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● 猫の話 1

 短編と言っても3〜4話は続くかもしれません。

 ちゃんと怖い物を書けていれば良いんですが……

 



 猫についてどう思う?


 猫を触った事が無くとも、街中で眼にした事が無い人はいないはずだ。

 飼われていない動物の中では、カラスに次いで良く眼にする動物だからだ。

 可愛い、汚い、怖い、どうでもいい……

 様々な意見が出るだろう。

 好きな人間は、野良猫にも平気で触るし、嫌いな人間は猫が道にいるだけでホウキを持って追い払うかもしれない。 


 この物語の主人公は、恐らく猫なのだろう。

 3匹の猫だ。

 1匹は黒猫。

 1匹は白猫。

 もう1匹は茶色と白の混じった毛をした猫。

 物語の始まりはこの3匹の死から始まる。


 天田優一あまだゆういちはそれを見下ろしていた。

 既に動かなくなっている3匹の猫達。

 外傷は無い、だが何故死んだのかそれは見ればすぐ分かる。

 猫達は口から皆、一様に吐瀉物としゃぶつを撒き散らしていたからだ。

 これがもしも1匹だけならば、体調不良とか他にも理由が思いつくが、3匹も一緒となるとこれはもう、何か毒の類を飲まされたのは明白だった。

 小学生である優一にとって、それはかなり衝撃的な光景であった。

 自分が可愛がっている猫達の死である、ショックを受けないはずが無い。

 その猫達は優一が飼っている訳ではない、空き地に住み着いているのを優一が見つけて、近寄るたびに何度か逃げられていたが、根気良く近寄り、そして仲良くなり今では優一が来ればその足元に駆け寄ってくるほど懐いた猫達だ。

 優一が座って、胡坐をかくと膝の上の特等席を競うように、3匹はその足に乗っかってくるのだった。

 可愛かった。

 家では事情により飼えないが、家で会えない寂しさはその場所で充分に満たされていた。

 猫達に餌をあげた事は無かった。

 餌で手懐けるのは簡単だ。

 だが、餌をやらないとすぐにその情は冷めるものだからだ。

 それに、野良猫に餌をやると色々と文句を言う大人も多い、だが優一は主義ポリシーとして、猫達に餌をあげたことは無かったのだ。 

 優一の感覚からすれば、猫は飼っているとか、養ってやっているという感覚ではなく、普通の友達として対等に接していた。

 友達に毎回食事を奢らなければ一緒に遊べないようなら、それは本当の友達じゃない。

 そう思っていたからだ。

 本当の友達になりたかった。

 人と猫という垣根など優一には大した物ではなかったのだ。

 気が向いた時に、ふらりと行っても、猫達は喜んで優一の近くに走り寄って来る、それが嬉しかった。

 学校の友人に感じるものよりも深く濃い友情を感じていた。

 その友達が、今は足元で冷たくなっている。

 

 ピキ……


 ピキ、ピキ……


 天田少年の世界に、紛れも無く亀裂が走っていた。

 決定的な亀裂が。


                           ・

 

 国木田くにきだ小学校の5年2組。

 時間は8時10分。ホームルームが始まるのが8時45分くらいだから、まだクラス全体に落ち着きが無い、まだ来ていない生徒もいれば、ランドセルと机においている最中の生徒もいる。

 クラスのガキ大将的存在の高野真次たかのしんじは、子分の二人組の片割れの倉田力くらたりきと話をしていた。

 「しっかし、昨日は凄かったなぁ」

 高野の声は弾んでいるが、相手をしている倉田の口調は重い。

 「でもさ、本当に良かったの……?」

 倉田の言葉に、高野はムッとしたように睨んだ。

 「何だよ、文句有るのかよ?」

 その眼力は小学生にしてはかなりの迫力があった。

 同学年が相手ならば充分に威しとして成立する視線だった。

 高野は、小学校低学年から空手をやっていて体格も中学生に間違えられるほど立派だった、それに一方の倉田は名前こそ強そうだが、貧弱でずる賢そうな風貌をしていた。

 「だって……」

 消え入りそうな声で倉田が、言葉を発している時、クラスの学級委員長であり、高野に唯一意見を言える存在の神代仁かみしろひとしが声を掛けた。

 「真次、何の話をしているんだ?」

 高野真次と神代仁は、お互いに小学校低学年から何度が衝突しているが、そのせいか今ではお互いに家に遊びに行くほど仲が良い、高野に怖がる他のクラスメイトとは全然違い、まるで怖がっていないのが友達になった理由かもしれない。

 「よう仁。どうした?」

 高野はとぼけたが、神代は倉田を凝視していた。

 倉田にとっては高野も怖いが神代も怖い。

 「僕じゃないよ、しんちゃんが――」

 思わず告げ口をするように、倉田は声をあげていた。

 「は? お前だってスゲーって言ってたじゃんかよ、大体あれはお前の家の飯だぜ?」

 「だって……」

 らちが明かないやり取りに神代は。

 「だから何の話なんだよ」

 と問い詰めた。

 

