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だるまさんがころんだ

作者: 鏑坂 霧鵺

 聞いた話によれば、雄のライオンは雌を侍らせて、専ら怠けて過ごすらしい。ならば、生まれ変わりというものがあるなら、俺は次は雄のライオンとして産まれたい。そうやって怠けて過ごして、しかしそれでいて百獣の王であるとか持て囃してもらえるのだ。これほど、羨ましいことはない。

 無論、事がそれほど簡単で単純な話であるとは思っていない。ライオンにはライオンの苦労があろう。食い扶持の確保であるとか、なんであるとか。それでも、次もまた人間として産まれるよりは魅力的に思えた。うんざりしている。心底。一週間分の日常を撮りためたテープの、はじめと終わりとを繋いでループにし、延々それを流すだけにも似た人生に。

 分かってはいる。それを変える努力も気力も、勇気もない自分が悪いのだということは。外回りとかこつけて、公園のベンチでさぼっているのだから、既に怠けて過ごしているではないかと、誰かのつっこみが聞こえた気がした。間違ってはいない。正しい、概ね。

 だがしかし、言い訳をさせてもらえば、仕方ないのではないか? 今まで誰も、大人がこんなに詰まらないものだとは教えてくれなかった。それとも何だろうか? 俺のものだけ不良品なのだろうか? だとすれば、まだクーリングオフは効くのかだろうか?

 公園のベンチで脱力しきり、やることといえば呆けたように空を見上げることと、呆けたように地面を見つめることだけだった。いつも同じような時間に同じ場所でさぼり、同じように過ごしている。お陰で、見上げれば見える公園に備え付けられた風見鶏と、見下ろせば見える自分の影法師とは随分仲良くなった。今では、影の差し方で大体の時間がわかるくらいに。

もう少し、楽しいものだと思っていたのだけどな。いや、思おうとしていたのか。ぼうと過ごしていれば、自然と思案に浸る時間が増えた。さて、どこで間違えたものかと。それとも、これでも上手くやっている方なのか? どこかにたくさん自分がいれば、それらと比べて自分はどうかと比較もできる。いるはずもないし、何人いても結局すべて俺なので、群れなして公園でとぐろを巻いているだけなのも目に見えてはいるが。

 さて、人生よ。俺の人生よ。どんなものだい? 問いかける。応えはない。当たり前だ。まあ、意外と捨てたものではないのだと思うよ? 代わりに応える。自分で、自分に。なんだ、親切な奴じゃあないか、俺は。実に。応えなくたって、俺は別段気にもしないのに。律儀な奴だ。

 実際、そうなのだろうが。そこそこに、まともな人生ではないか。お金に困るほどでもない。かといって、余るほどでもない。食うに困るほどではない。むしろ、三十路の半ばに手が届く近頃では、腹八分目くらいに抑えておかないと、下腹に余計なものを抱え込むことになる。

 まるで子供みたいだな、と自嘲する。だがしかし、また言い訳になるが、大人のなり方などもまた、誰も教えてくれなかった。気がついたら近づいて、気がついたらなっていた。なるにあたって、特に学歴や資格も問われなかった。もう少し、真剣に審査をした方がいいのではないか? 大人になることに対して。誰が何を基準に審査をするのかは知らないが。せめて、クレジットカードの審査くらいには厳粛に。つまりは、結局は、まあ大体が誰でも審査に通れる。

 そうやって不毛に考えることにも疲れて、俺はさぼりを止めて会社に戻った。


 幸いなことに、本日のさぼりもばれずに成功したようだった。会社に戻った俺に対し、誰も何も言わなかった。あるいは、興味がないだけなのかもしれないが。そして、おそらくそちらなのだが。

 言い訳のたつ程度には仕事をして、あとはのんびり過ごせればいい。昔はもう少し、野心であるとかそういうものもあった気がするが。いつの間にか消えて失せてなくなっていた。分相応というものを覚えて、無難にやり過ごすことも覚えた。そして、代わりに色々なものをなくして、忘れた。もしかしたら、これが大人のなり方というやつかもしれない。なるほど、ならば社会はそれを嫌というほど教えてくれた。そして、それが正しいのならばなんて寂しくて、なんて悲しいことだろう。

 疲れ果てることを強いてくるくせに、倒れることは許されない。いや、許されないわけではないが、倒れても見向きもされずに置いて行かれ、忘れ去られる。だから結局、倒れないようにするしかない。起き上がりこぼし? こぶし? どちらだったか、まあ、そのようなものに。倒れそうになっても、決して倒れず起き上がり、ふらふらと揺れていて。そんな風に、なれればいいのに。今の俺は、そこまでにはなれていないな、せいぜいが、だるまくらいか。ぱっと見似ているが、非なるもの。そしてそれは、志を未だ遂げずの片目のそれだ。手も足も出ず、倒れ伏す、思いを遂げられぬ半端者だ。

「お、帰ってきていたか。お疲れさん」

「さっき、戻りました。お疲れ様です」

 不意に上役に声をかけられて、慌てて若干しゃんとする。どこか少し上機嫌な感じだが、なにかいいことでもあったのだろうか?

「この間、おまえが取ってきた契約な、お客さんから、おまえの評判上々だったぞ。また今度もよろしく頼むとさ」

 思いもよらぬタイミングで、思いもよらぬ言葉だった。

「まあ、確かにおまえはいまいち熱さが足りないというか、分かりにくいけれどな。でも、やることはやるし、やることは丁寧だ。見てくれる人は、そういうところはちゃんと見てくれているし、そういうところを見てくれる人は信用できるし、信頼できるものさ」

「……そう、ですか。じゃあ、次も頑張らないとですね。いや、頑張ろう」

「ああ、頼んだぞ」

 ちょっと強すぎではないかと思うくらいの力強さで肩を叩かれ、しばらくそのまま呆けていたが、ややもして我に返り、仕事に取りかかった。我ながら、ちょっと単純すぎではないかというくらいに浮かれていた。いいじゃあないか、大人になると褒められる機会などあまりないのだから。稀有なことなのだから。

 俺は思いも半ばのだるまだとしても。手も足も出ず、倒れ伏す、思いを遂げられぬ半端者だとしても、頼りなくとも。おぼつかない足あとは、心許なくも俺の後ろに続いていた。


――了


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