6話
暑い。
今日はやけに厚かった。まだ五月の下旬だと言うのにこの暑さ。
地球は終わりだ。すなわち勉強しても無駄無駄無駄。
と言うことで今は授業中だが寝る事にした。
心地よい風が吹いている。
今日は五月とは思えないほど暑かったので、些細な風でも本当に有難く感じる。
たとえこの風が、誰かの屁の香りを運んでいても、3ヶ月風呂に入っていないハゲデブの中年のおっさん(失礼)の体臭を漂わしていたとしても、僕は今日のこの風を生んだ気圧の高低差に心から感謝を述べたいと思う。僕は欲の為に多少は目を瞑る現社会の不条理のようなものを今日の風に感じた。
「席替えをしたいと思うのでくじを引いていってください」
四限目が終わり、昼休みになると我がクラスの学級委員長ちゃんこと、委員ちょちゃんが割り箸が40本入ったカンカンを高々とあげている。まぁおチビちゃんだからそれでも、何か微妙だけどね。でもそんな可愛い所が人気の委員ちょちゃんである。
我がクラスでは月の終わりぐらいになると席替えをするというのが決まりとなっていた。
そしてそれは今日だった。
黒板には座席番号がでかでかと書かれている。今からくじを引いてそれに書いてある番号が一致する場所に座ると言うわけだ。僕は今日の暑さと、当然の如く授業中寝ていたため少しダルさを感じながらもくじを引いた。割箸の数字と黒板の数字を見比べる。
心でガッツポーズを決める。
一番窓側の席の後ろから二番目。
窓を開けばちょうど風が当たってくるので、これからの季節を考えると最高と言っても良いかもしれない。
クラスの皆が机を移動させ始めたので僕もそれに倣う。
机を移動させ終え、皆の配置の様子を見る。
和馬はどうやら最前列のようで、こちらを恨めしそうに見てくる。僕はそれをさらりと受け流す。
篠宮さんは僕の列の一番前のようだった。既に読書モードに入っている。
そして僕の周りと言えば……
むさ苦しい、むさ苦しいよこれ!
後ろ、右後ろ、右隣、右前は野球部、柔道部などの汗臭い男子だった。
汗臭い、暑苦しい暑苦しいよ。風さん、こいつら吹き飛ばして。
「浅野君、私寝てたら起こしてね。多分コクンコクンなってると思うから。」
周りの殆どが男子の中、僕の前に座る我がクラスのアイドルがそう僕に話しかけてきた。
顔のつくりやスタイルからいうと篠宮さんに劣るが、なかなか可愛い顔のつくりをしていて、性格も明るいので我がクラスで人気ナンバーワンである波多野亜衣、通称アイちゃん。ま、僕はそんな風に馴れ馴れしく呼ぶ勇気なんて無いけどね。
うわ、すごい。この席最高。むさ苦しい男子ズとかもうどうでも良いや。しかも今から夏服だから、自然と波多野さんのブラの紐とか透けて見えるんじゃね?起こすとき突いてそれ触れるんじゃね?うわ、やばいやばい。こんなこと考えるって僕ってヤバイ。波多野さん、逃げて~!!貴女の後ろは変態かもしれませんよ~!
でもね、波多野さん安心して。僕は授業中爆睡だから。何も危害は加えないよ。寝てなくてもそんな恐ろしいことする勇気なんてないよ。そう、僕の睡眠欲とヘタレ属性は波多野さんを変態の手から救うためのものだったんだ。
「波多野さん。それは無理なお願いだよ。僕授業中は意識がないから。」
僕は寝るスキルをマスターしているので、先生から注意を受けることもなく、僕が授業中爆睡していることを知っている生徒はあまりいない。
「でもね、一つだけ良いことを教えてあげる。先生に怒られないように寝るコツはね、先生に見捨てられることだよ。」
僕は寝るスキルの最終奥義を伝授した。
「それって駄目じゃん。授業についていけなくなるじゃん」
「え?先生に怒られたくないから起こしてもらうんじゃなくて、授業についていく為に起こしてほしかったの?」
どうやら僕と波多野さんの間には大きな意思の違いがあったようだ。
「そりゃそうだよ!てか浅野君面白いね。」
「僕が面白い?そんなの見ての通り色白の美少年だから顔面が白いから面が白いのは当然だよ」
顔面が白い→面が白い→面白いね
「ん?意味がよく分かんない」
ですよねー
「でもね、美少年なのは認めるよ、かっこ笑かっこ閉じる」
「その笑は微笑みですか、照れ隠しですか?」
「んー、苦笑い」
そうですか
「亜衣ー、ご飯食べよ」
しばらく意味のないことを話していたら波多野さんが友人に呼ばれた。
そうだった。美少女と話せて嬉しくなってしまって、忘れていたが今は昼休み。弁当を食さねば。
「あ、うん。分かった。いつもの所でしょ?先行ってて」
そう言って波多野さんは自分の鞄の中をゴソゴソといじり始めた。
「浅野君。席が近くになったのも何かの縁ってことで、メアド交換しよ?」
波多野さんはスマホと弁当を取り出しそう言った。
「あ、うん。いいよ。」
どうしよ僕、ついに我がクラスのアイドルのメアドをゲットしちゃうよ。
と言っても彼女は誰とでも結構分け隔てなく関わりあうので、男子でも彼女のメアドを持っている人は珍しくない。むしろクラスの中では持っていないほうが珍しいぐらいかもしれない。
ちがうよ?今まで僕が持っていなかったのは別に僕が今まで距離取られていたわけじゃないよ?
