27
カンボジアに飛び立つ前、久々に「雪月花」は集結した。私も春花もお互いの気まずさよりも美雪を見送りたいという気持ちが勝ったためである。いってくるねという美雪は少し不安げであったけれど、自分の道を歩んでいる人独特の強さが見えた。気がする。
「気をつけてね。」
「ありがとう。二人も。」
美雪はスーツケースをごろごろとさせて搭乗ゲートへ消えていく。美雪の姿を見送った私と春花は、二人になってしまった。
「美雪、大丈夫かな。」
不安げな春花に私は力強く答える。
「大丈夫だよ、絶対。」
「うん。」
確信というよりは祈りに似た言葉に春花も頷かざるをえなかったようだ。そして空港の中にあるコーヒーショップで軽くお茶をして私達は別れた。美雪というかすがいを失った私達はそこで離れるしかなかったのだ。
カレーの匂いがしている。チョコをもう一かけら口に含む。甘さにめまいがしたらいいのにと願う。
ドゥゥゥゥゥゥ
硬い場所に置いていた携帯が振動し、可笑しな音をたてた。
「浩樹。」
私は鍵を開けに玄関に向かった。
「おかえり。」
「ただいま。」
カレーの匂いに美味しそうと反応をしながら、彼は部屋に入る。玄関の鍵をかけて、靴を脱ぐ。
「浩樹。」
名前を呼び、くっつく。
「ん?」
いぶかしげな顔をするものの抱きしめて髪を撫でる。そのまま顎に手をあて、上向かされて口付ける。
「葉月、ただいま。」
「うん。」
しばし見つめ合う。たったの数メートル、手を引いて歩く。今夜は美味しいカレーの日。
私はしばらく彼の部屋へ行っていない。




