アンチ・転生――神を泣かせた少年――
作者は本作を、テンプレ物を否定する目的で執筆したわけではありません。
ですが描写の都合上、一部の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。
本作を底辺作家のジョークとして受け止められる方だけお読みください。
気がつくと俺は、見知らぬ空間の中にいた。
辺り一面真っ白で、淡い霧に包まれた、どこか神秘的な世界。例えるならそう、神々が住まう天上界のような。
「ここは、一体」
「お目覚めかね、鈴音典翔君」
「……?」
戸惑いながら視線を動かしていると、霧の中から一つの影が浮かんできた。しかもそれは、俺の名を呼んでいるではないか。
「誰だ」
「ふふふ、神に向かって誰だとは。少し失礼なのではないか」
「神……?」
神だって? 確かに、ここらには神話にでも登場する白亜の宮殿の一つでも建っていてもおかしくはなさそうだが、まさか。
「そう、神。この世界を統治する、神だ」
目の前の影が、段々とその姿をはっきりと具現化させていく。
徐々に現れたのは、きらめく衣を身にまとい、白いもじゃもじゃのひげをたくわえた老人。形こそは人の物をとっているが、一目見ただけで人間ではないのだとわかる神々しい気を放っている。
その手には、不思議な色のオーラを帯びた銀色の杖を握っていた。
「何故、俺の名を?」
「決まっているだろう。私が、全知全能の神だからだ。現に、君のことなら何でも知っているよ。例えば、君がどういう人生を歩んできたとか、どういう人と出会ってきたとか。そして、どういう死に方をしたのか」
「!」
こいつ、俺が既に死んでいることを知っている? やはり、本当に神なのか?
「君の乗っていたバスが転落し、そのまま事故死した。たった十七年しか生きていなかったというのに。君は運が悪かっただけで、何も悪いことはしていないのにね。可哀想に」
「あなたに同情されるいわれなんてありませんよ」
「いや、可哀想に思わずにはいられないね。だって君はまだ、生きられる運命であったにもかかわらず命を落としてしまったのだから」
「はい?」
何を言っているのだ、このひげは。俺は天に定められた寿命を全うしたから、ここにいるのではないのか。
「実は、君にはまだ寿命が残っていたのだよ。それなのに、人間の寿命の調整係であった私の部下がミスを犯してしまってね。ある時刻に死亡する予定だった人間の代わりに、偶然同じ時刻に起きた事故に巻き込まれた君の魂を、ここに連れてきてしまったということだ」
「はあ」
何か、どこかで聞いたことのある話だな。そう確か、ライトノベルの冒頭とかで。
「この件に関しては、非常に申し訳ないと思っている。だからそこで、君にはとっておきの転生先を用意しようと思う」
「転生先?」
「そう。君は今から、地球とは違う異世界にて新たな生を受け、新たな人生を歩むのだ。もちろん、その記憶と人格を宿したまま。どうだ? 悪い話ではないだろう」
「はあ……」
異世界転生、ね。やはりそういう展開になりますか。
「もちろん、君の要望もできうる限り聞き入れよう。剣と魔法が当たり前の世界に生まれるもよし。君の好きなゲームに似た世界に生まれるもよし。さあ、何がいい?」
「……」
俺はニコニコ笑う神を前に、無言のまま考え込む。そして数秒後、思いついた結論をそのままぶつけた。
「何でも、俺の要望を聞き入れると言いましたね」
「ああ。できうる限り、だが」
「なら、俺をこのまま生き返らせて下さい」
「……はい?」
「だから、俺を生き返らせて下さいと言っているんです」
「……What?」
何故か英語を持ち出した神は、顔面に貼りつかせていた笑顔を、セメントで固められでもしたかのように硬直させた。
「あの。もう一回聞きますよ。君は今、何て言ったのかな?」
「だから、俺を元の世界に、俺のまま生き返らせて下さい。転生とか、無理にさせなくていいですから」
「…………え――――っ⁉」
神は全世界にまで響きそうな声を上げながら、腰が砕けてその場に尻もちをついてしまった。
その後杖を支えにしながらどうにか立ち上がり、口をふがふがと震わせながら俺のことを目玉をひんむきながら見つめる。
「え? 嘘? 本気? それ、新手のゆとりジョークですか?」
「冗談でも何でもないですけど。しかも、急にキャラが変わりましたね」
「だ、だって、異世界転生の申し出を断るなんて人、初めて見たから。あの威厳のある感じも、神として一応キャラ作りしてるってだけだし。にしても、えーっ! ここ普通、断る?」
「断りますよ。だって、異世界とか興味ないですし。剣とか魔法とか、アニメや小説で充分ですから」
「いやいやいや。あなた、自分で魔法とか使ってみたいと思いません? 憧れたこととか、ないですか?」
