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オーブンからチーズケーキを取り出した。焼きたてのべイクドチーズケーキは美味しいですよと言わんばかりの色をしている。ついうっかりはめ忘れそうになったミトンで手を武装し、ケーキの粗熱を取るべくオーブンの外に置いておく。
「葉月、鍵開いてた。不用心だぞ。」
聞きなれた声がする。
「あ、浩樹。」
だめじゃんといいながら私の髪をくしゃっとする。チーズケーキを見て「うまそ。」と伸びかける手にストップをかける。
「なんだ、残念。あ。葉月の好きなハーゲンダッ●。パンプキンとマロンどっちにする?」
スーパーの袋を軽く持ち上げて彼は笑う。
ああ、いつも通りだ。いつも通りだ。女。いつも通りだ。私は微笑んで彼が取りだしたアイスを指さす。
「マロン。」
「ん。」
彼はマロンのアイスとプラスティックのスプーンを手渡し、パンプキンの蓋を外す。二人で、無言でアイスを食べた。日差しに透けるような透明感のある美しい黒髪は綺麗だ。いつも通り。
「なんかこういうのが幸せなんだなって思うよ。」
正面を向いたままで彼がぼそりと呟く。
「うん、幸せだね?」
「うん。」
アイスをすくう。一口分だけ口に広がる甘美。アイスをすくう。隣には彼がいる。これが幸せでこれが私の望んだもの。
「ねえ、さっき。」
「んー?」
もう半分アイスを食べてしまった彼が間抜けな返事をして私を見る。
「なんでもない。」
私は笑顔を作った。彼は小首をかしげて「なんだそれ。」と言った。アイスを食べた。
チーズケーキを冷蔵庫に仕舞う。冷やした方が断然、美味しいからだ。それを彼は不服そうに見つめている。
「食べたかったなー。」
「ダ―メ。夕飯のデザートですから。」
そう言って笑う私に彼は少し考えてから微笑む。
「あとで買い物に行こうか。葉月の好きなものなんでも作るよ。」
「本当!嬉しい。」
私はきゅっと彼に飛びついた。
「オーバーだなぁ。」
彼は笑って私を抱きしめる。
これが幸せな、わたしの日常。いつも通り、いつも通り。女。結局、私は彼の昨日の予定を思い出さなかった。そこに益はないから。
いつも通り。
いつも。いつも通りは、いつもちらつくものがあるということなのかもしれないと気がついたのは深夜。彼の寝息を聞きながらのことだった。




