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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第二章
33/44

33話

「遅いな」

 労働区、肥溜めの脇でしゃがみ込み、排水口から放り出されてくる面子を引き上げていたウォルターは、ヘンリーを引き上げてから次が来ない事に首を傾げていた。その脇には既に上がった面々が服を絞りながら待っている。


 労働区の端に位置する肥溜めは臭いもあってか民家などは近くになく、かがり火もたかれていなかった。光源となるのは月や星だけで、夜目の効くウォルターとしては潜入というのもあってありがたいことだったが、他の面子はそうもいかない。


 一応肥溜めへの幕を使った受け皿はうまく行っており、綺麗な水と糞尿は分けられていたが、その様子を見てとれるのもウォルターだけだった。そのせいかマイは念入りに服のチェックを行っており、ヘンリーもそれに倣っていたが、目が効かない以上無理と思ったのか、汚物がついていても良いと思ったのか、簡単に絞ったところでウォルターへと声をかけた。


「先生、ちょっと偵察にかがり火の方を見てくる」

「ああ、わかった。慎重にな」


 排水口から目を離さず、ウォルターは言った。ため池はこのあと何層かにわかれて糞尿を残したあと、まだ汚いがマシになった水として外へ出ていくように作られている。

 流石に暗いとはいえ、見落としてそちらに行ってしまったということはないと思うのだが。ウォルターがそう思っていると、下水管から何かがぶつかるような音が響いて来た。水中で何かがぶつかるような反響音。


「なんだ?」

 その音に嫌な予感を持ったウォルターが排水口を注視していると、その先からスージーと、スージーが抱えていたものたちが一気に飛び出して来た。勢いよく飛び出して来たそれらは一旦水中へと沈み込み、それを追うかのように、紐に繋がった歪な剣が池へと落ちていく。


「あの剣は……」

 嫌な思い出しかない剣の形状に、一層眉を寄せたウォルターは、ゆっくりと浮かび上がってくる二人とひとつを見やる。浮かんできたのはスージーと、抱えられたオルフだった。


 浮かんできたスージーはぐったりとして力が入っておらず、抱えられたオルフだけがスージーの身体を支えようと必死に泳ごうとしているように見える。ウォルターはすぐに術を用い、夜目を通しながら飛び込んだ。

 術により昼のようにしっかりと見えるようになった眼は、水中で剣にひかれて浮かんでこないゴブリンの姿をとらえ、同時にスージーの周囲が赤く染まっていることにも気づかせた。


「おいおい。大丈夫か二人とも」

 ウォルターはスージーたちへと泳ぎ寄る。暗さで周囲が見えないオルフはその声に反応した。


「先生!? スージーさんが!」

「とにかく引き上げるぞ。あとここは敵地だ。静かに」

「……あのゴブリンが急に。巻き込んで飛び込んだんだけど、中でゴブリンが暴れて」

「いいから手伝えオルフ。ゴブリンなら死んだから大丈夫だ」

「はい」


 下水管から飛び出してくる水は勢いを失い、次第に幕がたわみ始めていた。幕の付近では既に糞尿と水は混ざりはじめている。ウォルターとオルフはどうにかスージーを引き上げ、横たえたまま傷の具合を確かめた。


「多少なら俺も治癒術は使える」

 スージーは下水管の中でゴブリンと揉みあったのか、脚や腕といった節々が、歪な剣で引っかかれたせいで荒く切り裂かれていた。傷自体は少なく、血も多少失っているようだったが、問題は揉みあいで殴られたせいで水を飲んでしまっていることだった。


「仕方ないな」

 ウォルターは強引にスージーの革鎧を外し、胸元をはだけさせる。そして左手に集中してマナを練ると、それをスージーの胸へ当てて心臓と肺へ送り込んだ。送りつつ、右手でスージーの顎を上げさせると、抱えこむように腕で押さえつけ、鼻先をつまむという強引な恰好で、スージーの口を自分の口で覆った。


