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恋に落ちるのはりんごが地面に落ちるのと同じだ。万有引力。これは地球の、自然の摂理なのだから。
久しぶりに会った春花は笑っていた。美雪がほっとした顔をしている。どういう方向性なのかはわからないが、何かしらの進展があったのだろう。
「「「かんぱーい。」」」
お洒落な南国カフェ風のお店で色とりどりの鮮やかなドリンクを掲げる。口いっぱいにベリーの甘酸っぱい香りとアルコールのもたらす高揚感が広がっていく。ひとまず美味しいと三人で笑い合う。
ドリンクと合わせて頼んでおいた野菜チップスと厚切りベーコンがたっぷり入ったシーザーサラダ、美雪がさっと手にトングをとり小皿に取り分ける。その手つきは慣れたもので一連の流れる動作が美しい。彩りも見栄えも綺麗だ。
「それで、春花さんはどうなりました?」
茶化しながら美雪が尋ねる。春花はもったいぶったように「えー。」と言いながら視線を泳がせているが、口角がしっかりと上がっているので上手くいったようである。
「どうなの?」
私も答えをせっつくように声をかける。
「うふふ、仲直りしました。」
乙女の花のようなかんばせ。愛らしく満面の笑みを湛える春花の頬はアルコールのせいか、それとも身から溢れ出る幸せのせいか薄桃色に染まっている。
「よかったねぇ。」
にこにこ顔になる美雪に「ありがとー。」と春花が抱きつく。やわらかなソファ席だったため美雪がおっとと少し体制を崩す。
「もー。はしゃぎすぎ。」
そうたしなめるように言ってみたけれど、私も本当に嬉しい。正面の席でなければ私だってぎゅうぎゅうくっついて喜びたいところだ。くっつくのは女子大の性質なのかもしれない。
気分の盛り上がった私達はじゃんじゃん食べて飲んだ。海老トーストにマンゴーとアボカドの生春巻き、カルパッチョ、サテ・・・ガパオライスにフォー、デザートまで食べて、めいっぱい飲んだ。
恋バナも進む。
春花の惚気は触れずに置いておくが、驚愕の事実が発覚する。
「ええ~!美雪ちゃん彼氏いたのぉ。」
ふあんふあんした酔っ払いモードの春花が驚く。
「うん。」
美雪はさっぱりとあっさりと認める。
「どんな人ぉ、いつから、どこで出会ったのぉ?あー、写メとかある?見たーい。」
「春花、落ち着いて。」
目を爛々とさせて矢継ぎ早に質問を投げつけ続ける春花を止めつつ、美雪を無言で促す。本当は私が一番それらのことを聞きたい。詳しく。
「うーん・・・頼りがいのある人、かなぁ。」
あまり詳しいことは教えてもらえなかったけれど、美雪の彼はボランティア繋がりで出会ったNPO法人の職員をしている人で、友人としての付き合いは一年程度。交際に発展したのは、彼自身がNPOの活動でカンボジアへ渡ることが決まった三カ月ほど前だそうだ。彼がカンボジアへ飛び立ってからは週に一度メールでやり取りをするくらいの微妙といえば微妙な関係のため黙っていたとのこと。
「んもー。付き合った時点でおしえてょ~!美雪ちゃんのばかばか。絶対、めいっぱい祝福したのに!」
「今日してくれてるから十分だよー。」
「んもう~。」
力の入らぬ手で小さなこぶしを作り春花がぽかぽか美雪を叩く。ソファにあった小さなクッションで「きゃあ。」と美雪がガードしながら笑っている。私は「こらこら。」といいながら笑って二人を見ていた。
口に含んだ青いチャイナブルーのお酒は少し苦い。ライトブルーの人工的な妖しい色、美しいものには棘がある。
春花がお化粧直しで席を立った隙にこそっと美雪が囁く。
「本当はちょっと恥ずかしかったの。春花や葉月と違って私、男の子っぽいから。」
そして「ふふっ。」と照れ笑いをした。美雪もすっかり乙女の顔だ。
「あのね、私。」
一言、話してみたくなった。バニラの白、チャイナブルーの液体。でも、まだ苦い。
「うん?」
「お待たせ。」
春花がにこにこ戻ってきた。美雪は私をまだ見ている。少し困った顔で小さく首を横に振る。
「あ、ねえ、さっきすごいの見たんだよー。」
何かを察したのか春花がノー天気な話題を提供する。私はなになにと食いつき、自分の告白をスル―した。美雪もそのまま話に乗ってくれた。
そうして、たいそう盛り上がった私達の宴は終電ギリギリのお時間になってしまった。