「そりゃあまあ、ありますけど。学校に遅刻しそうになった時、移動呪文あったら便利だよなあくらいには」
「生活レベル! 発想が、ものの見事に生活レベル! 若いんだからさあ、もうちょっと大それたこと考えましょうよ」
「若いからって、大それたことを考えなければならないというしきたりは、残念ながら俺の世界にはなかったもので」
「神様を論破しないでえっ!」
神は杖から手を放し、両手で目元を覆って身悶えする。俺はそんなに、間違ったことを言っているだろうか。
「いい? 普通ここは異世界転生を受け入れて、新たな世界に旅立っていくところですよ? 物語なら、ここからウキウキワクワクの冒険活劇とかが幕を開ける場面ですけど⁉」
「これ、物語じゃなくて現実の話ですけど。神様が冷静さを失うとか、そんなことがあっていいんですか?」
「はうっ!」
この人、胡散臭いというか、えんえんと自論のゴリ押しばかりで腹が立つな。こちらにも、言い分というものがあるというのに。大体、神様が人間の若造に揚げ足を取られただけでクラクラし出すなんて。メンタル弱過ぎだろう。
「あのですね。俺は今の現状に、充分満足していたんですよ。家族にも学校生活にも、何の不満もありませんし。だから、わざわざ異世界に生み落とされる必要なんてないんです」
「で、でもさあ。こっちがいい条件を提示してるんだから、心が揺らいだって……あ、そうだ。肝心なことを言うのを忘れてた。はっははは。これ言えば一発だったんじゃないの?」
先程まで落ち込んでいたくせに、今度は突然高笑い。すごい情緒不安定っぷりだ。神々の世界に存在しているかどうかは知らないが、精神科で一度診てもらった方がいいのではないか。
「コホン。鈴音典翔君。君には転生する世界を選ぶ権利だけでなく、生まれながらにして身に宿す、特殊能力を与えよう。下界ではそう……チートと呼ばれる能力だ」
「チート?」
「そう、チートだ。常人よりも卓越した身体能力でもいいし、どんな知識も瞬時にして得ることができる、超能力でもいい。そして、惚れた女を確実に己の物とする、ハーレムを作る能力でも」
「ハーレム……」
「そう。男なら誰もが一度は憧れる、ハーレムだ。君の世界では、なかなか作れたものではないぞ」
「……」
俺は再び口を閉ざし、自信に満ちた神の顔をじっと見据える。そして、彼の元に歩み寄った。
「よし、とうとう受け入れてくれる気になったのだね」
「……」
「さあ、和解の握手をしようではないか。そうすれば、君の異世界ライフは幕を」
「せいっ!」
「ふぎゃーっ!」
俺がその頬に勢いよく拳を打ち込むなり、神はそのままひっくり返って吹っ飛んでしまった。
人智を超えた存在とは思えない身体をガクガクさせながら、怯えた目つきをこちらに向ける。
「ひ、ひどい。こんなか弱い老人を」
「軟弱な人間相手に、何をふざけたことを言っているんですか。それに、ひどいのはそっちでしょうが。俺に対し、複数の女性と同時に関係を持てだなんて。俺にはね、彼女がいるんですよ。春山美琴っていう、最高の彼女が。俺は、一人の女性と末永く幸せに暮らせさえすればそれでいいんですよ。それなのに、彼女に会えなくなるわ、わけのわからん世界に飛ばされて好きでもない女に好かれるわって、最悪じゃないですか!」
「うわあっ。君もしかして、めっちゃ硬派なタイプ?」
「それに、他の能力だってクソみたいなもんでしょう。俺も昔は運動が苦手で、周囲から馬鹿にされました。それが悔しくて、毎日毎日一生懸命練習して、とうとう部活ではスタメンにまで上り詰めたんですよ。努力もしないで得た能力なんて、何の価値もないですよ!」
「え、いやっ。ええっ?」
「それに、超能力ってのもふざけてますよね。自分は何もしなくても、頭に情報がひょいひょい入ってくるとか。はっ、馬鹿馬鹿しい。ズルをして成功を収めたとしても、自分の実力でも何でもない。そんな能力に目がくらむ奴なんて、クズだ!」
「そこまで言う⁉ 君、絶対学校とかで浮いてるでしょ⁉」
「美琴がいれば、俺は充分なんですよ!」
「ぐはあっ!」
もう一発拳がクリーンヒットすると、神はまたも見事に吹っ飛んでいった。
こんな奴に世界が統治されていうと思うと、情けなさ過ぎてはらわたが煮えくり返りそうだ。
「つ、強っ……君、チートとかいらないじゃん!」
「だから、最初から必要ないって言ってるでしょうが。あなたの耳と脳は、きちんと役割を果たしていますか?」
「やめてよぉ、その毒舌。仮にも神様に向かってそんな……もうちょっと敬ってくれても」
「とんでもないミスをしでかすような部下を召し抱えた方なんて、尊敬できるわけないでしょうが。そんな基本的なことも察することができないなんて、本当に知恵が回らないんですね。俺は自分の魂の末路よりも、あなたなんかに統治されている世界の行く末の方が心配になってきましたよ」
