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赤霧に人は呑まれ

 四歳から狩りはやっている。

特に北部の山岳地帯は常に濃霧が発生し狩りを行うには厳しい環境下だが同時に狩りをあまりされないために獲物は大柄で美味いのが多い。だが、どの獲物も群れで行動をしている。

生殖機能が高い群れは日々縄張りを欲し縄張り争いが絶えない。魔物も獣にも規律があり縄張のシンボルを荒らせば抗争が始まる仕組みだと狩りを初めて半年で気づいた。

 ヤクザの抗争やギャングの抗争が毎日繰り広げられていると思ってくれればいい。


 一寸先も見えない濃霧は木の上で待ち伏せする俺達を味方してくれている。

そんな中に草木を纏わせた外套もあれば視界ではとらえられないだろう。この外套は軍隊で使うギリースーツを模した俺の発明第一号作品で三年使い続けている。

欠点は外套をつけていると弓の照準に悪影響があることだ。


「にいに。前方に猪ぐらいが約三体」


隣にいるエーテルが指で獣の居所を示した。霧で輪郭ぐらいしかわからないが口から出る下から上に昇る牙に豚鼻、間違いなく猪系統の魔物だ。

それだけで情報この山では十分、この山に猪の種類でそれほど強い奴はいない。この山の生態系の特徴なのか出る杭は打たれるらしく強いのは群れを仕切る親以外はない。強い群れはいち早く潰される。昔あったことでワイバーンの群れが来たことがあったのだが二日と持たず消えた。ワイバーンの群れと山の獣全ての構図ができていたらしく幾らドラゴンの下位種でも戦いは数だった。食物連鎖など有って無いに等しい。


「合図と共に俺は右の大きい方でお前は左の小さい方を射る。『加護』は場合によって使っていいぞ、いいか?」


 この世界では『加護』とよばれる魔法と科学とは別のチカラがある。どんな神様が加護するかによって加護の力が決まり同時に人生が決まる。例をあげるならば、狩猟の神アルテミスが存在するのだが狩猟全般の身体能力上昇等が上がられるがこの加護を持つ者は天性の才があることをも証明し狩猟ならば名を響かせれるほどだ。だが、現実は厳しく誰でも加護を与えられるわけではなく加護を与える神は様々だ。

神は大まかに三つに分類される。上位神、中位神、下位神。人の数ほど神は存在し分類されているらしい。

 それゆえ、加護は複数得られたり、得られなかったりするが大抵は一八歳に加護の増加は止まるらしい。

遅れたが、エーテルは狩猟の神アルテミスの加護等を複数所持するが俺は一つもない。

異世界に転生してとはいえこの世界の理からは外れている存在だからではないだろうかと俺は妄想するわけだ。


「わかったよ。にいには加護ないんだからよく狙ってね」


 エーテルは肯き弓を引き絞る体制を取った。俺も遅れを取るまいと弓を構え絞り切ると照準を猪の急所、眉間は狙えない。数本仕留めるに必要となることが予測されるため初撃は行動力低下を目的に前足のふとももに狙いをつけてエーテルと目を合わせて数を数える。


「三、二、一……、いけ!」


 同時に放たれた二本の矢は霧を払いのけ狙いより少し上に突き刺さる。

 猪まがいの獣が周囲に響き渡るほどの悲鳴に矢を受けなかった猪が逃げていく。依然として悲鳴が発せられるが聞いていられる余裕はなく追撃をかける。

 第二射は後ろ足、次に腹、目を正確に当てる。地面に倒れればすかさず木から飛び降り獣の喉に腑分けとは別の長いナイフを侵入させる。最後まで足掻くがそのたびにナイフを奥に入れる。動かなくなるまで続く。


