2話
更新はマイペースにいきたいと思います。
「篠宮さん、おはよう」
僕は朝、教室の後ろから入るとすぐの所の席で独りで静かに読書をしていた女性に声を掛けた。
彼女の名前は篠宮詩織。僕の部屋の隣に住んでおり、更にはクラスメートでもある。
形容するのに美しいという言葉がこれほどまでに似合う人物は僕は知らない。
漆黒の黒い髪は一本たりとも重力に逆らうことなく流れており、対照的な白磁のようにすんだ白い肌は見た物の心を掴む。何よりも印象的なのは今は紙と活字の列が独占している、長い睫毛に縁取られた切れ長な大きな目である。
そんなずば抜けた容姿を持っているならば、周りからアイドルよろしくちやほやされているかと言えばそうではない。彼女はいつも独り読書にふけっている。常にどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出し、実際関わりを持とうと話しかけた人は無視という武器を振るわれ心に多少なり傷を負った。まるで彼女の周りには別の世界が広げられているのではないかというほど彼女は独り凛と咲いていた。
しかしそんな彼女が昨日僕を看病した。
それがどれだけイレギュラーな出来事であったかは彼女を知る人であれば分かるだろう。
ま、誰にも言わないけどね。
そして僕は昨日部屋に戻った時決めたように篠宮さんに朝、声を掛けた。
案の定、華麗な無視が繰り出され、僕の挨拶は行き場を失った。
南無阿弥陀仏僕のおはよう。
しかしあくまで案の定である。心のダメージは無といっていいほどだ。
僕は僕のおはようを悼んでから自分の席へと向かった。
気づけば回りからは久しぶりに篠宮さんに話しかけた猛者、あいや今では亡者がいると奇異な目を向けられている。
やばい僕注目の的。
まぁ的といっても誰も正確に射てくれなくて僕と視線があうとドンマイといった感じで気まずそうに視線を的から外すんだけどね。
そんな中、正確に的を射てきた男がいた。
「おう、浅野シロー。どういう風の吹き回しだい?篠宮さんに挨拶って」
本田和馬くん。僕の名前をフルネームで呼んでくれてありがとう。
自己紹介が楽になった。
「いや、別に」
僕が話しかけようと思った経緯を説明するのはめんどくさかったので曖昧に返しておいた。
「まぁお前じゃ、あのお姫様は目覚めないだろう。お前基本へたれだし。」
こいつ急所射すぎ。心にダメージを受けた。
「うるせー、ほっとけ」
これは僕の自己満足だから別にいいんだよ。
朝の些細な変化以降からは普段と全くといって良いほど同じ日が過ぎ去っていった。
違いといったら授業の内容ぐらいな物である。
まぁ授業まともに受けてないから違いとか分かんないんだけどね。
僕は違いの分からない男なのだ。
そして僕は学校帰りに昨日買うつもりだったが買えなかった今週の食材をスーパーで買ってアパートに着いた。時間は5時20分といった所だった。
あ、僕一人暮らしね。親は別の所にすんでいます。
そして学校の鞄を置いてすぐにまた部屋をでて隣の部屋のインターホンを鳴らす。
買い物袋を片手に家人が出てくるのを待つ。
が、篠宮さんは終礼とともにすぐ教室をでるのでもう帰ってきていると思ったのだが反応が無い。
もうしばらく後にまた訪ねようと自分の部屋に戻ろうと扉を開けた瞬間、彼女の部屋の扉の隙間から彼女が見えるのに気づいた。ちょこんと顔だけ出してこちらを見ていた。
「あ、えっと。今日は僕が夕飯作るんで台所借りて良いですか?昨日の礼ってことで」
と彼女を訪ねた理由を話した。
「結構です」
彼女はきっぱりと断った。
だが断る。
「じゃぁ作ったの持っていくんで今日は準備しないでください」
これならいいだろう。向こうもメリットばっかりだし。
「結構です」
まじか
「でももう材料買っちゃったし駄目ですか?」
誰だ俺をへたれとか言ったやつ。こんな押しの強いへたれがいるもんか。ていうかへたれのどこが悪いんだ。へたれって行動をあまり起こさないから基本省エネなんだよ。ほんでもって省エネ技術を搭載した機械は優秀なんだからへたれも優秀って事になるんじゃないの?
結局僕は半ば強引に篠宮さんの夕食を作ることとなった。承諾した時の彼女のウザッたそうな目は怖くて怖くて泣きそうだった。余りの怖さに玉葱を切った時涙が出てきたことを良いことにそれに便乗して我慢をしていた分まで出しきったとか別にないよ?
僕はカレーを作った。
定番過ぎだろっていうツッコミはなしの方向で。
僕は一人暮らしでも基本料理はしないからレパートリーが少ないんだよ。でもまぁ自分で言うのは何だけど味付けとかは結構センスよかったりするんだよ。
本日二度目、彼女を呼ぶ為インターホンを押す。
カレーの入った鍋を両手に彼女が出てくるのを待つ。
今度はあまり待つこともなく篠宮さんは出てきた。
制服からルームウェアに着替えていた。
「熱いので気をつけて。鍋はいつでも大丈夫です。」
そう言って彼女に丹誠込めて作ったカレーを手渡した。
親離れしていくカレー。
心なしか美人に食べてもらえると喜んでいる様な気がするのは気のせいだろうか。だろうな。
「あ、僕の分」
家に戻り僕も食べようと思ったらカレーがないことに気づいた。それもそのはず最初から二人分を想定して作ったが一つの鍋でだ。つまり僕は二人前のカレーを篠宮さんに渡したことになる。
「流石に多すぎだよな」
食べきれないだろう。
でも頻繁に行き来したら下心があるんじゃないかと勘ぐられるかもしれない。別にないよ?本当に。
でも折角カレー作ったのにそれが食べられないのもどこか惜しい。
僕は数分熟考してから結局三度篠宮さんの部屋を訪ねることにした。
インターホンを押し、空の鍋を片手に彼女が出てくるのを待つ。
出てきた。
「ホント度々すみません。実は僕の分も・・・」
言い終わる前にある光景が目に入り言葉を思わずきってしまった。
「・・・ププッ」
ついに失笑してしまった。
堪えよう堪えようとしても無駄な努力だった。
やばい。可笑しすぎる。
「あ、あの篠宮さん。ククッ、こめつブフッ。こ、米粒がはっ」
笑って上手く説明できない。
右頬に可愛く米粒が1つ着いていると。
篠宮さんが怪訝そうにこちらを見ている。
しかしその顔が米粒とのギャップを更に引き出してこちらの笑いを誘う。
もう駄目。笑い死ぬ。
ついに床に転がってしまった。
その時ガチャリと扉の閉まる音がした。
あ、僕のカレーが。
まぁいいや。
その後もしばらく笑いつづけた。
明日の朝何故笑っていたか教えようか。
いや、やっぱり挨拶してからまた笑ってやろう。
最後まで読んで頂きたいありがとうございます。
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