栄光は過去のもの
自分の得意種目であるクロールで1位を取れなかった聖は、無言のまま暗い表情で、泳いでいたプールを出て、プールサイドへと上がった。
そして、無言のまま暗い表情で、スイムキャップとゴーグルを外し、麻奈と蘭と菜月の待つ場所へと戻ろうとした。
その時、後ろの方から、テンションが高く、凄く嬉しい出来事があった人の声がした。
「やあやあやあ。蘭のとこの水泳部員よ。さっきのレースは、この私に負けちゃったね。だって1位は、この私だもの」
その話しかけに来た人は安奈であり、安奈は先程のレースで勝った嬉しさを負けた聖に自慢をする様に話しかけに来た。
「何か様? 自慢をするだけだったら、自分のとこのチームの人にでもやったらどう?」
「ははは、悔しがっちゃって。この私に負けた事が余程悔しかったのだな。黒いの」
レースに勝った事を自慢してくる安奈に対し、聖はまるで興味がなく、ただウザイとしか思っていなかった。
「そういや、以前に会った時と違って、肌も日焼けで黒くなっているな。まさに、本当に黒だ‼」
「目障り……」
「まあ、負けたからって、そう怒るなよ、黒いの。そういやお前、名前は夜鮫聖って言ったよな。聖ってあの……」
「私が、夜鮫聖だからって、なんなのよ‼ 今の私は、あの時の私とは違うのよ‼」
そして、安奈が聖の名前を言って、何が大事な事を思い出して言おうとした途端、聖は先程以上に怒った様子で、大きな声で安奈に言った。
突然の聖の声に、安奈は一瞬ビクッとなった。
その後、聖は何事もなかったかの様に、そのまま歩いて、安奈のいるレースか行われたプールサイドを去った。
「いゃあ…… いくら負けたからって、あそこまで怒る事はないだろ……」
安奈は、去ってゆく聖の背中を見ながら、先程の大声の件で、心臓の鼓動が激しく動いていた。
そして、大会の午前の部は終わり、昼の休憩時間が訪れた。
この時間帯は、ほとんどの選手達が昼食を済ませたりしている事が多く、麻菜達も、午前中から待機をしている場所でピクニックシートを広げて、昼食である弁当を食べていた。
この時間帯は、濡れた身体を冷やさない為に、皆、ジャージの上だけを羽織っている状態であった。
「そう言えば、私や菜月ちゃんが勝てたのに、1人だけ自信を持って勝つとか言っておきながら、負けちゃった人がいたよね~」
そんな昼食中の時、蘭は隅っこで1人でパックゼリーを吸っている聖の方を見ながら、午前中のレースの結果の話を始めた。
「蘭さん、こんな時にそんな話は止めましょ」
「そうですよ。聖ちゃんだって、絶対に気にしているのだから」
すると、その話を聞いた菜月と麻奈は、蘭に聖が負けた事の話は止める様に声をかけた。
「あらっ? 真実を言ったまでよ。こんな話なんて今しようが、後でやろうが、変わらないわよ」
しかし、蘭は菜月と麻奈の意見を特に聞く事はなく、話を続けようとした。
「でっ、でも……」
「勝手にやらせておけば? 言いたい人には好き勝手言わせておけばいいのよ。それで満足をするのならね」
更に蘭が話を続けようとした為、麻奈が戸惑う感じで止めようとしたけど、その話を聞いていた聖は、特に止める気もなかった。
「そう? じゃあ、遠慮なく話を続けさせてもらうわね」
「どうぞ、勝手にやったら?」
そして、蘭は再び先程の話の続きを始めた。
「聖ちゃんが戦った相手である安奈ちゃんは、凄く速かったでしょ?」
「ええ、確かに速かったわね」
「そりゃあ、この私でも認めるぐらいの速さなのよ」
蘭が始めた話の続きは、聖と同じレースに出場をしていた安奈の事であった。
「確かにあの人は、聖ちゃんに負けないぐらい速かったですね」
「確かに、勝負もかなりいい勝負だったですし」
その話を聞いていた麻奈と菜月も、安奈の泳ぎを思い出しながら話を聞いていた。