 獣の絶命を確認すると獲物になる。流れる血が体に纏わりつく、狩りを始めた当初は現代日本の倫理観が邪魔をして殺したときは後悔の念に駆られたが今はもう何もない。

生きるためと割り切るしかない。

 エーテルの方は当たり前に解体をこなしている。


「にいに、今日は大物だね」


「あぁ、でも今日はここまでだ。農地を耕す時間が迫っている」


「え~、なんでぇ~、にいにならもっと取れるでしょ――」


 突如として地面を揺るがすほどの叫びが轟く、耳を塞ぎ治まるのを待つ。

叫びが山彦となって聞こえるまでに獲物の大きい方を急いで解体し小さい方を担ぐ。

 予想より獲物は肥えていたがこれならまだ逃げ切れる。いざとなれば捨ててやる。


「目をつけられた。縄張りから逃げるぞ! 走れ!」


 後方から木々をなぎ倒す音が聞こえる。

 やばい、猪の親玉が俺達に目をつけたらしい。

 スタミナがなくなる前になんとしてでも山を下りたいところだが、獲物が大きいせいで思った以上に疲れる。

 それに濃い霧で正直どっちに進行しているのかは大まかにしかわからないが経験で不足分は補う。


 追手を撒くためにも霧は俺達の味方だ。猪は体の構造上ある程度速度がある状態では曲がりにくく速度を落とすブレーキの代わりとなるものが四本の小さな足のみ。

 追いつこうと速度を上げれば霧で見えにくくなっている木々にぶつかるが逆に速度を上げなければ追いつけない。

 逆に俺等も濃霧のせいで走れないが、小走り程度はできる。


「エーテル、急げよ。やっと村が見えてきたが気を抜くなよ。いざとなれば『加護』を使え」


「うん。でも、それだとにいにをおいてっちゃうけどね。それより、段々音が近づいてない?」


エーテルの疑問にすぐさま俺は音を聞く結果は木々を薙ぎ倒す破砕音が確かに近づいてくる。

 あり得ないとは思わないが猪系統は木を砕くほどの力はあるが連続で砕けられるほど頑丈ではない。壊せるのは群れを統率するものだけだが親玉はテリトリーからはでないのがルール。今は違うテリトリーに入ったので親玉は来られないはずだ。

となれば、考えは二つ、次期のヌシ候補がきていること、次にこの環境になれた個体が出てきたこと。うれしくて楽なのは前者。後者は一番やっかいではあるが種による能力差が激しい。

 後方の敵が目視できる範囲まで迫ってくるのは音でわかる。近づけば近づくほど蹄が土を荒々しく蹴り上げる空気のうねりは大きくなる。

 今までにないほど大きなうねりに俺の六感は一種の警戒を告げた。


「なっ! あ、あいつは!」

 

 霧が風で流れ警戒していた場所が一瞬だけ晴れる。

 俺は二つの意味で驚いた。ソイツは猪だが鼻の上から伸びる角は圧倒的な重量感と鋭利な刃の形をなしている。もはや猪の分類ではなくサイに近い。

 体毛は銀だが泥を塗っているのか一部に土が付いているのだが土を体につけるそれが光を放っている。泥を体に塗る種類はこれまでの経験上存在していない。つまり、完全な異種。

 

