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人間兵器のグロワール  作者: 草詩
第一章
12/44

12話

「参りましたねぇ。伝令、臨時隊長へ報告。敵侵入。労働、低層区危険。敵はいくつもの路地に浸透しており、総数不明。至急対処求む。走れ!」


 場所は中層から低層へと向かう階段の一番上。ジロ班長含む封鎖班の10名はそこから下の低層区、その先労働区を視界に収めていた。近い低層区は建物であまり見えないが、遠くの労働区は、路地という路地にゴブリンらしき姿が見て取れる。距離があるため、おそらくではあったが、各所から黒煙が上がり始めている事から間違いないだろう。と、下士官マーティとジロ班長は顔を見合わせていた。


「嘘だろ。やべぇよ、家が!」

「やーめろ坊主」

 走り出そうとしたヘンリーを、マーティが止めた。肩に置かれた手を弾き、ヘンリーはマーティを睨み付ける。


「ふざけんなよ! あそこには妹たちがいるんだ! 助けに行かなきゃやべぇだろ!」

「落ち着けって言ってんだ。お前ひとりで行って何になる」


「だから、皆で行くんだろ!」

「バカが。お前の家族を助けるために、俺らが動くわけねぇだろ」

「はぁ? なんだよそれ。なんのための守備隊なんだよ。俺らを守るのが、あんたらの仕事だろ!」


「お前らだけじゃねぇさ坊主。俺らは街の全員を守るのが仕事だ。今最も守るべきなのは避難所のある神殿、ひいてはそこへの道だ。南門が落ちたなら、東に向けてた防衛線を書き直さなきゃならん。ってことは、敵の手に落ちた地区に人をやる余裕はねぇんだよ」


「まじかよ。信じらんねぇ。何言ってんのか全っ然わかんねぇ」

 なおも食い下がるヘンリーに、マーティは胸倉を掴みあげ凄んだ。


「お前の都合と、お前の世界だけじゃねーんだよガキんちょ。じゃぁ何か? 神殿にお前の妹が避難していたとして、神殿の守りをやめて敵の元へ行くって言いだした奴がいたら、お前はそれに従うのか? どうなんだ坊主よぉ」


「二人ともストップ。ヘンリーは志願してここにいるんでしょう? 確か、そうでしたよねぇ。なら堪えなさい。あなたを助けるために我々はいるんじゃない。今この時も、あなたの妹より小さな子が他の場所で殺されてるかもしれない。それらが広がらないために我々はここに居るんです」


 ジロはいつもと変わらない態度で二人を止めた。ヘンリーにはそれが余計気に食わない。言っていることは正論だが、今聞きたいのは正論ではなかった。子供扱いされて諭されるのにも苛つけば、自分のどうにもならない気持ちにも苛ついていた。


「ちっ、話になんねぇ。俺らだけでも行くさ。そうだろオルフ!」

「僕だってすぐに行きたいよヘンリー。当たり前だろ。でも、僕ら二人だけで行っても、力がないんだ。悔しいけど、死体を二つ増やすだけで、何もできない。それに、マーティさんの気持ちも考えて。マーティさんだって、子供が二人もいるんだよ? 労働区に。一度頭を冷やして、どうすれば良いか考えよう」

 オルフは冷静にそう言った。手を顎にあて、真剣な表情で街を見下ろしている。


「お利口な答えだなオルフ! 見損なったぜ。いいさ、俺だけでも行ってやる」

「落ち着きなって」

「はっ、オルフは親父さん露店に居たもんなぁ! だから落ち着いてられ」

 ヘンリーの台詞は遮られた。目を瞬いて、一瞬理解が遅れる。鉄の味がした。見れば、オルフが手を振りぬいた姿勢で止まっている。


「ヘンリー、怒るよ? 僕だって、レティアや君のお父さんお母さんは大事だよ。そりゃ、ヘンリーの気持ちには負けるかもしれない。それでも、そういわれるのは心外だ」

「いってぇ。殴ってから言うなよ」


「それはごめん。でも考えがあるんだ。ジロ班長、提案です。どう転んでも防衛線は書き直すと思います。敵の浸透は現在も進行しており、こちらの本隊はすぐに動けません。早急に動く必要があると考えます。ここで伝令を待っていては後手に回ってしまう。誘導班が志願を集めているので、書き直しの防衛陣地を作る人員は足りるでしょう」


「つまり?」

「僕らは先行して、労働区と低層区のつながりを絶ちます。貯水槽を破壊しましょう。低層区の奴ですが、労働区は水はけが悪く、特に境目は壁の付近、城だった頃の名残で溝になっていたはずです。そこを沈めれば後続の敵は鈍るでしょう。少なくとも時間は稼げます」


「……驚きましたねぇ。オルフ君、君は隊長に座学も? 先程のヘンリー君への攻撃と良い、なかなか見所があるようですねぇ。ヘンリー君、落ち着きました? 隊を動かしたいのなら、このくらい言ってください。子供じゃ、ないんでしょう?」


 ジロは表情を変えず、横目にヘンリーへと視線を送る。ヘンリーの方は頭を力任せに掻き、大きなため息をついてから顔をあげた。その顔に先程までの焦りは見えない。


「わっかりましたよ。どうせ俺はオルフに比べりゃガキですよ」

「マーティ、意見は?」

「妥当な案だ。敵に飲まれるくらいなら、その方がいいしなぁ。低層区は、うまく浸透したゴブリンを排除できれば取り戻せるかもしれん。労働区は無理だが」


「決まりですねぇ。では、我々は動きましょう。他の封鎖班メンバーも集めます。さーて、忙しくなりますよぉ」

 班長は頬を張り、気合を入れた。何人かに指示を出し、散っている他の封鎖班メンバーを集めるよう人を走らせ、広場へも新たな伝令を向かわせた。


「悪かったな。さっきは、助かった。手間かけさせちまった」

「いいよ」

 ばつの悪そうに、ヘンリーはオルフへ頭を下げた。オルフに殴られた頬が赤くなってはいたが、体格のよくないオルフの拳は、そこまでダメージになっていない。


「でも流石オルフだな。あんなの思いつかねぇって普通」

「やめてよ。レティアたちを助けるために必死に考えたんだ。それだけだし、自分の我儘で隊を動かすのには変わりないよ。マーティさんの家族は、考えてられなかったし。この作戦をやるということは、確実に労働区は捨てられるってことだもの。聞こえは良いけど、僕は。労働区を、捨てさせたってことだ。マーティさんの前で、それを進言したんだ」

 表情を曇らせ、オルフは下を向く。


「オルフ……。お前は気にすんな。お前は俺のためにやってくれたんだ。そうだろ? いや違うな。お前だけじゃない、俺らの我儘だ。二人のものだ。それに。それに、俺は感謝してる」

「え?」

「ああ言ってくれて、ありがとうな。お前がいなかったら、俺は。俺は一人で」

「ヘンリー。絶対助けようよ。レティアも、おじさんもおばさんも」

「ああ、二人でやろう」

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