お隣さんの情事と、勇者の事情。
今日こそは……今日こそは、かの傍若無人な勇者さんを……。
(ってまだ、2日目だけど)
正直、できるビジュンが見えません……。
「今日はちゃんとやってよね!」
エミの機嫌は、一晩寝たら治った。
「お……おう、善処するよ」
ーーお前の機嫌取りのためにな。
「あと……あんたと私が夫婦だとか、変な話するんじゃないわよ!」
あぁ、そういえばやけにそのことで突っかかってきたな……なにもないことなんて自分が一番、解ってるだろうに。
「なるべくそっち方向の話にいかないように頑張るよ……」
いや、その前に倒せばいいだけの話じゃねぇか。弱気になってるな……。
ビー ビー ビー ビー !!
昨日のサイレンだ、来たな……。
ウィンドウが出てくる。
「1人……?」
「一人ね」
1人だ。まさかの勇者さん一人でご来場なすった。
仲間が死ぬのを嫌ってか、それとも一人で充分だと認識されたのか。
「これはいけるんじゃないの?」
「う~ん、むしろヤバくね?」
隙がなくなった、そんな印象だ。
昨日は仲間がやられて感情的になってくれたので『危険物注意』に掛かってくれたのだ、単独だと心理攻撃が使えない。しかし、回復役がいないので少しでもトラップで負傷させれば動きを鈍らせることができるかもしれない。
勇者さんが早速、剣を抜いた。また爆走する気か?
しかし、勇者さんは全然動く様子がない、というか剣を振り被ったまま固まっている。
ーーあれ? なんか光ってね?
勇者さん、発光してます。
「ハーーーー!!」
ゴウ!!
「はっ!?」
勇者さんが雄叫びと共に剣を振り下ろした。
画面が真っ白に塗り潰されたかと思ったそのときには、固く閉ざされていたはずの石扉が吹き飛んでいた。
「なにこれ……?」
「やるじゃない」
値踏みするように腕を組みながら言うエミ、どこから目線だよ。てかやれば出来るものなのこれ?
やっと映像が復旧した。撃退対象に勝手に焦点を当てているはずの映像が、目が痛くなるくらい瞬く間に変わっていく。
つまり、猛スピードで何階層も突破しているということだ。
俺は力なく床に座る。当然、エミはもう見えなくなった。
1分もせぬまにヤツは現れた。
「いらっしゃい」
「あぁ、邪魔するぞ」
こいつ自宅なみの気軽さで入ってきやがった。なんだか、今日は浮かない顔だ。
「私は、考えていたんだ……」
あぁ、俺が何者なのかね。
「朝食を食べているときも、道端で転んで恥ずかしい思いをしたときも、ここへ来る間も、ずっと考えていたんだ……」
ーーそんなことずっと考えてるから転んじゃうんだよ。
「でも解らなぬ! 解らぬのだ!」
そりゃね、俺にも解んないんだからしょうがないでしょ。
「お隣さんちの旦那は、3日まえから出稼ぎに行っているらしいのだ! 私は……私は! この3日間ずっとあの……あれの……声を聞いているんだぞ!!」
事態はもっと深刻だった! それってあれじゃん、不倫じゃん!
