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1 突然、嵐のごとく

「すぴばる」でアイコンを電気ネコ様に描いていただきました。それをみていたらお話が作りたくなってしまいました。この作品は電気ネコ様に捧げます。どうもありがとうございました。

そのアイコンの絵は拍手お礼としてのせてありますので、よろしければどうぞご覧下さい。


 高校時代の私。引っ込み思案で、あまり自分に自信がなくて、どこにでもいる普通の女の子。スポーツは苦手だし、数学物理は壊滅的、英語だけが少し得意。おしゃれしてもあまりぱっとしない。それでも、一人の同級生に恋してた。

そのことは誰も知らないはず、だった。 私はあまりそういう話題に参加しなかったし、誰にも言わずにそっと秋津君のことを見つめていたから。ひっそりと思っているだけで満足していたのだから。


 秋津君は剣道では結構名の知れた人だったらしく、県大会など大きな大会にも名を連ねているようだった。

 我が高校は剣道に力を入れていて専用の剣道場まであるほどだったので、その中で大会に出場するのは大変だったのではなかろうか。でも私は剣道をしている姿は一度しか見たことがない。クラブ中に見学に行くなど考えたこともないし、大会に応援に彼女でもないのに行けやしなかったからである。恋しているといいながら剣道のことには全く詳しくないのだ。


 一度だけ見た剣道姿。

 それは入学式のすぐ後のしとしと雨の降る夕方。昨日から降り続く雨にせっかくの桜も濡れそぼって、はらはらはらと雨と一緒に舞い散っていた。自転車通学も傘をさしながらは嫌なので、私はバスで帰ろうとしていた。近いバス停までは、正門からでなく剣道場の裏手の門から出た方が近いから、傘にへばりつく桜の花びらを淋しく思いながらとぼとぼ歩いていた。

 と、剣道場から声が聞こえる。稽古をしているような声だ。

 今日は先生の会議でクラブ活動はすべてお休みなのに、誰か熱心な人がいるもんだ、誰だろう、とひょいと覗いてみた。

そして恋に落ちた。

 

 私は運動が苦手である。クラブも文芸部の片隅にいれてもらっているような有り様だ。剣道なんてルールも知らない、竹刀で叩き合うくらいの知識しかない。

 なのにその彼の所作はとても美しく思えた。手を上げる角度、降り下ろす瞬間、前に後ろに進む足さばき。私の目にはどれも完璧な様式美に見えた。

 こんなに美しいこの人は誰なのだろう。

まだまだ寒い雨の日、指先がかじかむのも忘れて眺めていた。時間にしたら十分くらいのものだったのだろうか、運良く誰も通りかからなかったので私はひたすら彼を眺めることができた。

 そのうち彼は休憩に入り、面を取ってひとまずといった感じで息を吐いた。

 同じクラスの秋津君だった。


 秋津君はクラスでも目立たない男子だった。取り立ててかっこいいわけではなく、頭が素晴らしくいいわけでもない、ごく普通の男子だった。控えめではあるけれど友達もそこそこいるし、大きな不満がありそうにもない、ごく普通の男子だった。私もこの雨の日のことがなかったら、ああそんな男の子いたよねえ、といつの日か噂するだけで終わっていただろうと思う。


 でも私はこの桜の舞い散る雨の日に彼を見つけてしまった。私にとっては運命の出会いであったのだ。


 しかし恋を自覚したからといって、私は簡単に告白などできなかった。私こそが取り立てて美しいわけではなく、頭がすばらしく良いわけでもなく、運動ができるわけでもない、かといって人を楽しませる話術を持っているわけでもない、普通のどこにでもいそうな女の子であったから。打ち明けたところでどうにかなるようにも思えなかったし、また、そうする気もあまりなかった。私は一人静かに秋津君のことを思っているだけで満足であった。高校3年間を、秋津君だけ眺めて暮らしていければそれでよかったのだ。


 私は図書室の席を見つけた。そこの窓から剣道場への渡り廊下が見えるのだ。放課後はクラブに行く秋津君を眺めてから帰るのが私の日課となった。

 毎日時間にしたら二分ほど、渡り廊下に秋津君がやってきて道場の入り口に消えていくまでが、私の秘密の時間だった。


 ある日私の前の席に、学年一イケメンだという噂の桐原クンが座った。

 彼こそ人目を引く男の子だ。さわやかな立ち居振る舞いや、切れ長の一重の目、くせのないサラサラしたちょっと長めの髪は映画に出てくる若侍を思わせる。その上、誰にでも優しいときてはモテないのがおかしいというものだ。

 「アンタ、その席好きなんやな。」それが桐原クンの第一声であった。

 私は学年一の美形に話しかけられて何を答えたかも覚えていない。その日は結局渡り廊下の秋津君を見逃してしまい、少々恨めしく思ったことを覚えている。


 その日から時々桐原クンに話しかけられるようになった。

 「アンタ、薫子いうんか、面白い名前やな。こんどからカオルコさんにするわ。」

 クラスの人気者が言うから、その日から私はみんなに「カオルコさん」と呼ばれるようになった。まだまだクラスに馴染めていない頃だったので友達もおらず、皆に名前で呼ばれるのは気恥ずかしくはあったが、桐原クンのお陰でクラスに溶け込むことができたような気がする。


