とりあえず仮入部
昨日の初めてプール更衣室を訪れた翌日の出来事。この日麻奈は、蘭に是非とも合わせたい人がいると言い、放課後に急いで蘭が待っているプール更衣室を訪れた。
「蘭さぁ~ん、お待たせ~ 新入部員を連れてきたよ~」
「えぇ!! 麻奈ちゃん、もう部員を見つけちゃったの!?」
勢いよくプール更衣室のドアを開けて入ってきた麻奈の後ろ側に新入部員らしき人が見えた途端、麻奈が本当に水泳部の入部希望者を連れてきたのを見て驚いた様子でいた。
「うん! 紹介するね。私の小学校の頃からの友達の大神菜月ちゃんだよ!」
「あっ、私、大神菜月と言います。よろしくお願いします」
プール更衣室に入った途端、麻奈は後ろに隠れるように身を潜めていた菜月を前の方へと押し出し、水泳部の部長である蘭と対面をさせた。
菜月は、麻奈とは小学生の頃からの長い付き合いがあり、身長は蘭よりも少し高く、茶髪のポニーテールヘアーの運動神経抜群のすらっとした体型の女の子である。
「あらっ、菜月ちゃんって言う名前なのね。私の名は蝶蘭ですわ。こちらこそよろしく」
菜月が水泳部の部長である蘭を目の前にして45度頭を下げおじぎをすると、蘭は自分の名前を名乗り、同時に菜月と挨拶代わりの握手をやろうとして右手をさし伸ばした。
「蝶蘭って、変わった名前ですね。もしかして中国の方ですか?」
「えっ!? 違うわよ。確かに日本では変わった名前ですけれども、私はれっきとした日本人よ」
握手をやった途端、蘭という名前が珍しかったのか菜月は蘭を中国人かどうか問いかけてみた。すると蘭は、少しビックリをした様子で日本人であると言った。
「そうなんだ。そりゃあ済まない。にしても、本当に部員は蘭さん1人なんですか?」
「ええ、現在はね。もうすぐしたら麻奈ちゃんも正式に入部をしてくれるから部員は2人ね。もちろん菜月ちゃんも水泳部に入ってくれるわよね?」
蘭が中国人でないと知り謝った菜月は、プール更衣室をキョロキョロと見渡したあと、この日の昼食時に麻奈から聞かされていた話通り本当に他の部員がいないことに気づき、少し不安になった。
「ん~ でも、今日は麻奈に頼まれて見学に来ただけなので、正式入部はちょっと……」
「も~う、そんなこと言わずに入部しちゃいなよ!」
水泳部への入部を考えるふりをして止めようとしている菜月の様子を見た蘭は、菜月の肩をポンッと叩いて廃部の危機が迫っている水泳部に入部するよう迫った。
「お誘いはありがたいんですけれども…… 実は私、バスケ部に入部しようと思っていまして」
水泳部に入部をする様にと迫ってくる蘭に対し菜月は、中学の頃からやっていたバスケ部への入部を考えていると言って、水泳部の入部の誘いを断った。
「ええ!! それじゃあ、入部はしないって事!?」
「まあ…… そうなりますね…… 今日の部活見学も、麻奈の強引なお願いの末に見に来たようなものだし」
菜月が本当はバスケ部に入部したいという事を蘭に伝えると、蘭は口をポカンと開けて驚いた。その後、菜月は蘭に今日の部活見学に来た理由を言った。
「そんな事言わずに考え直してみて。この水泳部に入れば楽しいことがいっぱいあるわよ!」
「そうだよ、なづちゃん。知らない人だらけのバスケ部に入るよりも、私という友達がいる水泳部に入った方が高校生活楽しめるよ!」
バスケ部に入部をすると言い、水泳部への入部を断った菜月に対し、蘭と麻奈は少し悲しい表情になりながら菜月を水泳部へ入るように迫った。
「麻奈、そんな事言っても、私が入部したいのはバスケ部の方よ。水泳部はただ見学しに見に来ただけだから」
「そんなこと言わずにお願い! なづちゃん一生のお願い、水泳部に入部して!!」
「一生のお願いって、何度目よ…… 今度だけはどうしても譲れないわ!」
水泳部の見学に来ただけで、実際に入部をする気のない菜月は、一生のお願いと言って何度もしつこく入部を頼み込んでくる麻奈に、水泳部に入部はしないと少しキツめの言葉使いをして言った。
「どうしても駄目なの?」
「どうしてもよ。麻奈が水泳部に入部したいように、私だって高校に入ったら、中学の頃から続けていたバスケ部に入るって決めていたんだもん」
どうしてもと頼み込んでくる麻奈に対し、菜月は中学の頃から続けていたバスケ部に入ると決めていたとハッキリとした喋り方で言った。
「それじゃあ、この水泳部は廃部になっちやうじゃないの」
「なんで私が入部しないだけで廃部になんかなるのよ? 他を当たればいいじゃない?」
「だって…… まだ高校生活は始まったばかりで、この学校にこんなことを頼める親しい友人なんてなづちゃんぐらいしかいないよ~」
再び水泳部の廃部の危機を感じた麻奈は、瞳をウルウルと悲しそうな表情を作り、菜月の顔を見た。麻奈のウルウルとした瞳で見つめられた菜月は顔を後ろへ反らそうとした。
そして、麻奈から顔を反らそうとする菜月の体に麻奈はしがみ付くように抱きつきに言った。
「だからお願い!! せめて4人の部員が入るまで水泳部の仮入部をして!!」
「えぇ!! 何言ってんのよ!? てかしつこい」
麻奈に体をしがみ付くように抱きつかれた菜月は、身動きがとりづらく困り果てた様子でいた。
「菜月ちゃん。私からもお願いしますわ。部員が4人になるまでの間だけでいいですから」
「ほらっ、蘭さんだって言ってるじゃない! 4人になるまでの臨時だからさ~」
必死に菜月にしがみつく麻奈の様子を見た蘭も、菜月に水泳部の仮入部をお願いした。その仮入部を頼み込む麻奈と蘭を見ていて、あまりにもしつこいと菜月は感じ、一旦この場を収める為に水泳部の仮入部を決意した。
「あ~ もうしつこい! 分かったわよ、部員が4人になるまでの仮入部だけしてあげるわよ!!」
菜月が放った一言を聞いた麻奈と蘭は、笑顔を浮かばせて共に喜んだ。
「え!? 本当に、やったー!!」
「ありがとう。残りの部員集め、なづちゃんも一緒に頑張ろ!」
菜月が仮入部をすると言って喜んでいる麻奈と蘭を見た菜月は、とりあえず先ほどのしつこさから解放されたと思いホッとした様子でいた反面、仮入部を決めた為にさっき以上のめんどくさい事態に巻き込まれたと思い、少し戸惑った様子になった。
「言っとくけど、あくまでも仮入部だからね!」
喜んでいる麻奈と蘭に向かって、菜月は仮入部である事を印象付けるように言った。