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腐肉の王  作者: 坂田京介
13/21

1-11 調査報告



 ホシアの酒場に備え付けられた個室。外部に漏らしたくない話などを行う為の場所だ。このような個室の一つに男が二人座っていた。

 一人はフエルテ・ツンバオ。大柄な身体を窮屈そうに椅子に座らせている。要所を守っているハーフプレートを着込み、腰にはショートソードを差している。また主武装である戦斧は部屋の片隅に立て掛けられていた。

 その対面の座席にはもう一人の男が座っている。背は普通程度だが痩せ形で、少々胡散臭い雰囲気を持った男だ。部屋の中にいるというのにコートを着込み、一見なんの武装もしていないように見える。だがフエルテの目には種々の隠し武器が身体のあちこちに仕込まれ、今この時も微塵も油断していない事が見て取れた。

 男の名前はヴァルラム・アノーヒン。フエルテが贔屓にしている情報屋だった。


「――で?」


 フエルテがヴァルラムに端的に尋ねる。付き合いはそれなりに長い。呆れた様子も見せずにヴァルラムは口を開いた。


「確かに今回のライトフォーンの姫さん達が狙われた事件、お前さんが前から調べていた原因不明で冒険者が全滅したっていう一連の事件に似た構造を感じる。迷宮の封鎖方法なんてもろにそうだな」

「……だが今回、連中は失敗した」


 フエルテの言葉にヴァルラムは頷く。


「ああ。連中が何をしたかったかは判らんが、厳然たる事実としてキリカ・ライトフォーン達のパーティーは生き残り、ヴェークの連中の死体をお前さんに見られるなんてへまもした。舐められているって云うのもあるのかも知れない。だが……」

「だが?」


 言い淀むヴァルラムにフエルテが先を促す。それに押されるような形でヴァルラムが口を開いた。


「連中にも何か予想外の事が起こったのかも知れん」

「…………」


 フエルテはヴァルラムの言葉を咀嚼するように沈黙した。そして自らの座る椅子の背もたれに背を預ける。ぎしりと椅子が軋んだ音を立てた。


「何か根拠はあるのか?」

「あのタリス・マンチェスとか云う男だ。あいつがヴェークなどと一緒に迷宮に入った訳ではない事は恐らく確実だ」

「……だろうな」


 ヴァルラムの言葉をフエルテが肯定する。フエルテがそれとなく確認してみたところ、ホシアも明言はしないものの暗にそれを認めた。そしてフエルテが知る限り、キリカ達やヴェークのメンバーは意味もなく急場でメンバーを増やすなど、ましてやホシアの面子を潰してまでそれをするなど、とてもしそうにないタイプだ。


「だとすると、二つ疑問が湧く。一つは無論あのタリスという男は何処からやってきたのか、と云う事だ」

「もう一つは?」

「誰が最初からタリスがいたと書類を改竄したか――だ」


 ヴァルラムの言葉にフエルテは腑に落ちない表情を浮かべた。


「……事件を起こした連中じゃないのか? 迷宮の封鎖よりは難しいだろうが、他の件を見てみても連中の工作能力は侮れん。その程度は出来るだろう?」

「ああ、説明が前後したな……。まず前提として、あの書類を改竄したのは事件を起こした連中ではない」


 まあ恐らくだが……。

 ヴァルラムがそんな言葉を補足のように付け足した。フエルテの顔が厳しくなる。


「どういう事だ?」

「昨日の今日だ。あまり深いところまで調べられた訳ではないが、そんな泥縄は向こうさんも同じらしくてな。随分と混乱している。もし書類の改竄も事件を起こした連中と同じ勢力がやったのだとしたら、このような混乱は無かった筈だ」

「欺瞞工作ではないのか?」

「それは無いと思うね。勘もあるが、その混乱に乗じて俺も幾つか新情報を掴んだ。第一欺瞞だとしても利点が見えない。圧倒的に有利な側は奇策に走る必要も策謀を練る必要もない。当たり前の事を当たり前にやるのがこちら側としては一番困る。それは向こうも判っている筈だ」

「……ふむ」


 フエルテが考え込むように沈黙する。ヴァルラムはそんなフエルテを暫く見ていたが、ある程度思考が一段落したのを見計らって再び口を開いた。


「一つ目の疑問であるタリスという男の正体について話を移す前に、今回の事で掴んだ新事実の方を教えておこうか」

「ん? ああ、そうだな。何が判ったんだ?」


 今その事を思い出したようにフエルテが尋ねる。そんなフエルテに対しヴァルラムはあっさりと言い放った。


「――連中の正体がわかった」

「なっ!?」


 フエルテは思わず椅子から腰を浮かせる。がたりと椅子が音を立てた。だがすぐに落ち着きを取り戻すと、再び椅子に腰を下ろした。しかしヴァルラムを見るその瞳には、どこかそれまでと異なる熱が込められていた。


「……本当か?」


 抑えられた声音はどこか飛び掛かる寸前の獣を思わせた。


「ああ」


 顔に隠しきれない緊張を浮かべながらヴァルラムが頷く。


「何処の誰だ?」


 フエルテの問い。ヴァルラムは唾を飲み込む。これから口に出そうとしている名前は此処マターファではかなりのビッグネームだ。敵に回して無事に済む保証はない。いや、ヴァルラム程度ならば、もしはっきりと敵対してしまえば容赦なく消されるだろう。それだけにヴァルラムもひりつくような緊張を感じる。

