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腐肉の王  作者: 坂田京介
16/21

1-14 路地裏での戦闘(上)



 まるで檻のようだと思った。

 リージヤとエリシュカ――既にヤイカの手によって特別製のアンデッドと化していたが――を捕らえる為の樹の監獄。

 薄暗い路地裏の空き地。そこに縦横無尽に木が走る。

 それはタリスのスタッフから直接伸びている訳ではない。タリスが杖を一振りすることによって、まるで水飛沫のように辺りに散らばった種子。そこから爆発するように生えてきたのだ。そして更にそれが別の種子を飛ばし、樹の檻は幾何級数的にその密度を増した。


 無論、リージヤとエリシュカもそれを黙ってみていた訳ではない。エリシュカはその魔導で、リージヤは組織から支給されている爆裂弾で、種子や木を吹き飛ばす。そして開いた射線を通しタリスへ直接に攻撃を加える。薄暗い路地裏に閃光が煌めき、爆音が鳴り響く。

 幸いな事に、新たに生成される木の殆どはそれほど頑強ではない。リージヤ達の起こす攻撃であっさりと吹き飛ばされ、千切り飛ばされる。だが木は、リージヤ達が破壊するペースに優るとも劣らない速度で次々と生成されていった。そして何より――。


「ちっ!」


 リージヤは舌打ちしながら、持っている警棒を自らの喉元を狙う木の切っ先に向けて叩き付けた。叩き潰されると云うよりも弾け飛ぶと云った方が良いような有様で木が破壊される。ついでとばかりに目に付いた邪魔な木を薙ぎ払うと、ほんの一瞬射線が通る。行く手を拒むように、敵を捕らえるように、幾重にも重なる樹の格子。枝と枝が重なり合い、殆ど日の明かりすら差さない暗く澱んだその場所。リージヤ達の爆弾の閃光も及ばぬ暗闇。そこに、一人。樹木の合間をまるで飛猿のように跳ね回るタリスへと。


「しっ!」


 軽い呼気と共に投げナイフを投擲する。そしてそれを追いかけるように爆裂弾を魔導によってダース単位で射出する。ナイフに先導される形で爆裂弾が炸裂し、タリスへの射線が塞がれるのを防ぐ。


「――射抜け」


 そこにエリシュカの全力の光弾が叩き込まれた。一際強い閃光が薄闇を白く染め、耳をつんざくような爆音が轟く。エリシュカは使用可能期限も、そして採算も度外視にした特別製のアンデッドだ。その単純な能力はリージヤすら上回る。特に魔導の威力においては圧倒的に上だ。更に今のは貴重な触媒も使った一撃。シュールバニパルという魔導師達の巨大組織の援助を受けているリージヤ達とて、そう何度も放てる攻撃ではない。


 それら全てを布石として、リージヤは爆ぜたように飛び出した。目指すはタリス。今ならば妨害にまで力を回す余裕は無い筈だ。あれで殺せたとは思わない。それほど容易な相手ではない。それはこれまでの決して長くない対峙からでも十分に認識させられていた。

 まだ爆炎が収まりきらない通り道。それを囲うかのように張り巡らされた木の枝。それを蹴り付けながら、リージヤは駆ける。閃光の所為で視界はまともに利かない。爆発の余波が肌を焼く。そんな中、リージヤは勘と気配を頼りに進んでいく。


 背中を嫌な汗が流れるのが判る。この木はタリスの武器であり、魔導の媒介でもある。いわばタリス・マンチェスという化け物の端末にも等しい。この木を蹴り付けて加速すると云う事は虎口に足を突っ込むようなもの。一歩間違えれば足を食い千切られる。それを十分に認識しつつ木を蹴り付けるのは、修羅場慣れしているリージヤにして心胆を寒からしめられるものがあった。だが――。