「でしょ。以前にも言った通り、私と安奈ちゃんは中学の時には、お互いリレーの選手に選ばれていたのよ。ただし、中学の部活でね」
その後、蘭は安奈との中学の時の思い出を、少し語り始めた。
「中学の部活でも、レギュラーに選ばれるなんて、充分に凄いですよ!!」
「まぁ、人数がどれくらいかには寄りますけど…… 凄いとは思いますよ」
それを聞いた麻奈と菜月は、多少、関心をしながら聞いていた。
「確かに、リレーの選手に選ばれていたと聞くと、中学内の部活動の事でも充分に凄いと思うでしょ。でもね、そんな安奈ちゃんと戦った聖ちゃんは、もっと凄かったのよ」
その次に、蘭は安奈とレースをしていた聖の実力を語り始めた。
「なにしろ、聖ちゃんは…… かつて、ジュニアオリンピックにも出場していた事があるのよ」
「えぇ!! そうなんですか!!」
「だから、聖ちゃんは泳ぎが凄く上手かったんですね」
その後、蘭が聖の過去を語り出すと、その話を聞いた菜月と麻奈は、目をキョトンとさせながら凄く驚いた。
「聖ちゃん、それ本当なの!!」
「えぇ、本当だけど……」
「だったら、なんで今まで言ってくれなかったのよ!!」
「別に、言うほどの事ではないと思って……」
「いやっ、普通に凄いよ!!」
蘭が言った事が本当なのか確認の為に、麻奈は真相を聖ご本人に聞いてみた所、蘭が言った話は本当であった。
「そうでしょ。2人とも水泳は高校に入ってから始めたのだから知らないのも、無理はなさそうね。昔から水泳をやっていた私にとっては、普通に知っていた事よ」
「そうなんですか!! それを知っていて、蘭さんは聖を色々と特別扱いをしていたのですか!?」
「まぁ、それも多少あるわね」
その後、菜月の疑問にも蘭は多少の特別扱いをしていた事を伝えた。
「結局は、自分の方が相手選手よりも優れていると思っているからこそ、どんな相手にでも絶対に勝てるという自信があったのよ。でも、今回は違った。予想とは異なり、勝つ事は出来なかったわね」
そして、蘭は聖がレース前に絶対に勝てると自信を持って言う事が出来た理由を言った。
その後、蘭は聖の方に顔を向けて話し始めた。
「聖ちゃん…… この数か月の間、貴女の泳ぎを見ていたけど、今の貴女には、昔の様な魅力は感じないわ」
「うるさいわね…… それがどうしたのよ!!」
「どうしたもこうしたもないわ。ただ、私はもう一度、あの時の様な聖ちゃんを見てみたいだけよ」
その後、蘭は聖に向かって、昔の様な魅力がない事を伝えると、聖は何かに触れられたくないものがあるかのような顔をしながら、怒った様子でいた。
「だっ、だから…… あの時の私は、もう…… いないのよ!! もし、あの時の私が今もいたら…… 初めから、こんな学校に来るわけがないじゃないの!!」
色々と言って来る蘭に対し、聖は完全に思い出したくない過去を思い出され、どこか悲しそうな表情をやりながら怒った様子でいた。
そんな怒った様子の聖を見た麻奈と菜月は、今までに聖がやった事のない表情をした為に、凄く驚いた様子でいた。
そんな怒った様子の聖を見ながらでも、蘭は特に驚きもせずにニコッとした表情で、再び聖に話しかけた。
「まっ、そりゃそうでしょうね。ジュニアオリンピックにも出る様な、将来が期待されていた様な選手が、この学校に来るわけがないわね……」
「そうですよ。来るわけがないですよ!!」
その後も蘭が聖に釘を刺す様に話しかけた為、聖はまたしても怒った様子でいた。
しかし、そんな怒った様子でいる聖の表情は、今にも泣きそうなくらい、どこか悲しそうであった。
「でも、結局はこの学校に来たじゃない。そして、水泳部にも来たじゃない。だったらさ、昔の事は一旦忘れて、今を楽しんだらどうかな? なんやかんや言って、結局は水泳が好きなんでしょ?」
すると、そんな聖に対し、蘭は過去の栄光は一旦忘れて、今を楽しんだらどうかと、聖に優しく問い詰めた。




