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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「ふ」 -訃・腐・負‐

作者: 牧田沙有狸

は行

木の葉が色付き落葉もし始めた夜、コートをはおらないと

線香のにおいが染み付いた喪服は少し寒かった。


人の死ってなんだろう


そんなことをぼんやりと思いながら歩く通夜からの帰り道

いつもはなんの意識もなく通り過ぎる公園の前で足を止めた。

歩道向きに街灯があり、蛍光灯の白い光が植生え込みを照らしていた。

枯れ果てた紫陽花が暗闇に浮かび上がって不気味に咲いていた。

次の季節を待っているだけだけど、今年咲いた紫陽花の形を残していて

酷いけど「腐っている」という表現が一番似合う。

執念深く生き残ろうとする絵本に出てくる悪役の老婆のようだ。

「こんなになってまで、咲いていたいのか?」

寒々しい枝だけになった桜の木が上から嘲笑しているように見えた。

桜は散り際まで美しい。

いや、一番美しいときに終わってしまうから、美しいんだ。

紫陽花っていつ終わっているんだろう。


人の生ってなんだろう。


「夫が自殺した」

1週間前、電話口で久しぶりに聞いた彼女の声が発した言葉は訃報だった。

あたしは「自殺」という言葉の威力に負け、彼女に何も言ってあげられなかった。

結婚式以外では会ったことのない、友人の旦那でしかない

特に接点のない人の死が、こんなに衝撃だとは自分でもびっくりした。

そんなあたしの小さな慰めなど、まったく求めていない彼女は

淡々と経緯を語りだした。


1年前ぐらいに旦那は事故に遭い下半身不随になって

車いす生活を送ることになったの。

幸いまだ子供はいないし、私もまだ働いている。

一緒に頑張ろうって決めたのに、一人にした隙に自宅で首を吊った。

悪化はしないが一生治ることのない体に絶望してしまったみたい。

大人として普通にできていたことが、できなくなってしまった現実を

受け入れられなかった。受け入れても前向きにはなれなかった。

世の中には怪我や病気で変わってしまっても、

頑張って必死に生きている人はたくさんいる。

むしろ、そういう人たちの方が生きることに貪欲で、生き生きしている。

でも、彼は自ら終わることを望んだ。

自分に負けちゃった。

誰にも止められなかった。


電話を切った時,重い内容の本を一冊読み終わった時のよをうな

疲労感だったのを覚えている。まるで本の中の話みたい。

リアリティーにかけた。

もしかしたら、彼女の妄想なんじゃないか。

派手な夫婦喧嘩して、いろいろ作り話してるんじゃないか。

彼女の状況を思うと、作り話であってほしいと願う思いが現実感を失わせる。

通夜も事務的な儀式に過ぎなかった。

表向きには、なれない車いすによる不慮の事故としているようだった。警察を経由して通夜や告別式の日が遅くなったのは、友引や祝日で葬儀場が混雑していたという理由で隠されていた。

だけど、喪主として気丈にふるまう彼女は現実を見つめていた。

「どうして」という後悔の言葉を繰り返してもしかたがない。

今はやるべきことをやらなくては、という姿勢が妄想なんかじゃないと

分からせてくれる。


誰にも止められなかった。

絶対に自ら死を選んではいけないと思うけど、

生き方は他人には決められない。

あたしは腐った紫陽花を見つめて泣いた。



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