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腐肉の王  作者: 坂田京介
19/21

1-17 思惑



 結局の所、力が無かった。才能がなかった。そして恐らく、覚悟もなかった。

 フエルテは唯一ある入り口に向かい視線を凝らしながら、己の半生を振り返っていた。


 場所はだだっ広い広場のような所だ。踏み固められた土が床を覆い、壁際に幾つか武器などの訓練器具が置いてある他は何も無い。その壁際には幾つか明かりが灯っており、高い天井にも幾つか魔導式の明かりが浮いている。空気はしんと冷えており、微かに土埃が混じっていた。

 俗に訓練場などと呼ばれている場所だ。だがここは只の訓練場では無い。一般の冒険者には知られていないが、ルールを破った冒険者たちを制裁したり、金持ちを観客とした賭け試合を行ったりするための特別な仕掛けが施されている。中に入った者を逃がさないようにする仕組みや、戦いを外部に映し出す仕組みなどだ。当然今回の場合重要なのは前者の方になる。


 フエルテはほんの一瞬だけ入り口に向けていた視線を足下に滑らした。そこにはまだ幼い子供が二人、簡単な拘束を施され、横たわっていた。年の頃は六、七だろうか。愛らしい顔つきをしている。二人は意識を失っているが、寝息は穏やかだ。外傷も見えない。睡魔の粉と呼ばれる魔具の効果だ。後遺症も無いはずだし、恐らく記憶にも残らないだろう。


 ……だから、どうしたっ。


 フエルテは内心で歯噛みする。

 今回の事のような汚れ仕事は決してフエルテの好む所ではなかった。だが他に手が思い浮かばなかった。判っている。自分が分の悪い賭けに乗ろうとしていることは。


 今回の話を持ちかけてきたのは、ヤイカ・コードウェルだった。


 ヤイカの部下を名乗る男はあっさりと冒険者達を浚っていた事を認めた。そしてその中の何人かはまだ生きているとも。

 その命と引き換えに自らの手先になれ、とい要求であったのなら、フエルテも動かなかっただろう。だがその賭けがヤイカの命に届く可能性があるのだったのなら、話は別だ。


 フエルテ自身は詳しくは知らないが、キリカ・ライトフォーンにはヤイカが執着する何かがあるらしい。そして今現在キリカにはタリス・マンチェスという護衛が付いている。ならば話は簡単だ。キリカからタリスを離し、餌としての有用性を増し、そこに食い付いてきたヤイカを討てば良い。


 結局の所、これはヤイカにとってもフエルテにとっても賭になる。キリカという存在を餌にした釣りとも云える。


 キリカ自身に何の罪も落ち度もない。フエルテにもそれは判っていた。本来ならそんな人間を巻き込む事は絶対にしなかっただろう。なのに、した。

 そこにはフエルテ自身も薄々と気付いている、キリカ達に対する排他意識。そして劣等感があった。


 王族という血筋。そして才能。若さ。

 フエルテが同じ年代だった時の事を考えれば差は明らかだ。

 それが悔しく、眩しい。単純で、それゆえ強いその感情。


 今の実力ではフエルテの方が上だろう。だがすぐに追い抜かれる。それだけのモノがあの三人にはある。三人の中で最も才に富んだカリムは勿論、特殊な資質を持つと云うキリカにしたところで、少々癖はあるがその才は間違いなく凡人の域ではない。ユキにしたところで、経験を積めばあっさりとフエルテを置き去りにしていくだろう。


 フエルテには、そしてフエルテが面倒を見ていた冒険者達には無かったものだ。

 冒険者達の顔役と云っても、所詮は中級、何とか上級に引っ掛かるかという程度のレベルでしかない。ほんの一握りの上級冒険者、そして更にその上の特級と呼ばれる冒険者たちに比べれば、カスみたいなものだ。

 そんな掃き溜めに、わざわざやって来たまだ年若く生まれも育ちもとびきり良い少女の三人組。下卑た欲望の餌食にならないように気は掛けてやったし、アドバイスもしてやった。護衛や教師役として同行させるベテラン冒険者チームも紹介してやった。だがその挙げ句が――。


 ヤイカ・コードウェルの悪意を引き寄せる事になった。


 キリカに何の罪もない。だが責任はないのか?

 冒険者の中でも外れに近いような場所にやって来て、そこを不必要に乱した。その結果がヴェークの人間の殺害なのではないのか?


