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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第一章
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02話

「お兄ぃたち遅い!」

 ヘンリーとオルフを迎えた第一声はそれだった。場所はヘンリー家裏の勝手口である。土塗りの壁に木で作られた年季の入った扉。その前で、ヘンリーの妹であるレティアは待っていた。


 レティアは白みがかった金髪を三つ編みにまとめている。そして小柄な身体では表現しきれないとばかりに、肩から前に回した毛先を、手でこれでもかと振り回しながら怒りを表していた。

 ヘンリー家の大きな煙突からは煙がもうもうとあがっており、小麦生地が焼ける少し甘い香りが周囲に立ち込めている。


 靴屋のオルフの家と違って、パン焼き職人のヘンリー家は朝から動き回っていた。祭りでは焼きたてパンを順次出すのもそうなのだが、作業をしている人たち用の固焼きパンも職人の仕事だった。


 古く固くなったパンを、液体につけながら食べるスープが街では一般的な食事で、彼らにとってスープは飲み物ではなく食べ物である。祭りにわざわざ固いパンを食べるのもどうかしているとヘンリーは毎年思っていたが、大人たちは食べ慣れたものが良いらしい。良いらしいが、古いパンではなく、専用に固く焼いたパンを用いるというのだから、ヘンリーには理解できなかった。


 とはいえ仕事は仕事。兄の不真面目さによって、朝の手伝いを一人でやる事が多くなっていた妹のレティアは、そばかすの浮かんだ頬を真っ赤に膨らませ更なる声をあげた。


「もう、お父さん怒ってるよ!」

「あー、うん。会うとうるさそうだし、先行くかなぁ」

「午後の手伝いはお兄ぃだからね! そこは絶対遅れないこと。あと、レティに甘いものを買い与えること! 約束破ったらお兄ぃの秘密ばらすから!」


「ばらされると僕も困るんだけどレティア」

「オルフがしっかりしないからお兄ぃがやりたい放題なのよ? だからあれ、れんたあせきみん? れんたあ、なんとかって奴なのよ!」

「なんだ?」

「もしかして、連帯責任?」

「なのよ!」


 レティアは三つ編みを振り回して宣言した。その張り上げられた声の直後、裏戸が開かれ、火かき棒を手にした、体格の良い男が現れた。


「うるせぇぞレティ! 放蕩息子も聞こえてんだよ! もうちょい静かにしやがれ。てめぇ、午後遅れたらしょうちしねぇからな!」

 現れた男、ヘンリーとレティアの父親であるハウエンは、誰よりも大きな声でそう言い放つと、これまた大きな音をたて、壊れるほどの勢いで戸を閉めていった。


「お父さんの方がうるさいよぉ」

「うっせー親父だ。俺が遅れたことなんてあったかよ」

「あったね」

「ありまくりだよお兄ぃ」


「うっせうっせ。良いから行くぞ二人とも。レティアも、休憩時間終わっちまうぞ」

「あ、そうだった。お兄ぃお財布忘れないのよ!」

「おうよ」


 三人は連れ立って、石畳で舗装された表道へと出ていった。裏路地は表と違い、土むき出しの場所も多く、もはやヘンリーの父にばれているのなら、わざわざ通りたくはない道だった。

 表を行きかう人は多い。地方の祭りなど、ほぼ地元民のためのものだったが、最近では旅人や商人の立ち寄りで賑わっていた。港との中継地点としてこの街が見いだされ、貿易拠点としての発展がはじまったばかりだ。


 そういう面でも、今年の祭りが客人たちの目に留まれば、一層の発展が見込めるとして、地元民たちも力の入れようが変わってきていたのだ。ロナンの率いる酒場が港の仕入れから、遠方のパエリアを再現してみたのも、そうした背景からきた工夫のひとつだった。


