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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第二章
19/44

19話

「連れてきまし」

「お兄ぃ起きたの!?」


 数分でジロは戻ってきて、その言葉と身体を弾き飛ばすように、レティアは大きな声をあげながら走り込んできた。ジロの腹を横から押しのけて、小柄な姿を現したレティアは、兄ヘンリーが立っているのを見て、表情を明るめ、その胸へと飛び込んだ。


「お兄ぃ、お兄ぃ、良かった。良かったのよ!」

「あ、ああ。レティア、お前こそ無事で良かった。どこも怪我してないか?」

「うん。うん。大丈夫なのよ」


 自分の胸に顔を押し付けてくるレティアに、ヘンリーはやっと安心することができた。起きてから無事とは聞いていたが、やはり自分の目で見ないとどこか落ち着かなかった。とはいえ、そんなダサいことは言いたくなかったし、今も飛びつかれて腹部や脚が痛んだが、なるべく悟られないようにしているのがヘンリーだった。


「フン。14にしては幼いな。さて、43号。お前が説明してみろ」


「まずヘンリー。あなたは死んだ。死んでいる。アヌラグロワール43号の能力は呪い。魂を穢し、祟られし力。東方の国宝、すべてを呪って死んだ姫の眼球。


 一度呪われた魂は穢れに飲み込まれる。その死からは逃れられない。逆に、呪われた者は他の死因で死ぬことはない。それと、この輪廻の勾玉。これの力で呪いを止めている。これも東方で祀られていたもの。

 あなたは、そのままでは死ぬところを、呪いによって死が固定された存在。よって、呪い殺されることが決まっている。だから他では死なない。首を落とされても死なない。ただし、この勾玉から離れ過ぎると持たない。そして鹿波舞は一度にひとつしか呪えない」


 マイが淡々と語る内容に、理解が追い付いている人間は少なかった。ウォルターとスージーは知っていたのか、少しだけ顔を伏せ、オルフは理解が及んだのか、口を震わせている。当の本人、ヘンリーは何を言われているのかよくわかっておらず、頭をかいていた。


「あー、あの。なに? 一気にそんなこと言われても。俺、バカだからさ」

「左腕の包帯をとってみろ青年」

「腕の、包帯?」


 ヘンリーはのんびりと腕を見て、その包帯を留めている結び目を解き、ぐるぐると巻かれた布地を外していった。まだ痛むことは痛むが、それよりも痒みが勝ってきていたため、外せるなら文句はなかった。ふと、鈍器を受けた時は折れたと思っていたのを思い出す。


「なんだ、これ」

「お兄ぃ……! そ、それ大丈夫なの?」


 包帯の下から出てきたのは、半分ほど肉が落とされ、骨が露出しきっているにも関わらず、何事もなく動く左腕だった。そして、その先、腕と比べればほぼ無傷だったはずの指先が、黒く染まっていた。隣で見ていたレティアは、不思議そうに、その黒いものへと手を伸ばす。


「触らせるなヘンリー!」

 ウォルターが駆け寄り、ヘンリーの左腕を掴んで上へとひっぱりあげた。その勢いに、ヘンリーもレティアも言葉が出ない。ウォルターの表情は、あまりにも真剣だった。


「その黒いものが穢れだ。気を付けろ。それが触れた者は死ぬぞ。しかし、呪いをこんな風に使うとは、考えてもみなかったな。まぁ効率が悪いから普通やらんか。


 というわけで、今や君は死なない身体と、触れるだけで殺すことができる立派な人間兵器の仲間入りだ。残念ながら大軍相手に戦えるアヌラグロワールの名に連ねることはできんが、立派な化け物だろう。


 そして問題だ。私としては43号の力があれば、ゴブリン900匹くらいどうにかなると踏んでいたのだが、その奇跡の力は、今君が独占する形で命を繋いでいるわけだ。このままでは街は守れん。どうするかね?」


「そんな、こと。言われても」

 ヘンリーはまじまじと、自らの左手を眺める。自分の手なのに、自分の手とは思えない。腕も悲惨過ぎて現実味がなく、どこか嘘っぽい。


「君に責任はないさヘンリー。君は気絶していたのだ。なに、いいじゃないか。本来はあそこでお別れのはずだったのだ。ここで話しが出来ただけ、広場に居る大勢に比べれば幸せだっただろう。そして君がここで死んでくれれば、これから先、彼ら彼女らのように辛い思いをする人々を、かなり少なくすることができる。だからお願いだ。ここで死んでくれ」


「リットン司令。もし彼が今死にそうで、呪いで命を繋ぐというのなら、俺は彼に死を受け入れさせたでしょう。ですが、今彼は立っている。すでに終わったことだ。そのあとに、彼を殺してどうこうしようというのには賛成できない」


「私だって鬼じゃないさウォルター。だからこうしてお願いしている。いたいけな子供に死んでくれとな。43号の力だって無料じゃないんだ。多くの研究と犠牲。そして東方遠征の成果物で成り立っている。少なくとも、その国民の血と汗に見合うだけの威力が43号には求められているわけだ。その力で命を繋ぐというのなら、それ相応の戦果を出してもらわねば困る」


「穴埋めをしろと?」

「これからのことだウォルター。状況はわかった。志願者を含めても数百がいいところのお前らが、援軍も43号の力もなく、900を超えるゴブリンを撃退しなければならない」