「うわあっ。また論破されたあっ!」
とうとう神は、大人気もなくボロボロと大粒の涙を流し始めた。
俺の気も知らないで、自分だけが悲劇の老人ぶるひげを見ていると、さらに苛立ってくる。さっきから論破、論破ってうるさいし、そんなにされたければ本格的にやってやろうか。
「と言いますか、部下の失態の尻拭いとして、異世界転生を犠牲者に勧めるというのがそもそもの間違いなんですよ。異世界転生ってのがどんなにすごくて貴重で偉大なものかは知りませんけど、それを望まない人間だっているんですよ」
「で、でも、今までの人間はそれを受け入れて」
「あなた、自分で何でも知っているとか抜かしておいて、人間という生き物には一人一人に価値観の違いというものがあるのを知らないんですか? 俺にとってはそんなもの、何の価値もなさないんですよ! 喜ぶ人もいるとは思いますがね、それを俺に押しつけようとするのがおかしいんですよ。俺は今の世界で、俺らしく生きていたいんですよ。この先にどんなクソみたいな運命が待ち受けていようとも、それが俺の歩むべき運命なんです。現世での人生を放り投げたまま、異世界とやらに飛んで俺が俺でなくなるよりかは、ずっとマシですね!」
「そ、そこまで言わなくても」
「もし俺を現世に戻すことが出来ないのなら、どうぞ俺の魂をこのまま消し去って下さい。あなたの条件を受け入れて、俺を殺した部下の失態が帳消しにされるよりはずっといいです。さあ、どうぞ。消して下さい。それと同時に、あなたの大切な部下が何らかの処分を受けることは確実になりますけどね!」
「うう……」
神はうつむき、しゅんとなってへたり込む。
そこには最初に放っていた、人とは異なる神々しいオーラも何もない。まるで本物の、人間の老人のようだ。
「そんなに君は、元の世界に帰りたいのかね」
「もちろんです」
「どんなに説得しても、その意志は」
「揺るぎません」
「そうか……」
杖を支えにして立ち上がると、彼は多数のしわが刻まれた顔をこちらに向けてきた。
どうしてだろう。その瞳の輝きは、以前までのものと異なるような気が……。
「よし、わかった。最後の一人は、君にすることにしたよ」
「最後の一人? それはどういう……」
「また会おう、鈴音典翔君」
「うわあーっ!」
杖が天に向かって掲げられるなり、耳をつんざくような轟音がそこら中に響き渡る。
雷にでも撃たれたような衝撃を感じたのと同時に、俺は意識を失った。
視界がぼんやりとしている。ここは一体どこだろうか。
確認しようにも、ほとんど身体が動かない。どうやら、何かにつながれて自由を奪われているようだ。
「典翔……典翔!」
「う……」
今、誰かに名を呼ばれたような。どうにか動く目で、微かに聞こえてきた声を追う。
「典翔……!」
「み……こ……と?」
どうして美琴がここに。というかよく見たら、うちの家族までいるじゃないか。
その横には、白衣を着た男と女が。もしかしてここは病院で、彼らは医者と看護師だろうか。
「一時はどうなるかと思いましたが、どうにか峠は越えたようです。もう心配はいらないでしょう」
峠……? 心配……? 一体、何のことだろう。
状況が飲み込めないまま、俺はしばらく天井を見据え続けた。
乗客二十人を乗せたバスが転落。十人が死亡、残る十人が重軽傷。
これは、俺が乗り合わせたバスの事故に関する記事の一部だ。
あとでわかったことだが、俺は三日も意識不明の状態が続き、生死の淵をさまよっていたらしい。そして今も、周囲からサポートを受けながら、病院でリハビリを続けている。身体能力が元通りになるかは保証できないそうだが、日常生活を送れるくらいにまでは回復の見込みがあるとのことだ。
「どうしたの、典翔君。外に出たいの?」
「……いや。美琴もさ、俺のことばっか気にしなくていいよ」
俺は時々、病室の窓から空を眺めている。どうしても、生死の淵にさまよっていた時に見た、あの変な神様が出てきた夢が忘れられなくて。
あれはただの夢だったのか。それとも、神様はあのやりとりを通して、俺のことを試していたのだろうか。その答えは、いまだにわからない。
「でも、たまに暗い顔してるからさ。身体が思うように動かないのって、やっぱりつらい……よね?」
「…………」
――もしあの時、転生を望んでいたら、本当に異世界で新たな生を受けていたのだろうか。
ふとそんな考えが頭をよぎることがあるが、決して後悔はしていない。
「そんなことないよ。だって……」
「だって?」
「……やっぱり、何でもない」
俺はこの世界の中で、他の誰でもない俺として生きていく。
これが自分の意志で選んだ、運命なのだから。




