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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第二章
26/44

26話

「もうちょい脇の穴、大きくできないっすかねー」

「バリー君、今からだと少し厳しいかな。微調整よりも、まずは志願者用の鎧を、出来るだけ多く仕立てないといけないからね」


 再開された作業場へ、守備隊員バリーが、自分の革鎧を手にやってきていた。職人オーフェンの前に掲げ、しきりに腕を通す穴を指差している。日はもう見えず、雲に照らされた赤と、広場に点在したかがり火の明かりを頼りに、作業は続けられていた。


「そっすかー。走るとき、ちょっと当たって、伝令の俺としては気になったんすけどねー」

「そこは縫い目でもあるから、全体の強度計算もしなおしになってしまうし。そういうことなら息子のオルフが居れば早いのだが」


「へぇ、オルフって、確か大人しそうな坊ちゃんでしたよねー。あのほら、ヘンリー君といつも一緒の」

「そうだね。私は、恥ずかしながら伝統の方法を守っているだけで、強度とかはよくわからなくて。衝撃を、革の柔軟性と、組み合わせで分散しているとか言っていたかな」

「わかんねーっす」

「あっはっは、私もだ」


 二人して笑い合っていたが、オーフェンは仕事の手を止めていなかった。手元の革へ杭と金槌で穴を開け、紐を通す穴を作っている。ひとつひとつにビスや金属具などをつけている余裕はなく、使わなくなった革製品などをバラし、組み合わせて鎧をでっちあげるものすらあった。


 こういう時こそ、そうした計算を得意とする息子に居て欲しくはあったのだが、多忙をかまけた結果、妻を心労で失ってしまったオーフェンは、それ以降息子に仕事を強要するのをやめてしまっていた。特に、あの守備隊長が来てから多くの事を教わり、息子の先行きは明るい。専業的に親から子へ、技術を伝承する時代ではなくなったのだろう。それに、今更考えたところで、自分が師の元へ奉公に入ったのは7つの時だ。16のオルフに今更無理に修業させても遅かろう。


「ああ、バリー君。もしよければ、もう周囲が暗くて作業が出来なくなってきたから、蝋燭か何かをいくつか持って来てくれないかな。なかなか高価なものだから難しいかもしれないが、せめてここにある素材分だけでも、革鎧に仕立て上げてしまいたいんだ」


「わっかりましたー。いっちょ走ってきまーす。ってあれコルじゃん」

 革鎧を着こみ、走り出そうとしていたバリーは、作業場へやってきて困惑気味にあたりを見回していたコルを発見した。オーフェンも気づいて一瞬視線を向けるが、すぐ作業へと戻る。