 だが乗りかかった船だ。そして何より連中には顧客を何人も殺された恨みがある。ヴァルラムは丁度戦士が自らの武器を敵に叩き付けるような心持ちで、その情報を言葉に乗せた。


「……シュールバニパルのヤイカ・コードウェル」


 フエルテの顔が凶相に歪む。


「……あいつか」


 ――ヤイカ・コードウェル。

 その名前はフエルテも知っていた。ズナーニエを始め幾つかの学園、そして魔具士や調理師に強い影響力を持ち、迷宮などの狩り場を管理する関係で他の様々な組織に顔が利く、マターファでも有数の権力者の一人だ。本人自身も卓越した魔導師だと聞いている。魔導師達の秘密結社のようなものであるシュールバニパルに与しているのもそれほど不思議ではない。


「断っておくが、確たる証拠はない。……先走るなよ」


 念を押すようにヴァルラムが言う。


「わかっている」


 余り判っていなさそうなフエルテの返事。ヴァルラムは一つ軽い溜め息を吐いたが、この場で何を言っても無駄だろう。余り気にしない事にした。


「こうなってくると書類の改竄は敵への挑発、そして俺らのような第三者への援護というような気もしてくるな」

「随分と外連味のある手管だな」

「まあな。だが現にこうやって連中の正体まで突き止められるとな……」


 暫く考えていたヴァルラムだったが、やがて「まあいいか」と軽い調子で流れを切った。


「もう一つの疑問の方に戻ろうか」

「……タリス・マンチェスの事か」


 フエルテの言葉にヴァルラムは頷く。


「誰が何の目的で呼び出したのか。そして何者なのか」

「お前さんは実際に見たのか?」

「まあ遠目からだがな。今日カリムの嬢ちゃんと連れだって街を歩いていたよ」

「二人でか? それならもう片方はキリカとユキだけか……。少し不用心じゃないか?」

「奇襲の対応ならユキ・ショップポートの方が上だろう? 危ない場所に近づかなければカリムの嬢ちゃんを外したところで安全度にそれほど差はないと考えたんだろうさ。それほど悪い判断ではないと思うがね」

「それはそうかも知れんが……」


 今一つ納得しきれていないフエルテ。そんなフエルテにヴァルラムは少し呆れた風な顔を見せると、構わず言葉を続けた。


「んで、タリス・マンチェスの印象だが……」


 ヴァルラムの言葉にフエルテも改めて聴く体勢に入る。


「まあ真っ当な人種ではないな」

「やはり……か」

「ああ。一応は隠しているつもりかも知れんが、どうあっても隠しきれないモノってのはある。いやそれ以前にそこまで隠す気があるのかってのすら疑わしい。まるでばれたらばれたら構わないっていう、条理から外れた価値観がこれでもかって位に感じられたぜ」

「だとすると……そいつはどこから来た?」


 フエルテが腕を組み、難しい顔をする。


「可能性は二つだ。迷宮にずっといたか、それとも外から迷宮に転移してきたか」

「前者の可能性はないだろう。キリカ達が潜った第十五迷宮ってのは人口迷宮だ。んな厄ネタが埋もれているとは思えん」

「ならば残る可能性は一つだろう。――外からだ」

「しかし……あり得るのか」


 フエルテの声にはどこか信じられないと云う響きがあった。


「可能性はあると思うぜ」


 ヴァルラムが慎重な声音で言う。それは何かを恐れているようにも聞こえた。フエルテは黙って言葉の続きを促す。


「キリカ・ライトフォーンだ」

「……やはりか」


 他にいないだろう。古い血筋というのは往々にして何かを伝えている事がある。その中でも最も古いともいえるヤイウェンの正統の血。何を伝えていても不思議はない。


「知ってるかもしれんが、ヤイウェンって云うのは不思議な国だ。国の正統は常に女だ。女が外へ嫁に行ったことは無い。だがその割には国の舵取りや公式行事などは殆どが王女の配偶者が務める事になっている。そして何よりも、その次期後継者である王家の女性に関する情報や露出が殆ど無い」

「……どういう事だ?」


 その事については初耳だった。フエルテが眉を顰める。


「そのまんまさ。ごく普通の第三者は現在の王家に何人の娘がいるのかも知らない。その顔も名前も存在も知らない。結婚し王位に就くときに名前だけが公開される。それがライトフォーンの王族で、この大陸でも最古の正統を継ぐ者たちの伝統なのさ」

「…………」


 予想を超える事実にフエルテが絶句する。


「つまり俺たちはキリカ・ライトフォーンと云う存在が本当にライトフォーンの姫なのかを確かめる術は無く、もし本当にそうだとしたら大陸の歴史でも随分と珍しい事態に直面している事になる」


 ヴァルラムはそう言うと、どこか引きつった笑みを浮かべて見せた。笑みと云うには少し奇態に過ぎる表情。ねじれたソレは丁度ヴァルラムの内心を表しているようだった。


「俺の知る限りライトフォーンの正統が外へ出た事など無い」


 本人もそれに気付いたのだろうか。ヴァルラムは苦笑一つ挟むと表情を真面目なものへと戻した。それはあらゆる感情をそぎ落としたかのようにも見える。


「気をつけろ」


 だがそこには隠しきれない緊張が滲み出て。


「アレはとびっきりの――」


 その声はほんの僅か震えていた。


「厄ネタだぜ」



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