕や脚の負傷が大きい者から組み付かれていく。


「ヘンリー、あれ!」

「ああ? んだ、親父!?」

 オルフの指さす先、鍋のそばでかがり火に照らされていたのは、ヘンリーの父ハウエンの姿だった。遠目に見える姿は血にまみれており、棍棒を杖のようにして身体を支えながら、何事かを叫んでいる。


「待ってヘンリー、今考えるから」

 飛び出そうとしたヘンリーの肩を掴み、オルフは唇を噛んだ。言ったはいいが、ともかく今は速さが必要なのも事実で、ゆっくりと考えてはいられない。


「マイ、どんな術が使える?」

「雷撃。転移。射出。だいたいは記述式。即時は雷撃のみ」


 今更聞くのかとは思ったものの、自発的に伝えていなかったのも自分のミスか、とマイはすぐに答え、しかし状況からは目を離さなかった。探すのは敵将の姿。指揮をとっているゴブリンがここにいるならば、それを崩せば巻き返しの可能性があるはずだ。


「マイ、あの大鍋をゴブリンたちにぶつけることは?」

「捕虜を巻き込んでいいなら」

「ダメに決まってるよね」


「捕虜が邪魔。それと少し時間が必要。敵将が見当たらない」

「いないのかも。見つける時間もないし、行くよ」

「オルフは残って。敵将を探す。大鍋を倒してもその場しのぎ」

「わかった。マイは大鍋へ行って術を。ヘンリーは横から突っ込んで。戦うことより捕虜たちを鍋の反対側へ避難させるのを優先で」


「おう! 流石オルフ」

「なにそれ」

「そんなの俺には考えつかねぇってこと。十分すげぇよ」

「ヘンリーは突撃。鹿波舞が寸前に雷撃で隙を作る」


 言いながらマイは足下に術の記述をし始めた。マナを込めた指先で、決められている通りの回路と少量のエルフ文字を描いていく。ヘンリーは一度、首から吊った左腕を見たが、捕虜側とゴブリンがぶつかり合っている以上、下手に穢れとやらが感染していったらまずいと、腰のサーベルを抜き放ち、集団へ向かって走り出した。


 右手で地面をなぞりつつ、左手をあげたマイは、ヘンリーが突撃するだろうあたりに狙いを定めて術を発動。空気を打つ大きな音が鳴った。それと共に、ほんの瞬きほどの間だけ、青い光が歪に折れ曲がりながら、捕虜たちに襲い掛かっていたゴブリンの側面へと走る。

 雷撃に打ち据えられたゴブリンと、光と音に反応した両陣営の者たちの動きが止まった。そこへサーベルを手に突入しながらヘンリーは叫ぶ。


「負けてらんねぇよな、俺も!」

 マイは雷撃によって動きが止まったのを見計らい、右手の指で完成した陣を二回叩いた。魔導砲の術で射出されたとして、着地点に捕虜が居れば潰してしまう。雷の光と音で目を奪われた交戦していない人々、その間に狙いをつけ、マイは術を起動した。


 正確には転移術自体を射出する複合術。滑空するのはマイ本人ではなくマナの塊だ。物理法則に左右されずに飛ぶ、そのマナの着弾点で転移術が発動するという仕組みである。そのため、滞空中にオルフが気づけなかったように、物理的に迎撃されることはなく、術としての複雑な記述は必要なものの、大砲のような弾道計算が要らないという特性があった。


 転移発動と共に、圧縮された光情報で真っ白となるマイの視界。次いで魔導砲と違って大規模な安定や保護術がかかってないことによる反動が、マイの身体に衝撃となって返った。全身が軋み、またも脚の骨がいかれたのか痛みが走る。マイは歯を食いしばりそれをやり過ごすと、すぐ目の前にある大鍋へと手を伸ばした。周囲には突然のマイの出現に戸惑う男たちが居たが、痛みが視界を滲ませていて気にしている余裕はない。