 私の高校生活は淡々と過ぎていった。

 雨の日も風の日も秋津君は道場に通い、私は図書室の窓からそれを眺めるのが楽しみだった。一度だけ見たことのある完璧なフォームで今日も彼は竹刀を振っているのだろう。

 そう思うだけで幸せな気分になった。


 高校生活も終わりに近づき、卒業式の日、図書室の私の指定席で偶然、桐原クンにあった。桐原クンはすべてのボタンをいろんな女の子にはぎ取られたのだろう、学生服の前を全開にして、髪も少しくしゃくしゃになっていた。


 「お疲れさま」

 「ああ、大変やったわ。」

彼は私の向かいの席にどっこいしょといいながら座った。

 「今は一人なんだ?」

彼はとてもモテるので、ここでもよくきれいな女の子と一緒の姿を見かけることがあった。

 「もう、こんだけしたら十分やろ、もうええわ。」

桐原クンは本当に嫌そうに言うと伸びをする。

 「本当だね、桐原クンモテるから大変だったでしょ。」

私はクスクス笑いながら言った。


 「ヒトのことより、カオルコさんはどうなんや?」

桐原クンとこんなに喋ったのはじめてじゃないだろうか。取り巻きの女の子たち怖いもんね。3年間同じクラスだったのに。やっぱりこの人はイケメンだなあ、まつげなんて私より長い。

 そんなことを考えながらだったので、次の桐原クンの言葉に声を失った。

 「いつもここから秋津のこと、見てたやろ。」


 「・・・どうしてそんなこと知ってるの?」

神様、声が震えてませんように。

 「そんなん見てたらわかるやん。アンタ、秋津のこと好きなんやろ? そやからここから見てたんやろ。」

私の秘密の時間をまさかこの桐原クンが知っていたなんて。私の周りのすべての時が止まってしまったような、そんな錯覚を覚えた。


 「秋津に言わんでええのんか?」

私は告白する気などさらさらなかったので、ぶんぶん首を横に振った。

 「今言うとかんと、アンタ後悔するんと違うか? 3年間ずっと好きやってんやろ?」

それでも、そんなこと考えられなかった私は、首を横に振り続けた。

 桐原クンはほう、とため息を一つついた。

 「俺、アンタのこと好きや。覚えといて。」

そういうと桐原クンは席を立って、「じゃあな」と手を振り、立ち去っていってしまった。


 今のはいったい何だったの?新手のドッキリですか?

 誰かが、「まんまとだまされたでしょ?」といいながら入ってくるような気がして、桐原クンの出て行ったドアから目が離せなかった。

 結局それきり桐原クンと会うことはなく、桐原クンは東京の大学に進学し(彼は頭もいいのだ)、私は地元の女子大に行ったので接点も全くなくなった。あの日のことは種明かしのないどっきりだったんだ、と自分を納得させて大学に通ううちに、 いつしかそんなことがあったことも忘れていた。





 今日から新学期。新入学生に混じって私もこの大学の講師としての第一歩を踏み出す。

 大学4年間で私も少しは成長したと思うけれど、この間まで学生だったわけだし、どうだろう、うまくやっていけるだろうか。

 桜並木を上っていく。この大学でこの道が一番好き。4年間通いなれた坂道。桜も満開に咲き誇って門出を祝ってくれている。ひらひらと落ちてくる花びらを受け止めて、私は気合を入れ直した。


 「水城、久しぶり」

いきなり声をかけられて振り向くと、そこには高校の同級生。

 「え?」

とっさのことで、もともと名前覚えの悪い私の頭はパニックを起こし、考えることも放棄した。

 「桐原だよ、覚えてへん? 高校 三年間同じクラスやったやろ。」

思い出した、学年で一番のイケメン男子の桐原クンだ。

 「・・・お久しぶり、よくわかったね。」

 「そりゃあ、忘れへんよ、初めて振られたんやから。」


 漫画だったらマスいっぱいにトゲトゲの吹き出しで「ええ~~」って言うところだ。こんなイケメン振った?私が?

 「あの、誰かとお間違えでは?」だって相手は学年一のイケメン、何か粗相があっては私が責められる。

 「それも忘れてんのかいな。卒業式の日に告白したやろ?」


それと同時に卒業式の日の映像が頭の中によみがえる。まさかあのときのこと?アレは本当の告白だったわけですか?

そんな私の顔をじっと見ていた桐原クンはため息を一つついた。

 「秋津には言うたんか?」

懐かしい名前をいきなり聞いて涙が出そうになる。じっとこらえて首を横に振る。

 「そんならまだ好きなまんまかい。」

 桐原クンはあきれたように言う。私は仕方なく頷く。

 「そうやろなとは思ってたけど、やっぱりか。」

 なんだかがっくりしたように桐原クンが言うので、私より背の高い桐原クンの顔を見上げた。桐原クンは思いの外まじめそうな表情だった。

 「4年間待ってたけど、もう待たれへん。俺もアンタのこと、まだ好きや。なんとかして。」

 今度こそ私は驚きのあまり声を上げた。


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