「レティア、今年はパエリアないかもらしいぜ」

「ふーん」

「反応薄っ。なんだよ、兄ちゃんの好物がなくなるかもしれないってのに、妹がそんな反応でいいのかよ」

「だってレティ、そんな好きじゃないよあれ。気持ち悪い」


「気持ち悪いとかひでぇこと言う奴だなおい」

「レティアは海老が苦手だもんね」

「なのよ。だって生きてるときも脚がいっぱいで虫みたいだし、料理にしても芋虫みたいなんだもん」


「ばっかだなー。食えばうまいのに。あの身が歯ごたえあってうまいんじゃん。ぷりっぷりっていうの? 身がぷちぷちでさー」

「ぷちぷちって。はじけるとか、そういう言い方ないの?」

「やめてやめて。想像したくない! それよりレティはお菓子が楽しみ!」

「お菓子なんて甘いだけじゃん」


「なんでそういう事いうのお兄ぃは。味だけじゃなくて、見た目もすごい綺麗でしょ? あの繊細さとかがわからないなんて、お兄ぃは損してるのよ」

「海老の良さがわからん奴に言われたくない」

「まぁまぁ二人とも。でもパエリアもそうだけど、荷馬車の運行がもし止まってたら、他の物にも影響があるかもしれないね」

「あん? 例えば?」


「この時期、この辺の薪を大量に使うと冬に困るから、出店の薪とか炭も海路で運んできてるんじゃない? 北の陸路より、東の港に船でまとめ買いしてきたほうが安上がりだって、前に決めてた気がする。そこがもし絶たれていたら、火力が確保できないから。下手すると飴細工も焼き物も」

「「……」」


「ど、どうしたの二人ともそんな黙り込んで。いやだな、ちょっと言ってみただけなのに。ちょっと、なんで速くなるの!?」

 言っているうちにヘンリーとレティアは速度を上げ、オルフは一人出遅れる形となった。

 二人に合わせ、オルフも慌てて歩速をあげて追い掛ける。本音を言うと、朝の鍛錬で街を一周していたので、あまり脚を使いたくなかったが、置いて行かれるわけにもいかなかった。


 三人の心配を余所に、祭りの会場となる街中心部周辺では出店がしっかりと立ち並び、朝の準備を終わらせ、祭りの開始を待っていた。

 街の中心部は広場となっており、そこで開催のあいさつや簡単な出し物が行われ、その周囲を囲む道や、東西に伸びている主要道路には露店がいくつも並んでいた。通常は開始まで売り買いは行われないのだが、地元民の、特に出店や出し物に参加する側の人々相手に、この時間は使われていた。


「ふつーにやっているのよ?」

「だな」

「だから言ってみただけだってば」

「罰として一品奢るのよ?」

「え?」


「だな。オルフのおかげでここまで速足で来るはめになったしな」

「二人が勝手に速度を上げたくせに。まぁ、レティアにはどっちにしろそのつもりだったし、いいよ。好きなお菓子言ってごらん。でもヘンリーはダメ」

「!?」


「くっ、このスケコマシが! 妹のものは俺のものだ!」

「オルフやったー! ふふん。お兄ぃは具のないパエリアを食せばいいのよ?」

「ヘンリーも、速足分のジュースくらいは奢るよ。しょうがない」

「オルフやったー! 最高級ココナッツってのがあったよな!」


「もう、調子いいんだからこの兄妹は。でも渡来品はだめ。そもそも港からの荷馬車がダメならないかもしれないし、果実二番絞りか、ハーフにしなさい」

「げ、二番絞りかよ。けちぃな」

「文句があるならレティアだけにするよ?」

「ちっ、わかったわかった。今日はもうウォルター先生の財布を痛めつけたしな。オルフの財布は勘弁してやろう」


「誰の財布を痛めつけたって?」

 言葉と共に、ヘンリーの頭は力強く押さえつけられた。オルフとレティアの目線の先、ヘンリーの後ろには、口元は笑いながらも、目元がまったく笑っていないウォルターの姿があった。ウォルターは朝とは違い、茶色の革鎧を着込んでおり、腰には剣、背中には丸い金属製の盾を背負っていた。そして後ろには守備隊の人員が四人ほど、同じような装備で付き従っている。


「先生、何かあったの?」

「ん? ああ、荷馬車の捜索に出た奴らがまだ戻ってないってだけだ。道中に何かあればもう戻っている頃なんだが。一応祭りに何かあっちゃかなわんから、警備の増強だな。何事もなく港に着いて、事情を聞いている頃だとは思うが、用心に越したことはない」


「ってことはパエリアはなしか」

「やっぱり具なしパエリアだねお兄ぃ」

「こいつ。ザリガニ釣ってきて飴に練りこむぞ」

「!?」


 あまりの発言だったのか、レティアは口をぱくぱくさせ、涙目になりながらも、三つ編みを振り回して抗議の姿勢を見せた。


「そうなるとロナンの酒場は大損だろうし、他にも港頼りの品がいくつかある。事と次第によっては結構な騒ぎになるぞ。ま、お子様三人はさっさとお目当てのものを買って撤収した方が無難ってことだな」


「だな、オルフ。さっさと行こうぜ。というわけで先生」

「なにかね」

「そろそろ頭を放してくれると」

「ま、こっちも忙しいからこのくらいにしといてやるよ」


 ウォルターはヘンリーの頭を少し乱暴に放り出すと、後ろで待っていた隊員に指示を飛ばし始めた。ヘンリーは一段落してまた絡まれたら堪らない、と二人の手を引いて露店巡りへと急かして行った。

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