 そんな醜い問いがフエルテの頭をこびり付いて離れなかった。


「……来たか」


 入り口付近から複数の足音。イグナーツとキリカ達だろう。手元の通信球には何のメッセージもない。タリス・マンチェスは大人しく屋敷に残っているらしい。ここまではある意味予想通りだ。その程度にはキリカ達の性格も、そしてイグナーツの性格も知っている。


「……フエルテさん」


 姿を現したキリカは小さくフエルテの名前を呟いた。その顔にはどこか信じられないような、そして裏切られたようなものが浮かんでいる。そんなキリカを見てフエルテは今更ながら心が僅かに痛むのを感じる。


 ……馬鹿らしい。


 そんな自分を内心で吐き捨て、フエルテは不敵に笑む。


「よう」





 闇の中を駆ける。何かを警戒しているのか、イグナーツの先導で少し奇妙な順路を進む。時折武装した人間の鋭い気配がする。敵意は感じない。

 既に真夜中と言ってもよい時間帯だ。辺りに人影は殆ど見られない。盛り場などなら兎も角、通常の通りならこんなものだ。キリカ自身、このような時刻に外へ出た記憶など殆ど無い。

 結局、キリカはイグナーツが伝えてきたフエルテの要求に従った。タリスにも簡単に事情を説明して了解してもらった。


「……ここだ」


 イグナーツがそう言って立ち止まったのは、キリカも何回かは利用したことのある建物だった。


 ……確か訓練場だったはず。


 そんな事を思いながら、通路を進んでいくと見知った顔が現れる。――フエルテだ。


「……フエルテさん」


 思わず声が漏れる。だが続く言葉は出てこなかった。これが只の他人なら憎めばそれで済む。だが信頼していた人間だったらどうすればよいのか。糾弾するのか、それとも受容するのか。


「――よう」


 そんな迷いを見透かしたようにフエルテは笑う。その顔は何時も通りだ。だがこの場所に漂っている空気はまるで違う。殺気と、張り詰めた緊張。

 キリカの前方には先導をしていたイグナーツとフレイルを構えたユキが、そしてキリカの左隣にはカリムがいる。みな険しい顔をしている。特にユキについては完全に戦闘態勢だ。カリムも何かあれば自らの武器を抜くだろう。


 ……ここまで来て迷っているのは私だけか。


 キリカはほんの僅か自嘲の笑みを浮かべた。

 結局の所、甘いのだ。キリカ自身ある程度は自覚がある。大事な何かを切り捨てると云う決断がキリカは出来ない。最善の結果にしがみついて、次善を認める事が出来ない。

 我が儘に泣き叫ぶ子供と一緒だ。自らの思い通りにならない結果を全て拒絶する。だがそんなもの圧倒的な現実の前には完全に無力だ。


 ――フエルテには世話になった。感謝も親しみも感じている。


 現状どんな意図があり、そしてどんな行動を取っていようとそれは変わらない。


 ――だからどうしたの?


 キリカの中の皮肉屋な部分がそう囁いた気がした。


「……なぜ、こんな事を?」


 キリカの問いにフエルテは戦斧を肩に担ぎながら、あっけらかんとした態度で答えた。


「話はそれほど難しくないさ。お前さんを欲しがってる奴がいる。そいつを俺は殺したい。つまりお前は餌だ」


 ……ヤイカ・コードウェル、か。


 キリカは今日、いやもう昨日になるのか、タリスが敵から奪い取ったと云う情報について思い出していた。


「簡単だろ?」


 そう告げるフエルテにユキが凶暴な笑みを返す。カリムは黙って腰を落とし身構える。


「はっ。確かに簡単ッスね」

「ええ。そうね」

「おいっ! そんな事よりも約束は守ったぞ。二人返せっ!」


 殺気立ち緊張を深めるキリカ達に対しイグナーツが口を挟む。


「ああ、そうだったな。ほら、つれてけ」


 そう言ってフエルテは子供を続けざまに放り投げた。イグナーツはそれを危うげ無くキャッチする。そして慎重に状態をチェックするが、特に怪我もないことが判ると深く安堵の溜め息を吐いた。


「キリカを連れてきた時点でお前さんは用済みだ。さっさと何処ぞへ行っちまいな」

「…………」


 イグナーツは両手に二人の子供を抱き抱えると、ちらりとキリカの方へ視線をやった。それに対しキリカは一つ頷く。

 すまん、と小さく謝りイグナーツはその場を去っていった。


 そこへ声が響いた。通りの良いバリトン。その声と共に現れたのは――。


「さて役者は揃ったか」


 ヤイカ・コードウェルだった。



話が進まない。根本的なプロットをしくじったなぁ。

でも今更変える訳にもいかないので、もう暫くお付き合いいただける方はお付き合いください。

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