「……」
ハードすぎてなにも言えない……どうしましょう。
「私は、どうすれば……」
頭の中では、お隣さんちの奥さんがなにをやらかしてらっしゃるのか解っているのであろう勇者さんは、その場に崩れ落ちてしまう。
ーーしょうがない……。
このまま、グダグダ悩まれても鬱陶しくて堪らん。
「解った、ちょっと待ってろ俺がどうにかしてやろう」
俺は小走りに書庫にもどり、数枚の紙とペンを持って戻った。
勇者と魔王を二人きりにしたことになるが、勇者さんは大人しく座っていた。
ザッと思いついたことを紙に書く。
「これを奥さんに渡してくれ、そのときに『ご主人のご友人から頼まれました』と言え」
「おー!」
中身が見えないように3つ折りになっている手紙を見て大袈裟すぎるほど感嘆の声を上げる勇者さん。
「それから、この3枚の紙を冒険者たちが一番集まる場所に貼ってくれ」
次の3枚は、折らずにそのまま渡す。その紙を見た勇者さんは、眉間にシワをつくった。
「ギルドの掲示板に貼れば皆、見にくると思うが……これに意味があるのか?」
「あぁ、信用してくれ。これでこの問題は解決だよ」
勇者さんは、『おー!』とまた感嘆。
「よし! 早速、行ってくる! ありがとう!!」
「行って来い! 頑張れよ~」
勇者さんは、今日も喧しく帰って行く。もっと飛ぶ鳥跡を濁さずみたいな感じに帰って欲しい。勇者なんだから。
※ ※ ※
今日も、完敗だったな~と打ちひしがれていると、魔法を解いたエミが俺の前に座った。
「コテンパンにやられたわね」
ーーあれ、今日は機嫌悪くないな。
「あれは、流石にチートだろ……」
勇者さんは、剣の一振りで天上をブチ抜きここまでひとっ飛で辿り着いたのだ。昨日、やらなかったのは仲間が瓦礫の下敷きになるのを防ぐためだろう。
1人のほうが簡単に攻略できるのに、わざわざ他人に気を使わなくちゃならないなんて、勇者も大変だな。
「そういえば、さっきの手紙ってなにを書いてたのよ?」
「うん? あー、大したことじゃねぇけど、最初の手紙が、
『私は、あなたの身を案じてこの手紙を認めております。
ご主人は、あなたの行いに感づき始めています、直ちに辞めることをオススメいたします。』って書いた」
ジトッとした目でこちらを見てくるエミ。
「随分と直球ね……大丈夫なのそれで?」
「ハハハ。大丈夫なわけがないだろ? だから言ったじゃないか、《この》問題は解決するって」
「わぁ~、クズね」
魔王からクズ呼ばわりされました。
「なら、次の3枚はどんな関係があるのよ?」
「あぁ、あれはなんの関係もないよ。完全にこっちの用事だ」
「え!? ウソついたの?」
ドン引きするエミ。お前、魔王だろうが。
「それは違う。別にあの3枚が不倫の件に関係あるなんて一言も言ってないだろ?」
嘘じゃない! 必要な情報を少し端折っただけだ!
貸し借り0にするより、貸し1つにしといた方が、あとあと便利だろ?
「はぁ~……それであの3枚にはなにを書いたの」
「『ダンジョン探索したけど、楽なわりには結構儲かりました』と『ダンジョンのモンスター弱すぎ、ワロタw」、『ダンジョンに潜って以来、姑からの悪口がなくなりました!』って書いた」
なるべく、違う人が書いた感を出しといた。
「え? なにイタズラ? というか人妻がダンジョン入るんじゃないわよ!」
「まぁ、明日になれば解るよ」
俺の言葉にエミは少しムスッとなったが、なにか思いついたのか『ちょと来て』と俺に言うと、小走りに居住スペースへ連れてこられた。
※ ※ ※
二足歩行している狐がいた……。
高価そうなスーツに身を包み、左手に杖を持っている、頭にはハット、格好的には紳士だが……狐、背丈も40センチくらい。
「おぉ! なんと聡明で利発そうなお方だ!」
紳士狐に、なぜか褒めちぎられる俺。商人の臭いがプンプンする、狐ってだけでする。
ーー聡明と利発って、あんまり違いがないよね。つまり特に思いつくことがなかったから適当に言ったってことだよね。
「あの、聡明で利発そうな私になにかご用でしょうか?」
「おお! これはこれは失礼しました。
お初にお目にかかります。
私、仕立屋のフェニスと申します。以後、お見知りおきを」
フェニスと名乗る紳士狐はハットを脱ぐと恭しく礼をしてきた。動きがいちいち大仰だ、体が小さいから苦労してるのかもしれないな。
「あぁ、こちらこそ。日高見 雁矢って言います」
見るとフェニスは、狐目を細めながら右手を差し出していた。あぁ、握手を求めているのか……。
「引っ掻いたりしない?」
「私にその気はありませんが……」
悲しそうな顔をするフェニス、しょうがないので、ちょっと怖いけどその手を握り返した。
なにが嵌ったのか、エミが大爆笑しているが、まぁ放っておこう。
「魔王様にはいつもご贔屓にして頂き、感謝の言葉も御座いません。今日は、ヒダカミ様のお洋服を仕立させていただきます」
おぉ! この人……狐がいつも妙に現代チックなエミの服を選んでるのか!