 ――やはり反応が甘くなっている。


 リージヤは駆けながら思う。

 結局の所、タリス・マンチェスとて無敵ではない。

 力の総量は無限ではなく、認識の範囲にも限界はある。単純な防御に力を集中していれば、侵入を警戒するトラップに対しては注意が行き届かない。

 問題は、この手の駆け引きにタリスが尋常でない程に長けている事だろう。

 離れた場所にある敵を知覚する認識力。認識した場所を基点として素早く精度の高い魔導を発動させる技量。そしてそれらを効率よくリアルタイムで組み合わせる戦術眼と思考の速度。更にはそれらを続ける集中力と魔力量、そして装備。


 修羅場慣れしている、と云うレベルではない。卓越している、と云う次元でもない。

 それはリージヤにとって想像した事すらない領域、正に埒外の業だった。


 エリシュカを数に入れれば、此方が数においては勝っている。エリシュカを抜いたとしても互角。それなのにリージヤにはまるで圧倒的多数に孤軍奮闘を挑んでいるように感じられる。それは魔導師だからとか、戦士だからと云った理由からではない。タリス以外に出来ないし、真似しようとも思われない懸絶した業によるものだ。

 尋常ではない手数の多さ。攻撃範囲の広さ。展開の素早さと精度の高さ。それらを高いレベルで組み合わせたその業は、決して一対一を想定して練られたものではない。もっと規模の大きい相手を前提としたもの。


 ――そして、それ故に隙はある。


 リージヤは視線の先を射抜くように見詰める。その先ではタリスが既に体勢を立て直し始めていた。リージヤの周りの木々が主の意思を受け不吉に蠢く。だがこの程度ならば――。


「シィッ!」


 虚空で別の枝を蹴り付ける事で方向を転換し、向かってくる木の刺突を右手に持った警棒で叩き潰す。同時に魔導を展開。爆裂弾をタリスの方へと射出する。爆音が轟き、閃光が視界を白く染める。シュールバニパル特性の魔導式爆裂弾だ。破壊だけでなく認識を阻害する。後は距離を詰めれば――。


「――見付けた」


 リージヤは思わず小さく呟く。感知野がタリスの気配を捉えていた。遮るものはない。





 主武装である宿り木の杖。それを利用した樹結界をいま正に抜け出そうとしている敵の姿を見て、タリスは内心で嘆息し木の枝の上から地面へと降り立った。隠れるのならば兎も角として、軽戦士相手に準備も調えず樹上で勝負など自殺行為だ。

 タリスはスタッフを構え、女を見る。

 黒いスーツを着た女。スレンダーな美人だ。だが此方を見遣るその双眸は爛々と煌めき、口元には獲物を見付けた肉食獣の笑みが浮かんでいる。所々千切れて肌が露わになっている服装と相まって、一種凄絶な色気と凄みを発している。だが獲物とされているタリスとしては、当然ながらそれを喜ぶような余裕はない。


 ――相も変わらず戦士としての技量が高い人間は厄介だ。


 思うのはそんな事だけだ。

 結局の所、魔導師が戦士に対して接近戦で出来る事など殆ど無い。回避は許されず、防御は断ち切られ、反撃は防がれる。素の耐久力。鍛え上げられた反射や勘。攻撃の威力と手数。そして何より速さが違う。攻撃を発動するまでの速さ。防御を展開する為の速さ。間合いを詰める為の速さ。攻撃と攻撃の合間の速さ。

 それ故に戦闘を前提とした魔導師たちは例外なく基礎的な体術を学ぶ。戦士の奇襲により死なないようにと。

 これで魔導師の攻撃力が高ければまだ何とかなったのだが、単純な一撃の破壊力でも圧倒的に戦士の方が上だ。


 よって魔導師が戦闘において戦士に対して対抗しようとすれば手段は限られてくる。

 護衛を用意する。魔具などの切り札を用意する。地の利を確保する。

 だがここまでやっても尚、卓越した戦士を仕留めるのは難しい。これはタリス自身痛感している事だ。不意を突いての一撃必殺。肉を切らせて骨を断つ。そんな単純な戦法はタリスのような魔導師にとって厄介極まりない。


