30/39
30
「春花。」
くすんだピンク色のワンピースにふわふわしたグレーのニット、電車内が暑かったのかもこもこのラビットファーが襟にあしらわれたコートを手に抱えた春花が正面に立っている。私は黒のパンツ、淡い水色のニットにベージュのトレンチコート。たまたまとはいえ、ちょっと負けた気がする。
「久しぶり。」
「久しぶり、美雪を空港で見送って以来だよね。」
「だねぇ。」
会話が途切れる。春花は「やっぱり寒―い。」と言いながらコートに手を通している。
「ねぇ、」
「ん??」
私は春花に何を話そうとしているのだろうか。美雪の近況、私の近況、女の気配の話?
「ううん。話そうとしたこと忘れちゃった。」
「えー、葉月ちゃんなのに!珍しいね。」
私は笑うしかない。苦笑いだ。
どうして普通の顔をしているの。どうして前と変わらないの。チーズケーキを焼いていた日に現れた春花は幻想だったのかと疑いたくなるほど、いつも通りの春花だった。
「ごめん、お待たせ!」
幹事の登場にほっとする。三人で何でもないことを少し話してから合コン会場の居酒屋へ向かった。




