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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第二章
34/44

34話

「げほっげほっ」

 何度目かの吹き込みで、スージーが咳き込みながら水を吐きだした。ウォルターはその水をまともに顔で受けたが、咳き込みながらスージーが目を開けるのを見て安堵し、身体を退かして隣へと座り込んだ。


「ようやくお目覚めか」

「へ? はれ? 先輩?」

「呆けてないでしゃきっとしろ。それに今は隊長だと何度言わせる気だ。傷は応急処置をしておいたが、血が足りてないかもしれん。気をつけろ」


 頭を上げ、胸元のはだけを咄嗟に直していたスージーは、そこまで言われてはたと気が付いたのか、腕や脚の傷跡を見て事態を把握した。傷は溶接したかのような不恰好な形ではあったが、一応ふさがっているようである。


「これはとんだご迷惑をって眼鏡がない」

「肥溜めの底だ、諦めろ。それで、何があった。オーランドたちは無事か?」

「そ、そんなぁ。予備は自宅にしかないですよ見えません。えっと、襲ってきたのは一匹だけでしたから大丈夫かと。めいびー。あの、一緒に流れてきた一匹は?」


「あそこに沈んでるよ。ずっとうつ伏せだし、死んでるだろ。まぁあの糞尿の中を確認しに行く気はしないな」

 ウォルターの淡く光る眼は、確かに水中でぴくりとも動かないゴブリンの姿をとらえていた。もはや水流の勢いは弱まり、幕の術も途切れ、糞尿はため池全体へと混ざり合っている。


「ああよかった。あの双剣使いでしたよあいつ! なんですかあいつは。すっごい強かったんですけども」

「一緒に流れてきた剣を見たから知ってる。あの強さは別格だな。なんらかの強化を受けているのかもしれん。俺らでいう人間兵器ほどではないが」


 と話していると、偵察に出ていたヘンリーが戻ってきたのがウォルターの眼に映った。流石にこの暗がりではスージーたちはまだ気付いていないようだったが、ウォルターは出迎えるために立ち上がろうとする。


「あ、待ってくださいよ隊長。あの、もしかしてですけど。血を?」

「いや全く。人工呼吸だよ。全然目を覚まさないから口が疲れた」


「え。それって、え?」

 目をぱちくりと呆けた顔に戻ったスージーを放置し、ウォルターは立ち上がって、オルフたちへと向かう。スージーは唇に手を当てて何事かを考えているようで、すぐに動こうとはしなかった。


「どうだった?」

 オルフとマイの元へ近寄ってから、迷いながら進んでくるヘンリーへ、ウォルターは声をかける。そこではじめてお互いの位置がわかったのか、オルフもマイもヘンリーの方を見て、対するヘンリーもこちらへとやってきた。


「なんか騒がしいことになってて、ゴブリンは皆そっちにかかりっきりみたいっす。どうも捕虜が集まって暴れてて、今にもぶつかり合いそうな感じでした」

「戦ってる? 逃がすだけならともかく、戦いになったら俺らだけじゃ厳しいな」

「でも先生、戦いが起こるなら。敵将の暗殺はやりやすいんじゃないかな」


「それはそうだが。俺らはいいとして、お前らはどうする。捕まっている捕虜を助けるだけならともかく、そんなぶつかり合いに出て行っても、三人じゃどうしようもないだろう」

「かと言って見捨てらんねぇよ先生」

「そう、だよね。ここで見捨てたら、何のために来たのかわからないし。マイとヘンリーの力で粘って。その間に先生に倒してもらうしか」

「そうなる、か。黒沼、意見は?」


 押し黙っていたマイにウォルターは聞いた。そんな場へ突っ込めば、無事で済む可能性は低い。人間兵器であるマイは最悪命を落とすということはないとしても、確認だけはしておきたかった。同時に、人間兵器としての力を持つマイなら、何か別の手段があるのではないかという期待もあった。


「探さなければいけない捕虜がまとまっているのはむしろ好都合。オルフの言う通りこれは好機。ただ力が使えない以上、鹿波舞は接触による穢れくらいしかアヌラグロワールの特性は使えない。出来るのは一般的な上位術士くらいのこと」


「それでも上位って、結構な力ですよそれ」

 そこへ服を絞り終え、革鎧をしっかりと着込んだスージーが、胸元を抑えながらやってきた。半分睨むようにウォルターを見ているようだったが、その様子が見えるのもウォルターだけである。が、当の本人は眼鏡がないせいで目を細めている程度にしか考えず、気にしなかった。


「ともかく。俺たちはこの隙に敵将を探す。仮眠でも取っててくれれば楽なんだが。まぁ、仮に陣頭指揮を執っていたとしてもこの暗がりだ。俺の術なら気づかれることもないだろう。狙撃が出来れば一番楽なんだが、あいつら飛び道具への反応がおかしいからな。とにかく、お前らは捕虜に加勢してなるべく時間を稼げ」


「狙撃は、マイのあの術で飛ばしてもダメかな。武器とか、ヘンリーの左腕を飛ばすとか」

「ん。術の特性がわからんが、どうなんだ?」


「あれは正確には単純な射出ではないし、おそらく防がれる。物理エネルギーが乗るわけでもない。それと、その反応速度の関係で一つ提案。布かぶりたち、先ほどの会話で合点がいった。何らかの術か、生命力を直接身体能力にしている可能性がある。魂が独特の揺らぎ方をしていた。もしそうなら敵将も常時発動しているはず。ヘンリーを殺しかけた奴は同じような揺らぎ方をしていた。術感知能力があるなら探知できるかもしれない」


「スージー、できたな?」

「え。そりゃ普通の術を感知する技術はありますけど。そのゴブリンの術が生来の種族特有のものだったりしたら、難しいですよ。めいびー」

「難しいじゃない。やるんだ」


「言われると思ってました。知ってます知ってました。ええっと、隊長の術は五感を殺しますけど、術の探知は中からでも使えるんですよね?」

「ああ。だから俺も眼が通る」

「なら隠れながらでもいけますよね!」

「決まりだな」

 ウォルターたちはお互いに顔を見合わせ、しっかりと頷き合った。

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