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腐肉の王  作者: 坂田京介
2/21

1-0 プロローグ



 それは酷く不気味な戦場だった。


 辺りにはむせるほどの血の臭いが立ち籠め、オーク達の怒号と悲鳴が鳴り響いている。

 対峙していた筈のヒューマン種の姿は既にない。みな死んだ。殺されたのだ。

 トロルの剣で斬られ、ドルトの魔導で焼かれ、オークの槍で貫かれた。


 普通ならこの時点で、いやもっと前に戦闘は終わっているはずだ。なにせ片側の陣営において生きている人間がいなくなったのだから。

 だが戦闘は続いている。

 オーガ、オーク、ドルト、トロルと云った亜人たち。彼らはまるで恐怖に駆り立てられるようにして戦場へと飛び込んでいく。


 異常なことだ。


 他者を襲い、恐怖を撒き散らす側の存在である亜人たちが戦闘において、しかも勝ち戦において恐怖するなど。

 オークやオーガ、それにトロルはまだ判る。彼らは元々そこまでの残虐性を持っている訳ではない。単純に数が多く、人間種族なども構わず喰らうその食欲と雑食性が恐れられているだけだ。自分たちより強い存在には素直に恐怖を示す。


 だがドルトは違う。彼らは邪悪さを信仰している種族だ。恐怖を撒き散らす事を魂に刻んでいる存在だ。


 ――その彼らが逆に恐怖している。


 その理由は簡単だ。


 皆恐れているのだ。たった一人の男を。この絶望的という言葉すら生温い戦線を支えているたった一人の死霊術士――『腐肉の王』を。


「あの男を殺せっ! 兵をどんなに犠牲にしても構わんっ! 必ず殺せっ!」


 部隊指揮官の地位にある男のドルト――ヴィッツラ・ピーラフォンドが叫ぶ。


 エルフの近親種であるドルトはその造形自体はエルフに非常に似ている。尖った耳。すらりとした体型。整った容姿。それらはエルフと全く同じだ。異なる点は肌の色が紫である事と髪の色が銀である程度の事だろう。


 そんなヴィッツラの視線の先。そこには十重、二十重のアンデッドの壁に守られた男の姿があった。


 厚手のローブ、それに備え付けられたフードで顔を隠した男。その右手にはねじれた木を寄り合わせるようにして作られた長大なスタッフが携えられている。


「クリエイト――コンポジット・ドレッド」


 男が呟く。

 その声は籠もっていたものの随分と若い。超一流の魔導師ともなれば外見年齢など当てにはならない。とはいえ、その声はこの戦場で聞くには少し不釣り合いな、あどけないとさえ云えそうな声だった。


 だがその声をトリガーとして引き起こされた事象は、あどけなさと正反対のおぞましいものだ。


 男の周囲にあったヒューマン種の死体。それらがみな重力を無視したような動きでゆっくりと立ち上がる。その数三十程度だろうか。男も女も身体を欠損した者も、みなゆっくりと立ち上がる。

 それは人形を上から糸で操っているようにも、死体の意思が蘇ったようにも見えた。


 彼らはそのままお互いに近づいていく。長大なスタッフを持った男の前に集結していく。

 当然ぶつかる事になる。だが彼らは構わずお互いの身体を寄り合わせるように集まっていく。粘土をこね合わせるように彼らは徐々に境界を無くしていく。


「放てっ!」


 それを敵方が黙ってみている筈も無い。弓と魔導の一斉掃射が襲う。

 弓が雨あられと降り、魔導弾がアンデッド達を灰燼に帰す。耳をつんざくような爆音が轟き、辺りを砂煙が覆い尽くした。

 死霊術士である男も、現れようとしているアンデッドも、そしてその周りにいる護衛達も一度に葬ろうかという規模の攻撃。


「今だっ。突っ込めっ!」


 だがヴィッツラはその結果を確認しようともしなかった。どうせ殺せていない事は判っていた。ヴィッツラは視線を前方にこらす。魔力を自らの眼球に込める。こうすれば少々の障害物など問題にならない。その視界には――。