「援軍は本当にないのですか」


「43号だけでも破格だ。北方地域に繋がる要塞の方が重要度は高い。本来なら、そこは見捨てる手筈だったが。なに、調べてみれば手塩にかけた部下が、そこで隊長をしているというではないか。お前が居なければ、そこは見捨てられていた。これ以上望むなら、展望を示せ」


 にべもなく突き放したもの言いに、大きな反応があった。それはウォルターでもヘンリーたちでもなく、部屋の隅、設置された長椅子を揺らす勢いで、議長であるロマノフが立ち上がる音だった。その顔は赤く、興奮しているのか唾を飛ばしながら捲し立てる。


「ちょ、ちょっとまってくれ司令官さん。わ、私はこの街の議長を務めているロマノフというものだ。黙って聞いていれば、あんまりじゃないか。我々が何のために帝国領に入ったと思っているんだ。派遣された守備隊は役立たずで、おまけに援軍も来ないとは酷過ぎる。あんた、この街に死ねと、そう言っているのか!」


「死ねと言われるだけありがたく思え。政敵に噛みつかれないよう、努力はしましたが間に合いませんでした、で済まされるところだったのだ。来るはずのない援軍を待ちながら殺されるところが、街を捨てる選択が出来るのだ。喜べ」


「ふ、ふざけるな。そんなのあんたらの都合だろう。勝手なことを言うな!」

「ふざけてなどいない。街の周辺、港も要塞も重要だ。よって、そこのゴブリンどもの駆除はする。駆除はするが、今ではないというだけだ」


「今だ! 今まさに、この地には助けを求める帝国の民がいるのだぞ!」

 ロマノフは指を突き付け、リットンを睨みつけた。対するリットンは面倒くさそうに、わざとらしく大きなため息をつく。


「では問おう。その地域で軍を展開するには、北方の山脈を越えるか、船で輸送するしかない。貿易地の首根っこを守る要塞なら、多少の出費もしよう。だが急速に街まで補給線を伸ばすとなると、当然船だ。


 大型船舶をいくつも通し、維持せねばならない。そして北はホビットどもがいる。奴らの港を経由しなければならないということは、それだけ税がかかる。そこまでして、そんな飛び地を守る価値がどこにある?

 そして先程役立たずとお前が言った守備隊が居なければ、とうの昔に全員ゴブリンどもの夕餉にされていただろう。そのことすらわからないのなら、この場で発言しようとするんじゃない」


 リットン司令は最後だけ語気を強めた。表情はあまり変わらなかったが、その口調と目が、議長であるロマノフを蔑んでいるのが、ウォルターにはわかった。言われた議長も、向けられたものに気づいたのか、悔し気なうめき声を発し、長椅子へと戻る。そんな中、どこか落ち着いた、さっぱりとした口調で、ヘンリーが一歩前に出た。戸惑っていたのが嘘だったかのように、その目は力強く、丸石に映ったリットンへと向けられている。


「よくわかんねぇっすけど。俺は900のゴブリンを殲滅しなきゃいけないんすか」

「フン。良い面だ。ウォルター、冷静になれ。この小僧の方がマシに物事を捉えている。なにもこいつに900殺して来いと言ってるわけじゃないんだ。月夜の死神よ。お前の得意分野だろう?」

「夜襲での将討伐、ですか」


「これからは夜の眷属の時間だ。今回のゴブリン遠征はその数が脅威なのではない。あのゴブリンが、これだけの規模の作戦を仕立て、その数に決まりを守らせ、食料や武器を、かかる日数まで計算して手配し実行する組織力。挙句東門で300のゴブリンを待機させる指揮力。これが問題なのだ。細々としたゴブリンなど問題ではない。北要塞にも当然出向いているだろうが、そちらのだまし討ちからの囮部隊、南への隠密からの奇襲。それだけのことをやってのける将が、その街には来ているはずだ。それを狩れ。それだけだ」


「なるほど。おっけー先生。難しい話されたけど、なんだ簡単じゃねぇか。やってやろうぜ」

 ヘンリーは楽し気に、左腕へ包帯を巻き直していた。色々なことを言われたが、気にしたところでわからない。死なないのか死んでいるのか、自分の身体のことも、頭でなんか理解できやしない。自分はオルフほど頭の出来がよくないのだから、と割り切ったヘンリーは、やることがはっきりしたせいかすっきりした顔でいる。


「まったく、お前って奴は。度胸があるのかないのか」

 ウォルターはため息をついて、観念した。そして、こんな事態になってしまった責任を感じてか、この子たちだけは守ろうと心に決めた。


「頼もしいってことで、いいじゃないですか隊長。これはもしかすると化けますよ。めいびー」

「へ、ヘンリー、僕」

「お兄ぃ。本当に大丈夫?」


「平気平気。流石に死ねって言われた時はびびったけどな」

 三者三様の感想を述べる中、ジロは頬をかき、ロマノフは歯を食いしばり悔しさに震えていた。それらを見て、ひそかにほくそ笑んだリットン司令は、音もなく丸石から消える。


「ヘンリー、あまり離れない。勾玉が呪いの進行をおさえている。忘れないで」

 出て行く守備隊員と子供三人に、放置されていたマイが続いた。

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