「おっすコル。どうしたん? っていうか、もう大丈夫なのかー?」

「あ、バリーさん。どうも。なんとか、ラウロさんのおかげで」

 力なく笑うコルはまだ頼りなさげではあったが、バリーはたいして気にもせず、持ち前の気楽さを発揮した。


「ラウロの旦那? ふーん。まぁいいけど、丁度いいや。暇なら俺と明かり探ししようぜ」

「え、明かりですか。わかりました。そのくらいなら僕でも」

「おーっし、んじゃまぁまずは適当に。広場周辺のギルド館とか、酒場とか、夜でもやってそうなところを攻めてみっかねー」


「最初の一歩、最初の一歩」

「何ぶつぶつ言ってんだー?」

「い、いえ。なんでもないです」

 バリーとコルは連れ立って作業場を出て行った。


~~~


「なんだヘンリー、こんなところで」

「あれ、ロナンのおっちゃん。おっちゃんこそ何してんの」

「何って、お前。そこはうちの酒場だろうが」

「あれ? あー。ところでおっちゃん。この辺使っていいトイレってどこ?」


 広場そばの東路地に、ヘンリーは座り込んでいた。石畳の敷石に足を投げ出し、ヘンリーは振り返りもせず、どうにもぼんやりとしている。ロナンのほうは、その後ろにある自分の酒場に入りたかったのか、ヘンリーの反応が気になったのか、木箱を抱えたまま目が泳ぎ、どうするか考えているようだった。ヘンリーの方は、そんなロナンなどお構いなしに、包帯の巻かれた左手を眺めている。


「あるとしても広場の方じゃねぇか? そんで、ハウエンの奴ぁどした」

「広場かぁ。親父はまだ。見つかってないよ」


「そう、か。あー、なんだヘンリー。そういやお前、うちのパエリアを楽しみにしてたんだっけか。結局荷馬車は来なかったが、実は前日に仕入れた試作用の魚貝が少し余っててな。もうダメになっちまうし、どうするか決めかねてたんだが。食ってくか? 流石にパエリアにはできねぇが」


「え、そんなのあんの!?」

 急に元気になったヘンリーは顔をあげる。


「おいおい、そんな期待すんなよ。味付けでちょいと試した奴の端っこみたいなもんなんだ。本当なら、今朝からその下味のパエリアで大儲けするはずだったんだがなぁ」

「いいじゃんいいじゃん。あ、オルフとか呼んできてもいい?」


「あー、悪いが一口かそこらしかない。捨てるか食べちまうかでここまで来たんだ。お前さんが食わないなら、俺が食っちまうよ。俺だって倉庫の大損もあって、これからやる事があるし、お前らを待つほど暇じゃないんでな」


「ちぇ、けちー」

「なにぃ? 食わないならいいんだぞ食わないなら」

「いや食うね! 本当はパエリアが食いたいけど、しょうがない」


「まったく。とりあえずついてきな」

 ヘンリーは反動をつけて立ち上がると、尻を叩きながらその場を譲った。ロナンは木箱を脇におろし、懐から鍵を取り出すと、扉を開く。


「お、ロナンのおっちゃん。この箱持ってこうか?」

「ああ。……頼むよ」


 ロナンがそのまま奥に入っていったので、ヘンリーは箱を持ち上げて中へと入った。酒場には昼前に来たばかりだったが、随分久しぶりのような気がする。特に夜中でも営業して人で賑わっていたため、それらがなく静まり返った酒場というのは体験したことがなかった。懐かしいような、寂しいような、そんな哀愁を感じたヘンリーはのんびりと店内を見回し、ふと木箱をどこに置こうか迷う。


「おっちゃーん。これどこに置けばいいんだ?」

「悪いが奥まで持ってきてくれ」

「うぃっす」

 目が慣れず、暗くてよく見えない店内へ、ヘンリーは箱を抱えながら踏み出していった。


~~~


 広場北にいくつかあった大テントのうち、入り口を閉じたものの中で、オーランドは仮眠をとっていた。朝の祭りから昼の戦闘、捕虜の治療と働き詰めだったため、身体は疲れで重い。本来なら意識を落とすように眠りについているところだったのだが、西での戦場経験のせいか、眠りは浅く、物音に気が付いた。単なる物音、というだけなら、未だ動き回っている守備隊や作業を行っている志願者たちなのだろうが、その音は少し違った。


「スージー、起きな」

「んぅー。蜜漬けぇ」

「バカな寝言してんじゃないよこの娘は」

 オーランドは同じく朝から働き通しで仮眠していたスージーの頬を引っ張り上げる。目を覚ましたスージーは抗議の声をあげようとしたが、オーランドはその口を塞いだ。


「静かにしな」


 スージーは不満感をあらわにしながら、枕元に置かれていた眼鏡をかける。そしてテントの外を通る、微かな水音と、引っ掻くような軽快な爪音を耳にした。ぞくり、と一瞬で背筋が凍る。ゴブリンの足音。あの独特の、犬のような、歪な爪が飛び出して硬い床を引っ掻く音。石畳に慣れていない、爪先が足運びで床を擦る音だ。


 なんでこんなところに。そう考えている余裕もない。寝ぼけていた頭は一気に冴え渡り、心臓が早鐘を打つ。術者の自分が前衛なしに戦えるのだろうか。どう対処しよう。オーランドさんを逃がすべきか。あれこれと頭の中で錯綜するスージーは、オーランドの手が自分の手に重ねられた事で正気に戻る。


「行ったみたいだね。ともかく落ち着きな小娘。私らが見つかってやられるわけにもいかないけど、すぐ対処しないと。ここには大勢の負傷者がいるんだ」

「そう、ですね。ですよね。すみません、なんだかお世話になりっぱなしで」

「戦場経験は私の方が上だよバカだね」


「とりあえず隊長と合流しましょう。今はおそらく南、商人ギルド館で仮眠をとっているはずです。めいびー」

「あんたら、司令部は北じゃなかったのかい」


「あれは議員さんたちがうるさいので北にしただけですよ。実質東、西の情報が集まり、志願者と守備隊の休憩要員が居る広場で指示回しですです」


「ともかく、広場北東の野戦病院代わりといい、南の兵たちの休息所といい、急所だらけだよ。乱戦になんてなったら、下手すりゃ致命傷になっちまう。それに南と東が連動でもしたら終わりかねないね」

「オーランドさん、指揮官の素質でもあるんじゃないですか」

「この程度で何言ってんだい」

 情報を整理しながら着替えを済ませた二人は、頷き合ってテントの外へと飛び出した。

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