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ぬかるみに足をとられたような、底なし沼に沈んでいくような、砂浜で波に撫でられるような、感覚。何かが私の心をひいて行く、どこか知らぬ場所へ、戻れぬ場所へ。

「で、どうしてそうなったの。」

私の追及にあっさりと美雪は返答する。

「私も、頑張りたくなったの。」

ホットのチョコレートドリンクを口に含み、甘すぎたのか苦いコーヒーを飲んだ時のような顔をする。

「いや、でも。日本じゃダメなの、その頑張るというのは。」

美雪の前にはあっさりしたプレーンタイプのシフォンケーキ。私の前にはミルクティーとガトーショコラ。なんともないごく普通のカフェで私達はオープンテラス席にいる。ウッドデッキのように木製のテラスの周りはまだまだ青い葉をつけた木々が美しく「生」を主張しているようだった。

「なんていうか、その・・・彼の力にもなりたくて。」

はにかむように言った美雪に息を飲む。


 これが恋か。


 美雪はもともと色んなことに執着したりせず、自分の道を歩んできている。とはいえ今までとはレベルが違う。カンボジアへボランティアとして飛ぶというのは。

「大丈夫だよ、葉月。」

固まってしまった私を心配そうに美雪は覗きこむ。

「離れても側にいるから。」

こんなときにも私の心配をしている美雪。自分が遠くに行って、例え最愛の彼がいるとしても、知り合いのNPO関係者やボランティアがいるとしても日本と比べたら何も知らないし、不安も募るであろう。それなのに美雪は私を心配してくれる。

「美雪・・・。私、応援してるね。」

きゅっと美雪の手を握った。

「美雪なら絶対大丈夫だよ。」

握った手を見つめ、瞬きをしてから美雪は私に笑みを向けた。

「ありがとう。」

「ありがとう、葉月。」

心の底から安堵したような笑顔はとても愛らしい花のようだった。


 美雪はしばらくこういうのも食べれなくなるからいっぱい食べとかなくちゃと言ってコロコロ笑い、シフォンケーキを大きな一口分フォークで切り取った。さっぱりしたクリームをつけてパクリと頬張る。私もガトーショコラを口に入れる。甘い味。甘くて甘くて甘いのにどこかほろ苦い。


 旅立つ美雪に神のご加護を。


 真っ黒な私が願ってもいいのだろうか。きっと私のことではないから許されるし、叶うだろう。水をかぶる代わりにミルクティーを飲んだ。少しだけ薄いベージュ色のそれでは私は浄化されない。

 

でもそんなに私は汚れているの?

 

色合いはきっと目の前のガトーショコラと一緒なんだ。そして彼との関係の甘美も。どこが苦いのだろう。春花か、女か。テーブルクロスのシミは少しずつ少しずつ白を侵食していく。

「これ飲むとちっともケーキが甘くない。」

そうやって笑い続けていて欲しい。せめて美雪には。私は傲慢だ。



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