きっと。
僕も携帯を取り出し赤外線でお互いのメアドを送受信し合った。
「それじゃぁ、夜にでも試しにメールするね」
「分かった」
僕は別に貴女のメアドゲットしたからって「獲ったど~~~」って海に向かって叫びたくなったりは全然してませんよ的な態度をとり、スマートにそう答えた。
波多野さんがご飯を食べに行った後、ふと周りを見渡すと暑苦しい男子共から、俺達も普通に波多野さんのメアド持ってるし?少しぐらい仲よさげにしてたって全然嫉妬なんかしてませんよ的な熱い視線を向けられていた。
僕は弁当をもって和馬の所に行った。
そして放課後。
時刻は19時30分。夕食を済ました篠宮さんが僕の部屋を訪れてきた。
へへへ栄養を摂取してきた今が食べ時ですぜ兄貴。そんな変なことを考えるのが篠宮さんを来たときの僕の習慣となっていた。
勉強を教えると言うか監視をしてもらうのだから夕食か何かを篠宮さんの分も作るよと提案したことがあるが、彼女はそれを拒否した。そして毎日ご飯をお互いが食べ終わる19時半から22時まで、僕の部屋でというのがこの勉強会の決まりとなっている。追試まで後5日。
僕がカリカリと勉強をしていた時だった。
ピンポロパンパンと僕のスマホが鳴った。メールが届いたようだ。
僕はちらりと篠宮さんを見たところ、彼女は何も気にしていない様子だったので、その新着メールを開いた。
FROM 我らがアイドル波多野さん
件名 こんばんは
こんばんは。
波多野亜衣です。
ちゃんと届いてますか?
思っていたのと違い、波多野さんのメールは簡素なものだった。
別に休憩をしてはいけないというわけでもないので、これを機に少し休憩でもしようかと思い、僕は返事を打った。
するとすぐに返信が届いた。
その後何通かやりとりをしていたのだが、僕が追試がどうのこうの話ている内に勉強方法について議論しあっていた。その議論は思いのほか盛り上がっていた。しかしこれ以上続けると流石に休みすぎになってしまう。でもこの盛り上がっている最中にやりとりをやめるのも波多野さんに少し悪い気もするし。まぁ結局は僕が全て悪いんだけど……。どうしたものかと考えていると篠宮さんがこちらを見ているのに気づいた。
ふと僕に一つの妙案が浮かぶ。
「篠宮さん。僕の変わりに、僕のフリをしてこの人とメールのやりとりをしていてもらえませんか?トーク内容は今までのメールを遡って読めば分かると思うんですけど・・・。僕勉強しないといけないのにやめるにやめられなくなっちゃって。駄目ですか?」
見られても恥ずかしいようなものはないし、第一何か変なものが僕の携帯の中にあってそれを偶然見てしまったとしても、篠宮さんは別に気にしないだろう。
無理なお願いということは重々承知の上だ。
しかし結局僕はへタレだったのだ。
波多野さんにどうしても中断の意思を切り出すことが出来ない。
このお願いが受理された後、よくよく考えると面倒臭いことが待っていそうだが、今やりくりできればそれでいい。
今日の風に感じた様に、やはり人間は目先の事にとらわれやすい生き物なのだ。そして自意識過剰な為、その先どんなことが待っていそうなものか分かっていても、上手くそれも乗り越えられると楽観視し、目先をとる。そういう生き物 なのだ、人間は。僕も例外ではない。
「分かりました」
彼女はそう答えた。
予想外でぇす。
「おはようございます」
朝、例の如く篠宮さんから無視を受けた後、波多野さんにもそう声をかけた。
「お、おはよようっ。浅野くんっ」
すると何故か波多野さんはキョドった。
心持ち顔も赤い。
僕はチラリと篠宮さんの方を見る。
波多野さんは何故アワアワしているのだろうか。
篠宮さんは何か彼女に彼女をそうさせるようなことを言ったのだろうか。
昨日、彼女達は何通もメールのやりとりをしていた様だが、もちろんその内容は見ずに全て削除した。
僕は今後悔している。
変なお願いをしたことを。
メールの内容を見なかったことを。
人間とはそういう生き物なのである。
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