25話
労働区の中でも共同住宅である平屋がいくつも並んだ区画。そこではゴブリンたちの宴が開かれていた。大鍋を囲み、何匹ものゴブリンが肉を解体しては中へと投げ入れている。傍から見ているマーティには、狂気の宴にしか見えなかった。あんなところに自分の子供が居るかもしれないというのは心臓に悪い。とりあえず、思考が濁りそうだったので、マーティはそれが何の肉なのかは考えないことにした。
「で、あの長屋のうちのどれがそうなんだ?」
マーティはイワンを荒縄で縛り上げ、その小さな身体を吊り上げて運んでいた。剣は後ろ腰に差し、右手首の鎖はそのまま巻き付けている。左手に揺らされたイワンは口に詰め物をされ、声を出すことができない状態でいた。マーティの問いには目と顎で答えるしかない。
平屋の向かい、民家の屋根の上に潜んでいたマーティは、イワンが示した平屋へ向かうため、移動を開始する。敵陣を動き回っていたマーティがまず感じたことは、ゴブリンは陽気であるということだった。ともかくお気楽、適当、気の向くまま。決まりや巡回を守っているゴブリンのほうが少ない。こんな好き勝手な奴らをこれだけの軍勢としてまとめあげるのはよほどの強制力が必要だろう。
そして、現状その強制力は動いていないようだった。だからこそ指示が行き届いておらず、警備が笊で自分が動き回れるのだが、同時に子供たちが無事なのかが怪しくなってくるから困る。おまけに気ままに動きまわるせいで、巡回ルートの裏をかくような真似ができなかった。
通りを渡り、長屋に近づいた時点で、何処からかすすり泣くような、微かな気配を感じる。どの長屋かはわからなかったが、マーティは宴のおかげで手薄だった裏路地に入り、ひとつひとつ調べていくことにした。
その一つ目、突き出し窓の木蓋を少し持ち上げ、中を覗いたところで、マーティの動きは止まった。平屋の中はむき出しの土に、壁で簡単に仕切られたいくつもの小部屋で成り立っている。生活音などは丸聞こえの共同住居で、家族を持って民家に移れない労働者たちの一般的なものだった。そのうちの部屋がない側、廊下と言っていいのか、共同スペースである通路側に、一列に並べられ、腰をおろしている捕虜たちの姿があった。
捕虜、元は付近の住民だったであろう男たちは、首を鎖でお互いに繋がれ、俯いている。手脚や顔に怪我をしている者が多く、皆一様に血や泥にまみれていた。子供たちではないが、多少なりと戦力になれば状況も変えられるかもしれない、とマーティは窓から中へと入る。
「あ、あんたは?」
「シーッ、俺も捕虜だったもんだ。残念ながら助けじゃぁない。んで、まだ動けそうな奴はいるか? 俺ぁこれから子供たちを助けに行くんだが、ついでだ」
「子供たちが!?」
「大声出すな。お前はっと」
子供に反応した体格の良い男にマーティは近寄った。上から下まで怪我の具合を観察する。男は右眼が潰され、顔から肩にかけて血まみれだったが腕に問題なし。これは行けるかと思ったマーティだったが、続けて見た脚で目が止まる。脚、足首のかかと側が斬られ、止血のためか表面が焼けただれていた。この足では動きまわれない。踏ん張れないということは振る武器もたいした威力にならず、そもそも機動力を封じられては囲まれて終わりだ。
「あんたの意気込みは買うがダメだな。足首、腱がやられてちゃまともに動けねぇ。悪りぃが、連れてはいけねぇな」
「俺、俺は大丈夫だ。外してくれ」
「あんた、こっちも見てくれ」
様子を見ていた他の捕虜たちが小声でだが、主張しはじめる。マーティがそちらへ行こうと動き出したところで、垂れていた鎖を掴まれた。ひかれた右手首に痛みが走り、声が出そうになるが堪える。振り向くと、先程の男が鎖を掴んでいた。
「おいおい、離せ」
「頼む。ついでで良いんだ。もし捕まっていたら、うちの子たちを。レティアとヘンリーを、助けてやってくれ。見た目は……」
「ヘンリー? ああ、あんたハウエンか。チッ、俺の優先は自分の子供だ。正直、安請け合い出来るほど俺の状態も良かねぇ。それに、ヘンリーはうまくやってりゃ捕まっちゃいないはずだが、まぁ。期待はすんな」
「ヘンリーが居たのか?」
「守備隊にくっついて、低層区の奪還作戦に参加してたよ。俺ぁ、あいつらを逃がすために囮になって捕まったんだ。無駄になってなけりゃ無事だろう」
「そうか。そうだったか。あんた、そいつは、ありがとな」
「まだ無事と決まっちゃいねぇんだ。それより、もういいか?」
男、ハウエンの鎖を掴む手から力が抜けたのを感じ、マーティは訊いた。項垂れていたハウエンは顔をあげ、血まみれの顔から力強い眼をマーティへと向けてくる。
「いや、俺の鎖も外してくれ。あんたらとは反対方向で出来る限り暴れてみる」
「……死ぬぞ?」
「構わねぇ。それより、子供たちを頼んだぞ。ああ、あんたの名は?」
「マーティだ」
「おう。マーティ、うちのせがれをありがとな」
「おいあんたら、俺もそっちやらせてくれ。足首をやられちゃいるが、あんな糞共に良いようにはさせらんねぇ」
「お、俺もだ。俺だって、もしうちの子が捕まってんなら、こんなでも役にたちてぇ」
「オラぁ、もう女房も子も殺されたが、だからこそ一矢報いてぇ」
悔し気に、涙を浮かべながら、そう懇願する声がいくつか上がる。びびって俯いたままの奴もいるが、この状況じゃ責められない。どちらにせよ、自分と違って戦う訓練なんて、生まれてこの方受けてすらいない奴らの決意に、マーティは熱をもらっていた。
「はっ、上等だなお前ら。いいぜ気に入った。捕虜管理が杜撰だとどうなるかってのを、あの畜生どもに思い知らせてやろう。戦える奴は俺についてきな。足首をやられてるやつはハウエンに続きやがれ」
その様子を間近で見ていたイワンは、もごもごと口の中の詰め物を吐き出そうと試みていたが、詰められた上から猿ぐつわをされていたため、何もすることができずにいた。そんなイワンの行動を知ってか知らずか、マーティはイワンを吊り上げて掲げる。
「さて、ゴブ野郎どもに人質なんてのが通用するかはわからねぇが、使ってみる価値くらいは、あるんだよなぁ副将さんよぉ」
イワンは、その間近で見る人間の笑みに、はじめて恐怖というものを抱いていた。