「本当に一瞬なんだ」

 敵将を探しながらも、隣から音もなくいなくなったマイに、オルフはそう漏らしていた。



 ヘンリーが振るうサーベルは、簡単にゴブリンの身体を引き裂いていた。雷撃で思うように動けなくなっているというのもあったが、戦いに集中していたゴブリンに、雷撃と不意打ちという畳みかけは、大きな思考停止をもたらしていた。


 横合いから腹を切り、脚を払う。とは言え自分の目的は捕虜側を避難させることだ。ここで調子にのって一方的に倒して行ってもあまり意味はない。それに、片腕で振るうサーベルでは骨までは断つことが出来ず、力不足だった。


「あんたら、すぐに鍋の後ろへ移動してくれ!」

「なんだお前は!」

 ゴブリンの波を斬り進み、どうにか捕虜側へと近づいたヘンリーは叫ぶ。しかしいきなり現れた相手が言う内容を、戦いで興奮している男たちはすぐには理解しなかった。


「何いってんだ! 今戦ってんだ」

「いいから、早く下がってくれよ!」

「ゴブリンが居るのに下がれるか!」


 ヘンリーが言い争う最中、視界の端にあった大鍋が大きく揺らぐ。それはいきなり銅鑼を叩いたかのような鈍く響く音を発し、鎮座していた土台から弾き出された。早すぎる。こちらは準備ができていない。そうヘンリーは思ったが、ヘンリーの心配をよそに、大鍋は反対側の方へと倒れるように、中身を撒き散らしながらゴブリンたちへと突っ込んで行った。


 マイは術式を仕込み終わると、すぐに術を使っていた。雷撃と、ヘンリーの突撃により混乱していた、捕虜側からみての右翼と違い、左翼側は潰走し始めていたからだ。一刻の猶予もないと判断したマイは、すぐにそちらへと大鍋を射出していた。沸騰していた中身が具材と共に飛びかかり、熱された金属の塊である鍋本体が何体ものゴブリンを巻き込みながら転がっていく。優勢だったゴブリンの隊列は大混乱となった。


「マイ、雷撃! ヘンリーあそこ!」

 オルフの声が飛ぶ。オルフは横合いから、鍋を回避するためにいち早く反応し、隊列を飛び出た、布きれをかぶったゴブリンを見つけていた。オルフの指示に気づいたヘンリーは、鍋の動きに呆けていた捕虜たちを無視して走る。マイも、飛び散った中身に濡れ、火傷にもがきつつも動こうとするゴブリンを前に、すぐにオルフの真意を悟った。

 痛む身体に鞭打って、マイは再度雷撃を放つ。短く、転がった鍋へと走った青い光は、すぐに液体に伝播し、巻き込まれたゴブリンたちを更に痛めつけた。


「お前かぁ!」

 鍋によりできた隙間を走ったヘンリーは、隊列を飛び出していた布かぶりへとサーベルを斬り付ける。上から振り下ろす斬撃。ゴブリンは身を半歩ずらしただけでこれを避けると、手にしていた曲刀を下からすくい上げるように放った。カウンターとなったそれを、踏み込んでいたヘンリーは避けることができない。甲高い金属音。


 撥ね上がったのはヘンリーの左腕だった。首から吊るされていたそれは、曲刀の一撃を受け、手甲をへこませながら上へと飛ぶ。ヘンリーの鼻先を掠めた左腕は、そのまま首の紐を外れ、くるくると回転しながら脇の地面へと落ちていった。


 今の自分より数段強い。その一撃だけで、ヘンリーは痛感していた。殺されかけたあのデカイ奴もそうだったが、先生たちの言っていた布かぶりも化物だ。しかし、ここまでお膳立てされておいて、敵いませんというわけにはいかない。案を出してくれたオルフにも、自分のために力の大半を封じているマイさんにも、どうであれそれによって瀬戸際にある街のためにも、ここでやれなきゃ男じゃない。そうヘンリーは考えていた。