「せ、先生!?」

 ラウロの腕を考えればあの双剣に呪詛の印はない。血を失った量にもよるが、おそらく大丈夫なはずだ。ウォルターはそう考えて人工呼吸を続けていた。治癒術が使えるウォルターに、胸を圧迫することで心臓を動かす必要はない。肋骨を折ってまでそんなことをしなくとも、マナによって直接心臓に活力を送る事ができるからだ。


 それを傍で見ていたオルフには、急にウォルターが胸元へ手を突っ込み、その上で口づけをし続けているようにしか見えなかった。


「人工呼吸。帝国では一般的な救命行為。変態オルフは何を考えているのか」

 顔を赤くして狼狽するオルフに、近寄って来たマイが冷たく言う。


「そ、そうなんだ。知らなかったから、つい」

「多分大丈夫。魂は安定している」

 マイの台詞に少しだけ安心しつつ、ウォルターは行為を続けた。


~~~


「おらおらどうしたぁゴブリンども!」

「びびってんのか! かかってこい!」


 労働区、大鍋を囲むように陣取った男たちがいた。男たちは手足が欠損していたり、腱を切られてまともに歩けていなかったりと、誰もが満身創痍ではあったが、その威勢だけは良く、ゴブリンから奪った剣や、転がっていた農具を振り回して暴れていた。


 対するゴブリンたちはそれを遠巻きに見守っている。捕まっていた捕虜たちからすれば少し不気味なくらいゴブリンたちは大人しかったが、深く考えてもその真意はわからず、都合がいいのだから無視して暴れることにしていた。


 ゴブリンたちは、自分たちの夕食用に温められていた鍋を取られ、物欲しそうにその様子を見ている。よもや夕餉の具材が鍋を奪うだなんて考えてもいなかった。そのうえ戦士たちは生きて捕まえなければならない。昼の戦闘から、ボス直々にお叱りを受けたばかりのゴブリンたちは、殺してしまうわけにもいかず、かと言って加減して近寄れば棍棒やら農具やらで殴り殺されかねない状況に対処できずにいた。


「あいつら襲ってこねぇな。どう思うハウエンの旦那」

「ぶつかり合ったらやられちまうんだから好都合さ。とにかく騒いで目を引きつけるのが、俺らの役目よ。動こうと思っても、まともに動けねぇしな」


 片目が潰され、距離感もいまいち掴めずにいるハウエンだったが、毎日の生地仕込みで鍛えられた腕で、道中ゴブリンを一匹潰してきていた。伸ばし棒に近いというだけの理由で手にした棍棒を、今は杖代わりにしている。なぜか自分がこの連中の指揮を執る事になっていたため忙しい。たった十数名の自分たちが一体どこまでやれるのか。


「動きがあったぞ。あれは伝令、か」

「見ろ。あいつら、ついに隊列を組み始めやがった。や、やる気だぞ」


 新たにきたゴブリンたちによって、遠巻きに見ていただけのゴブリンたちは並んで武器を構え始めた。その様子に動揺する自陣営。まともに歩くことすらできない自分たちに対し、相手は軽く見積もっても何十もの数が、きちんとした武器を装備して、隊列を組んでいるのだ。それだけで、こちらのやる気はかなり削がれてしまう。


「びびってるんじゃねぇぞお前ら。鎖を外した時の威勢はどこへ行きやがった! このために来たんだろう俺らは。あのまま食われちゃたまらねぇ、そうだろ!」

「お、おう」

「そう、だよな。俺らがやらなきゃ、な」


 見るからに士気が低かった。もともとがゴブリンに負けたから傷を負い、捕まっていたのだから無理もない。しかしここでどれだけ粘れるかで、子供たちが助かるかどうかが決まるのだ。ハウエンはそう自分に言い聞かせ、気合を入れて棍棒を握りしめる。

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