 「天田の奴、俺らの言う事を聞かねーからさぁ」

 投げやりな口調で高野はそう言った。

 「天田?」

 ここで突然、天田の名前が出た事に神代は予想外の表情を浮かべた。

 天田優一は、クラスメイトである。

 物静かな印象で、誰かと喋っているのを見た覚えが少ない。

 顔立ちは整っているので女子の人気は高い。

 「知ってるか? あいつ、三丁目の空き地で猫に餌やってんだ、前に注意したんだけど止めねーんだ」

 それは間違いだった。

 優一は餌をあげたことは無い。

 きっと他の人間が餌をあげていた食べ残しでも見て、高野はそう判断したのだろう。

 「しょうがねーから、威しのつもりでちょっと……な」

 悪びれる様子も無く、高野は話をはぐらかそうとした。

 「何をした?」

 神代は高野ではなく、倉田に聞いた。

 「僕にばっかり聞かないでよぉ……」

 心底困り果てたような口調で倉田は言った。


 「毒を食わせたんだ」

 唐突に高野はそう言った。

 「何だって?」

 「この前、本を見てよ、簡単にそういうのが造れるって書いてあったから、試しに造ってみたんだ、んで倉田の家の残飯に混ぜて食わせた、そんだけ、はい終了」

 そう言って高野は両手を合わせるようにパンと叩いた。

 この話はこれ以上する気は無いという意思表示だった。

 「天田が近付いても、猫が逃げていくようになったら面白いだろうって、しんちゃんが言うから……」

 ぼそぼそと倉田が何か言っても高野は無視していた。

 

 「猫はどうなった?」

 神代はそう尋ねた。

 だが高野はもうそっぽを向いて何も答えない。

 「倉田、先生に言われたいのか?」 

 体つきこそ高野に遠く及ばないが、その声の迫力は高野に匹敵する物を倉田は感じていた。

 「……死んだよ」

 それだけぼそりと倉田は言った。

 そっぽを向いていた高野が急に向き直り。

 「別に俺達が悪い訳じゃないさ、口に無理やり押し込んだ訳じゃねーし、俺達が落とした物を勝手にあいつらが食ったんだ、それで死んだのはいつも餌をやっている天田のせいだって事、大体猫なんて糞を垂れ流すだけの害獣だぜ? 駆除しちまえば良いんだ全部」

 声には猫に対する憎悪に近い物を感じさせた。

 神代の知る限り、高野は猫にいやな目に合わされた事は無い。

 多分、高野のその意見は高野の母親の影響だろうと神代は思っていた。

 神代の家は一軒家で、その庭によく猫が通り糞をして困ると、神代が高野の家に遊びに行った時、かなりヒステリックに言っていたのを覚えていた。 

 往々にして子供は親の影響を受けやすい。

 親が嫌いだと言っていたという理由で、その親の憎悪を引き継いで嫌がらせを親子で続けるのも珍しくない話しだし、それを言うならば国家間の根本にある憎悪はそういうものが関係しているはずだった。


 「僕はやりたくなかったんだよ……」

 倉田が必死に消え入りそうな声で弁明しているが。

 「あー、もー、うっせーな、グチグチさー」

 という高野の苛立ち混じりの声に萎縮したように、口をつぐんだ。

 その時、クラスの女子が高野たちに話しかけてきた。

 「何の話してんの」

 「何でもねーよ」

 「佐藤の話してたんじゃないの?」

 その女子は、ちょっと意外そうにそう言った。

 「佐藤って? あいつどーかしたのかよ」

 佐藤というのは佐藤勝利さとうかつとし、倉田と同じく高野の子分的な存在だった。

 「佐藤と同じ団地の子が言ってたんだけど、あいつ階段から転げ落ちて骨折ったんだって」

 「マジかよ!」

 高野の声が高くなった。

 そういえば、佐藤はいつももう学校に来ている時間なのに、その姿が見えない。

 高野は携帯を取り出して、すぐに佐藤の携帯に電話をかけた。

 何度コールをしても繋がらない。

 高野は舌打ちした。

 さっきの話の信憑性が増したと思ったのだ。


 その時、担任の先生が教室に入ってきた。

 担任教師は、40代の落ち着きのある男性教師である、一瞬熊を思わせる体格と髭を蓄えている。

 そんな大柄な先生に、高野は物怖じする事無く先生に声を掛けた。

 「先生、佐藤が骨折ったって本当ですか?」

 一応タメ口ではないが、敬語でもない。

 「ああ、良く知っているな、団地の階段で足を滑らしたらしい、骨は折ったが、命に別状は無い、ちょっと入院するかもしれないが、しばらくしたら松葉杖で登校出来るだろう、お前達も階段では気をつけるんだ、良いな?」

 そこまで言うと、一旦言葉を切り。

 「佐藤だけじゃない、今日は天田が……ちょっと風邪で休みだ、この季節の変わり目は風邪を引きやすい、充分に注意するように」

 そう言った。

 その妙に言いよどんだ口調が、いつもははつらつなその先生とは違うと、高野は子供ながらの直感で不審に感じた。

 

 高野はまだ、自分が何に巻き込まれているのか、想像もしていなかった。

 この時は、まだ。






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