 身体のあちこちに魔具を装備したリッチロードが――。

 ローブを纏い紅く輝く双眸と剣を持ったアビスガードが――。

 異形の身体に関わらずどこか洗練された体捌きを見せるアロガンフォースが――。


 弓を蹴散らし、魔弾を防ぎ、トロルを撫で斬りにする。その姿が映っていた。


「ちっ」


 半ば予想していた事だ。だがそれでもヴィッツラは舌打ちを禁じ得なかった。

 既にドルト達の戦線は崩壊しつつある。殺した敵はおろか、死んだ仲間まで次々とアンデッドとして蘇り自らの敵となるのだからそれも当然だろう。


 だがこれもある意味当然だ。敵に『腐肉の王』が存在するのなら。あの規格外の死霊術士がいるのなら。


「……相も変わらず……狂ってやがるっ」


 毒突くヴィッツラの口元。そこには引きつるような笑みが浮かんでいた。何故だか無性におかしかった。ここが戦場でなく、ヴィッツラが指揮官でもなければ大声で笑い出していただろう。


 ヴィッツラは蜘蛛神レンクに仕える神官だ。ヒューマン種からしたら狂っていると言われる事も珍しくない存在だ。だが今ヴィッツラの目の前にいる人間は、そんなヴィッツラからしても狂っている以外表現が思いつかないような真似を容易くやってのける。

 もしかしたら自分などよりも彼こそがレンクに仕えるものとして相応しいのかも知れない。そんな妄想が頭をよぎる。


「くくっ」


 ヴィッツラが辺りを見回せば、まるで地獄のような光景が広がっている。酸鼻も極まると云って良い。だが余りに極まりすぎていて認識出来ないのか、それともヴィッツラがおかしくなってしまったのか。妙に現実感が無い。まるで見知らぬ場所へ迷い込んでしまったかのような違和感。


 数え切れないアンデッドが生み出され、それらが不気味な呻き声と共に亜人の群れと対峙している。

 骸が天高く積み上がる。それらがまるでこねくり回されるようにして一つの異形に造り替えられる。


 種族も性差もない。只ひたすらに死体が量産されていく。そしてそれらが次々とアンデッドと化していく。

 この戦場に充満する狂気を、憎悪を、恐怖を、全て一人で受け止め制御しているのだ。あの死霊術士は。


 正しく狂っていると云うしか無いだろう。


 いつものようにフードを深くかぶり、ただその双眸を不気味にぎらつかせて。


「愛した女も、敬愛した師も、信頼していた友も、みんなみんなまとめてその臓腑に溜め込んでっ!」


 ヴィッツラが叫ぶ。

 と同時に直属の部下たちに合図を下す。――全軍突撃。


「なんとも愉快なザマじゃないかっ!」


 ヴィッツラの合図によって、配下のドルトとトロルがアンデッドの群れが織り成す方陣へと突撃する。怒声。叫声。そして激突。血飛沫が舞い上がり、死体が量産される。だがその死体を踏みつけ、ヴィッツラ達は進んでいく。


「なあっ!」


 だが最後に立ち塞がったのは腐肉の王の側近ともいうべきアンデッド達だった。


「――腐肉の王ッ!」


 届かない。


 トロルの剛剣。アロガンフォースによっていなされる。

 ドルトの魔導。リッチロードの結界に阻まれる。

 ヴィッツラが放つ刺突。アビスガードによって躱される。


 あと僅か。すぐそこに見えている男の姿までのほんの僅かな距離。それが今は万里にも思える。


「チィッ!」


 アビスガードから放たれた剣撃。それは回避も防御も許さずヴィッツラの両腕を跳ね飛ばした。手首から先。ヴィッツラの両手が武器と共に中空を舞う。それを見届ける事もせず、ふわりとアビスガードが一歩踏み出した。物音はない。それどころか気配すら無かった。まるで影絵のようにアビスガードはヴィッツラの前へと降り立つ。


 影が黒いローブを纏ったような異形。ただフードの奥の暗闇に爛々と紅い炯眼を宿し、手には真紅に煌めく剣を持ち――。

 対峙するヴィッツラの両手。そこには既に武器はない。

 最期にヴィッツラが感じたのもの。それは自らを両断するアビスガードの剣の衝撃と、甘くむせ返るような腐臭だった。




 これは後に精霊戦争と呼ばれる事になる大戦の一断片。

 戦争が終結し、『腐肉の王』タリス・マンチェスがS級賞金首として世界中から追われる事になる一年前のことだ。



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