ワイルドカード
―§―
すまない。本当は選んではいけない選択だと理解している。
しかしながら彼女を生かすためには選ばなければいけない強制の選択である。
彼が目を覚ました時、彼は絶望するのかもしれない。私が支えてあげなければいけないのかもしれない。それならまだいい。自ら命を絶たれるよりマシだ。
彼を殺させない。死なせない。
≪脳に端子Iを接続―グリーン≫
≪続いて、凍結データを解凍―正常に解凍≫
≪一部のゲノム、記憶にてインプリンティング―拒絶ナシ、良好≫
≪媒体にデータ転送を完了しました≫
―§―
なくなった意識のまどろみで意識を持つことはない。夜に寝て目を覚ました時が朝のように自我がないときは覚ますまでの過程はなくなってしまう。
ただ一つ、時間の流れとは無縁だがただ一つだけ覚めるまでの間ある工程が付随されることが多々ある。それは夢。
夢の中ならば時間もないのだが夢から覚める直前によくある夢の中にいる報告らしき夢もまた存在する。
この夢に声はない。
主観なのだが体が勝手に動いてしまう。ユウリであってユウリではなく誰かの体に憑依のだ。
ユウリが目にしているのは塊であろう金属が四方を囲み、大きなロボットらしき無機質な鉄屑が崩れている最中だった。
周りが揺れ崩落しようとしているのにユウリはつい先ほどみた黒のヒューマノイドに泣きついて体を揺らしている。
口や咽頭が動いているのに声はない。
『―――! ――――!』
先ほどまで動いていた黒のヒューマノイドは動かない。
ヒューマノイドは動かない。そんなこと、痛いほど理解している自分がいる。涙を隠してしまうほどの大雨でも悲しい感情までは隠してくれない。幾ら涙が雨と混じり合ってもなにも薄めてもくれない。
ユウリが乗り移った者は腕を動かしどこからともなく使い慣れた工具が飛び出てくる。工具を手に取ると黒のヒューマノイドの両腕を切り離し、腕を即時分解――リペアの部品を産出し壊れた部分にパーツを使っていく、重大な部分にのみパーツを使っていく。
ユウリにはそんな技術はなかったが夢だからなのか一流エンジニアにでも転職したように見事な手つきでヒューマノイドを直していくがパーツ全てを使うもヒューマノイドは動かなかった。
考えられるのは動力の問題。制御系の異常、どれをとっても現状で解決できる問題ではなかった。
――諦める。
それだけはできなかった。自分を突き動かす心は絶対にあきらめを選択しない。
「お願い起きて、起きてお願い……」
胸部パーツを両腕で叩く、手は尽くした。もう他の手はない。
冷たい現実手の中にあった。温かい現実は理想に過ぎず、願った理想もいつかは費える。絶対的な権力を持った王国の王だろと万の人に慕われ、億の人に崇められる司祭であろうともどこかで歪み、曲がりきった末に根底が破損する。例え理念を貫いたとしても王も司祭も死ねば終わる完全に後を継ぐものなどいない。栄枯盛衰。盛者必衰の理がそこにある。
それでも、そうだったとしていたとしてユウリは変えなければならなかった。
「貴方がいたから私はここまでこられた。貴方が生きる意味なの。目を覚まして――」
雨天を仰ぎ叫んだ声に空は答えたのか雨脚は強まる。頬を打ち付ける雨水は温かく慰めでもされていると都合のよい解釈をしてしまう。
悲観的になれば自分の体温が下がっていただけ。雨水の冷たさに慣れただけだとしても。
「――スレゼ」
悲しい夢だ。ユウリが感じてきたどの夢ですら足元に及ばないほどの悲劇とユウリは思うと同じくらいに変えなければとも思った。
何が変わるかは分からないが現状ユウリのいる世界でユウリの立場はないに等しい。奴隷や農奴よりは上であるだけ、人生に一端の価値もない。
ならば手始めに立場にあらがって見せよう。価値を見いたさせ無能を有能に変えてやる。
前世の自分にはできなかったことを成そう。
―§―
(目を覚まして! お願い! 貴方にはきっとまだ生きる意味があるから……)
脳内に響き渡る女性の声――誰だ。
「にいに、起きて! にいに!」
次に聞こえた声は聞きなれた声で、強烈な日差しに俺は夢から覚めた。酷く頭が痛いが其の他に負傷したところはない。
手も動くし目も動く、大角の破片が刺さった胸すらなにもなかったようだ。
「うっ……、頭が痛いってここは?」
「僕たちの家だよ」
確かに自分の家だった。見慣れぬものなど何もない。使い込まれた俺のベッドに壊れそうな扉。
「あの人がにいにを助けてここまで連れてくれてくれたんだよ」
弟エーテルは異物に指を指す。
示される人が黒のヒューマノイドだとわかっていた。あの状況で俺を助けれるのは一人だけ、仮に助けられたとしてもあの森からは生半可なものなら抜け出せない。
「……当然のこと」
体を外套で隠し露出を最小限にしている。
照れくさそうに彼女はネッグウォーマーを上げ口元を隠した。
機械とは考えられないほど人間味あふれる行動に俺は彼女を機械と認識できそうにない。
顔が割と好みなのを含めて自分を戒める必要があるようだ。
「そうか、ありがとう。感謝しているが体は大丈夫なのか?」
下から見上げた時に見えた彼女の壊れた部分を心配したが心配した途端彼女はわざわざ上げたネッグフォーマーをまた下げて呆れたように(元から無表情だからそう感じただけだが)
外套を取った。
「見て分からないか?」
傷だらけの体が出てくるかと弟に手で目隠ししようとしがたが彼女の体は何事もなかったように両手両足が存在し人の肌の質感があった。
汚れをしらない弓のような柔らかな曲線の体つき。小柄で貧弱でも解釈できるがもっと儚くも感じ取れる。
手に収まるほどの小ささではあるが椿のつぼみを彷彿とさせる美しい一対の乳房。
傷など一つも無い。狐に化かされでもしたのか。
って、何故全裸にぃ!
「お、お前、ふ、服を着ろよ!」
「にいに、め、目が痛いよ。そんなに強く抑えつけないで!」
目を抑える手が痛くバタバタと騒ぐ弟だがまだ子供には早い映像を目に映させない兄の苦労を知ってほしい。青少年にエーテルはなってほしい。
服を着ろとヒューマノイドに催促するが首をかしげるばかりで一向に服を着ようとしてない。
俺は背中にツツッーと冷や汗が流れた。こんな状況を誰かに見られれば災厄が待っている。
「ユーリは起きたの?」
勢いよく開かれるボロ扉。開けた人物が炭化料理が入ったお皿を落とすのを見て俺は自分の最後を悟ってしまった。
開けた人物は一瞬にして部屋の状況を曲折した状態で把握した。全裸の彼女、それを視姦している自分の息子達と。
「……ち、違う。きっと母さんは誤解している」
言い訳をするようだが、この世界には運勢、浪漫、夢、幸福の神様が存在し当然彼らの管理で物事が動くとされている。この状況を作ったのは恐らく彼ら。
だから、彼らに一言だけ言いたい。
「ユーリ! 命の恩人であるこの子になんてことを! 加護『戦神アレス』!」
お前等、俺のこと嫌いだろ。
「全力退避ぃ!」