 そんな魔導師が戦士を仕留める方法は極論すれば二つしかない。

 対応しきれない物量の攻撃を浴びせる――飽和攻撃か。

 認識できない場所からの致命の一撃――不意打ちか。


 勿論三体のアンデッドがいれば話は違った。真っ向勝負においても敵を圧倒できただろう。だがそれによってカリムなどを狙われても詰まらないし、伏兵をここで逃してまた狙われるのも面倒だ。

 結局の所、タリスが三体のアンデッド達を自分から離した場所に配したのはその程度の理由だ。逆に言ってしまえば、その程度の危機感しかなかった。

 タリスの近接戦闘力がリージヤを上回っている訳ではない。尋常な接近戦を十回やれば十回とも負けるだろう。


 ――だがそれだけだ。


「サモン・レイス」


 宿り木――吸血樹とも呼ばれるソレをベースにしたタリスの杖は、その名の通り傷つけた他者の力を吸い取り溜め込む事が出来る。そこに溜め込まれた魔力を利用し、悪霊を召喚する。顔の付いた濃霧のようなレイスをリージヤとの間に配置。それに合わせて周辺に即席の魔導式のトラップを生成する。どれもレベルは低くほんの少しの時間稼ぎが精々だが、取り敢えずはそれで十分。


「シィッ!」


 リージヤがレイスとトラップを突っ切るようにして向かってくる。十メートルはあった距離が一瞬でゼロになる。喉元を狙う警棒の突きを頭を左に逸らす事で躱し、代わりにスタッフを薙ぐ。もしも受ければスタッフの結合が解除され、木の群れに埋もれる致命の一撃。それを感じ取ったか、リージヤは体勢を極端に低くする事でそれを避けた。


 ほんの刹那、動きの止まったリージヤの背後からレイスが襲いかかる。レイスの精神攻撃にリージヤの眉が一瞬顰められた。大した事のないレイスとて、その精神攻撃を防ぐには力が要る。それに力を回した瞬間、トラップがリージヤの背後で発火。行動の遅滞がほんの一瞬長くなる。敵前への集中力がほんの僅か分散される。それら全てをリージヤが切り抜け体勢を立て直したときには――。


「サモン・レイス」


 既に次の布石は終わっている。

 先程よりほんの少し離れた距離。ほんの少し手強くなったトラップ。

 その事にリージヤ自身も気付いたのだろう。その顔に焦りが浮かんだ。このような状況を、戦士が打開する為の手段は只一つ。他者の力を借りる。つまりこの状況では高度な使い捨ての魔具。それの使用。ならば――。


「なっ!?」


 妨害するのは容易い。

 魔具を魔導によって取り出そうとしたリージヤの術式を、タリスは魔導によって妨害する。魔導を展開させようとしていたリージヤの左手が虚空をさ迷った。不意を打たれリージヤの思考に生まれた間隙。


「サモン・ブラッディヴァイン」


 それをタリスは見逃さない。

 赤黒い蔦を絡ませて作られたような化け物が二体生成される。それは歪ながらも人型をしており、眼窩にある漆黒の空漠がリージヤを見詰めていた。赤黒い蔦を無数に組み合わせて作られたそれは、一つ一つの蔦が生きているように動き不気味な蠢動を見せている。先程のレイスよりはかなり上のクラスの魔物だ。リージヤの顔に逡巡の色が浮かぶ。


 力尽くで突っ切る事が出来るのか。もし突っ切るとしたらそのリスクはどの程度か。

 彼我の戦力差の計り、現在の自分の状態を確認する。そして目的を達成するために最良の手段を選択する。それは既に、プロの戦闘者としてのリージヤの癖のようなものだった。


「サモン・ドレッドゴースト」


 だが悪手だ。

 先程のレイスとは違う。ぼんやりとした実体を持ったゴーストが三体召喚される。足は無いもののフードを被った人のように見えるドレッドゴーストはその顔に酷薄そうな笑みを浮かべ、獲物であるリージヤを見詰めている。

 タリスは軽く後ろへ飛び退き、リージヤから距離を離した。リージヤはそれを見送るしかない。その空いた距離に呼び出されたアンデッドが隊列を組むように移動する。

 リージヤの顔に恐怖の色が浮かぶ。

 その顔が亡き妻にふと重なって見えた。



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