エミが呼んでくれたのか、感謝しなくちゃな。それにやっとこの制服ともおさらばだ、かれこれ2日以上着てるもんな、これ……。
「仕立といっても、僕はなにをすればいいんでしょうか?」
「まずは、採寸させていただきます」
「はい、お願いします」
にこやかにこちらを見ながら、メジャーをシャーシャーと弄ぶフェニス。杖とハットはどこかに消えてしまった。てか、どうやって採寸するの?
「では、参ります」
フェニスが言うと同時に飛びかかってきた。
「ノアッ!!」
襲われたのかと思いきや、メジャーを口に加えながら俺の周りを飛び回っている。
あら可愛い、このちっこい身体で精一杯頑張ってる感じが……捕まえてワシャワシャしたい。
しかし、とっ捕まえるために隙を伺っているうちに、採寸は終わってしまったらしい。
「お疲れ様でした。それではどういったものを御所望でしょうか?」
「え~っと……動きやすいやつ?」
「それから?」
それから!? 以上だったんですけど……。こういうのよく解んないんだよな。
「エミさん……どういうのがいいと思う?」
エミは明らかに呆れた顔をしている。
こればっかりはね……お願いしますよ。
しかし、俺は自分のこの選択を後悔している。着せ替え人形のように、ものすごい数の衣服を脱ぎ着する羽目になり。挙げ句の果てには方向性の違いから狐と魔王による大喧嘩が繰り広げられることとなり、何があったのか今では2人の間に固い絆が……なんだこれ。
まぁ、いろいろとあってやっと俺の服が決まった。
「なんか見覚えが……」
あれあれ? 見覚えがあるぞ? 高そうな白シャツに黒いパンツのモノトーンコーデ。
「いかがですか!? テーマは『ペアルック』!!」
自信満々とばかりに胸をはる紳士狐。
「やっぱりか!」
だってこの配色、完全に昨日エミが着てたのと同じだもの!
「似合ってるじゃな~い」
こちらも最高傑作だと言わんばかりに両の親指と人差し指で作った四角を通して俺を見てくるエミ。
「いいの!? お前はそれでいいの!? 絶対、いつか黒歴史になると思うけどいいの!?」
ーー恋人同士ですら恥ずいのに、ただの居候とペアルックって……気でも狂ったか、コイツ……。
「なに、不服なわけ?」
ーーうん。
「そのようですね……」
お! 違うのを仕立てくれるのか?
「「それじゃあ、この真っ白なワンピー……」」
「これにした! 黒白でかっこいい~!」
ワンピース持ってるんだけどこの人達! なにを女装させようとしてるの!? 『ペアルック』から離れろって意味が解らなかったの!?
これ以外にも、何着かの服を見繕っつもらった(ちょくちょく、ワンピを薦めてきやがった)。
これでペアルックになることはそうないだろうと安堵した俺だったが、俺がモノトーンの服を着ている日には確実にエミも同じモノトーンの服を着ているという不可思議な現象により、週一くらいのペースでエミとペアルックをすることになってしまったのでした。