「強すぎるよお前」

「オデ強い。お前弱い。片腕で余計。弱いが半減」

「いいぜ。いっそここまで腕に差があるなら、腹もくくれるってもんだ」


 そう啖呵を切って、ヘンリーはゴブリンへと近づいて行く。ゴブリンはその言動に疑問を持ったものの、どんな隠し玉があるにせよ、ヘンリーの先程の動きは警戒に値しない。と判断し、特に気にせず相手をすることにした。


 ヘンリーはサーベルを高く掲げ、速度を変えず、ゆっくりと近寄っていく。対するゴブリンは、腕のない相手と遊んでいる暇はないとばかりに速度を上げ、曲刀を水平にして突撃した。両者が切り結ぶ、あと一歩踏み込めば武器が届くという間合い。そこまで近づいたところで、ヘンリーは倒れ込むように、いや文字通り、ゴブリンの方へと身体を倒れ込ませていた。


 振り下ろされる剣を避け、突きを叩きこむ。そう考えていたゴブリンは、間合いぎりぎりでいきなりこちらへと倒れ込んできたヘンリーの狙いが読めなかった。ともかく何かされる前に倒してしまおうと、場当たり的に曲刀を突き出す。


「なんだ。何?」

 ヘンリーは一切避けなかった。突き出され、左胸へと突き入ってくる刀に体重を預け、圧し掛かるように身を任せる。こうでもしなければ痛みで動きが止まってしまっていただろう、と痛みに意識を持って行かれそうになりながら考え、右の剣を反転させた。そして、動揺して下がろうとしていたゴブリンへとそれを振り下ろす。


 避けないヘンリーに驚いたゴブリンは、次いで相手が倒れ込んでくるせいで抜けない曲刀と、体格差的に押し倒されるのはまずいということと、しかし格下の雑魚相手に刀を捨てるのは布かぶりとしてグランに選ばれた自尊心が許さないという矛盾した思考で、後ろに下がろうとしていた。屈辱で塗られた頭からは、サーベルのことがすっぽりと抜け落ちてしまっている。引き抜こうともがくその身に、忘れ去られていた切っ先が迫る。ヘンリーが狙ったかはともかく、真上からの突きは、曲刀を引き抜こうとしているゴブリンの視界には入らなかった。剣先が体に触れた時点でようやくサーベルの存在を思い出すゴブリンだったが、もう遅い。


「げほ、ありがと、な。舐めてくれて」

 下ろしたサーベルがしっかりとゴブリンの身体に入っていくのを見て、ヘンリーは血を吐きながら言った。剣先はゴブリンの左肩から入り、斜めに身体を通っていく。片腕だけではたいした力は入らなかったが、倒れ込んだ体重を杖のようにサーベルで支える、そんな動きでもって、サーベルはゴブリンを貫き通していた。


「こんな、バカな」

 ヘンリーの行動が理解できないゴブリンは、この事態を認めたくないのか、未だに引き抜こうと、ぐりぐりと曲刀を動かしていたが、次第に大きな目からは力が失われ、手の動きも止まっていった。


「布かぶりやられた」

「どうする? どうする?」


 混乱し、隊列は乱れ、火傷や雷撃によってのたうちまわるゴブリンは統率が取れていなかった。目の前の捕虜たちに襲い掛かる者もいれば、逃げ惑う者もいる。そのうえ、その隙を追撃して潰走させるほど、捕虜側の戦力も足も整っていなかった。マイが危険と判断して鍋を射出したほど、左翼の崩壊は酷く、乱戦となった場ではマイも雷撃を用いて戦ってはいたが、状況は荒れるばかりだった。


「ヘンリー!」

 マイとヘンリーに指示を出してから、すぐに走り出していたオルフは、大鍋で出来た空白地帯を使って戦いを避け、ヘンリーの元へと辿り着いていた。ヘンリーは胸の曲刀を抜き終え、落ちていた左腕を拾ったところである。それを首の紐へと戻しつつ、ヘンリーもオルフへと駆け寄った。傷は痛んだが、のんびりはしていられない。


「親父は!?」

「左翼にいたはずだよ。急ごう」

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