 泥の発光は『加護』を受けた証拠。


「やばい、エーテル『アルテミスの加護』を受けて逃げろ! 母さんをできるならば呼んできてくれ」


「で、でもにいにが……」


「母さん呼んでくれればいいだけだ。早く行け!」


「死んじゃったら駄目だからね!」


「死んだら朝食が炭になるからな」


 エーテルが『加護』を受けると金の髪は銀へと移り変わり体内から体外に放出されているような淡い山吹色のオーラと名付けるべきチカラが湯水の如く湧き出ていた。

 加護を受けエーテルは村に向かって全力で跳躍した。跳躍は小枝につく葉を落とし足がついていた地面は小規模な凹みが出来上がっていた。

 エーテルが呼びに行ったのを確認する。

俺は霧が薄い村近くまで行くと逃げるのを止め、蹄が土を蹴り上げる音の方へと全力で獲物を投げた。

 手元から離れ四秒ほどで肉が突起物に刺さる音と千切れる音が聞こえた。

 濃霧からゆっくりと出てくる奴を見える。

次に視界に奴の輪郭が見えた。予想はしていたが大きい、七歳の俺とより大きい。


 いつもながら初めて戦う相手はやりにくい。挙動がわからないのが一番の痛手だが加護まで持たれていると前世で言うところの素手で熊とやり合うほど危険。

 加護無と加護有の差は天と地ほどある。正直逃げたいところだが速度が違いすぎる。そもそも四本足に二本足が速さで勝てるわけがない。


「俺は食ってもうまそうじゃないがお前は美味しいだろうな」


 などと強がりを言ってみたはいいが弓を引く手が震えている。まともに狙えねぇぞ、一度は死んだ身なんだからもっと強くなれよ。


「――――」


 目の前にいる奴が大きな鼻息を立てている。暑くも無いのに喉が渇く、ローブのせいだと決めつけを強引に脱ぐ。

 ローブをぐるぐると右腕に巻き、奴が動く。息を荒げ一直線に俺に向ってくる。

 呆然に眺め照られる余裕はない。


「アルテミス、どうか我に慈母の加護を授けたまえ」


俺は片目を閉じ、矢を持ち弓を構え、吐き出す空気と共に十分に弦を引き、息を止める。

狙いが定まり心拍に合わせ矢を放つ。

 矢は猪を目印に進み矢は狙った通りの目に刺さりさらに猪自身にもスピードがあったためかより奥深く突き刺さった。しかし、まだ猪は止まらない。


 ――殺される!


 その刹那、この世の安穏を一蹴する響きが鼓膜に届く。音は曖昧だった記憶を叩き起こすほど大きく雷の轟き。前世では好きでたまらなかったものだが世間はそれを忌み嫌っていた。

 なぜならば、其れは人類最高の発明であり科学の有能性を示したものでありつつも異常性に富んだもの。人類がそれを手にして狂ったと哲学者は論じた程の科学の異端であり純然たる信徒。


 その物の前では人はみな平等になる。名を『銃』と人は呼んでいた。

 聞こえた発砲音は一つ。銃弾は猪に着弾後、猪は矢と混じり肉塊と化し血と共にスプリンクラーみたく周辺に撒き散らした。

 死体や血肉は見慣れたのだがあまりの残虐とも捉えられる光景に酸っぱい液体が喉の奥から流れ出ていた。

 先ほど食べたパンとミルクが混じった吐瀉物は結果的にではあったが俺を正気にさせる微々たる手助けとなった。

 広がった黄色の液、原形をとどめていたパン踏みぬく足に俯いていた俺は顔を上げた。


 一人の少女と目が合う。黒の外套を朝から被っていた。

いや、外套に似た何か別の服装の上にネッグウォーマーをつけわざと口を隠していたがそれ以外は見えた。色素が抜けた年を取った白髪とは別の透き通るばかりの純白の頭髪が艶やかな絹糸が一つの、無機質でありながら奥深い蒼穹の目。あどけない顔立ちはどこか俺を知っているようであった。


「私を目覚めさせてどうしようという。ユウリ」


 名前をなぜ知っているのかと考えられるほど俺は死ぬ一歩手前で落ち着いて物事に対処できるほど肝は据わってない。

 しかし、考えられない俺でも彼女が壊れていることは理解できた。体はあるが片手はない。肩から露出するのは鉄の機械に煩雑に伸びるコードは彼女のどこかに当たるたびに火花を散らすが彼女は何とも思っていない。

前世の記憶にこういった物達を指す言葉がある『自立型ロボット』と称してはいたが技術がまだ確立されてない。俺の前世では世界中の科学者が作ろうとしては失敗を繰り返して完成はいつになるかと考えたことはあるが彼女は違う。

完全な人の形を成し言葉も喋る。SFによく出てくるヒューマノイドが彼女にあてはめるなら正しい気がした。


「違う、俺は君に救われただけだ」


「いや、私はユウリを救えて……ない」


 その時やっと、俺は理解した。自らの身に刺さる大角の破片の存在に。

其れは偶然。銃の威力が規格外に強すぎた故に起こった出来事。銃弾に当たった角は砕け衝撃の波が破片となった角を四方に飛ばし破片の一つが俺の体を捉えた。くしくも其れは現代兵器の破片手榴弾と同じ。

流るる血は群を成さず意識は半端に宙に浮いては沈む。


「な、なんだよこれ」


「本当にすまない」

 

 朦朧とする意識はここで途切れる。血を流しすぎたのかもしれない。

 体勢が維持できず顔から倒れ込む。顔はちょうど吐いた場所を下から上に縦断してしまう。

 胃酸の臭いがわからないのが救いではあったがそれでも顔に万遍なく付着した液体の気持ち悪さといえば最悪を優に超える。

 今すぐ胃液を拭いたい気持ちは途切れる意識に呑まれた。


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