● 部室の幽霊の話
ホラー初挑戦です。
これをホラーと分類するのかどうか不明ですが、もっと怖い話は後ほど。
何を隠そう僕には昔から霊感があった。
厳密に言えば幽霊が見える。
だからと言ってそれを人に言って自慢しようとか思った事は無い、それが凄い事だとか、そういう考えはまったく無かった。
幽霊は見える。
色々な所で見かける。
家の中では滅多に見かけることは無い、良く見かけるのは墓場でも何でも無い、普通の街中である。
死亡事故が有った直後の場所に行くと、はっきりとした物が見える。
大抵は五体満足な姿じゃない、脳漿を撒き散らしているのを最初に見た時はその日の食事は満足に摂れなかったが、その内に慣れた、人間の慣れとは本当に恐ろしい物だ。
いつも幽霊は何かを言っている。
だが、それだけだ。
何を言っているのかいつもはっきりとは聞き取れないし、昨日見えた場所に今日も見えるとは限らない。
それに幽霊に触れないし、向こうから何かちょっかいを受けた事も無かった。
幽霊という言葉自体がどうなのかと思う。
人の意思が死ぬ寸前に、現世に焼き付けた生命の残りカスというか、残留思念の事を幽霊というのかもしれないと、自分なりの推測を立てて見たのだけれども、それを検証する術は思いつかない。
それにどうでも良いと思っている。
子供の頃は幽霊を見ると、親にそれを知らせたものだが、親はいつも笑って真剣に取り合ってくれなかった。
友達には言った事が無い、仲間外れにされるのが怖かったからだ。
子供の頃からずっと、僕は幽霊が見えても見えないフリを続けていた。
実際問題、見えて驚かされた事は有っても、得した事は一回も無かった。
高校生になった僕は、どの部活にも入るつもりは無かったけれど、部活に入らない生徒からも部活の運営費を徴収しているのだから、自分で払っているお金の分くらいは自分達で使わないか? という教師にあるまじき誘い文句に惹かれて、映画研究部に入部したのだった。
それに今後、就職にしても進学にしても、部活に入っているのといないのでは印象が違う、それも理由と言えば理由だった。
部員は同じ学年の顔見知りが6人だけ。
僕達が入らなければ、部が無くなっていたのは間違いない。
映画研究部とは名ばかりで、部の活動費でビデオ借りてきたり、映画を見に行ったり、文化祭には映画をずっと流しっぱなしだったりとか、やる気はほとんどない部活だった。
活動自体も気が向いたらで、少ない時は月に2回しか集まらない時もあった。
学校は新校舎と旧校舎があって、映画研究部などの人数の少ない部活が活動する部屋は、旧校舎に有った。
陰気臭い旧校舎は、あちこちにガタが来ていて、さすがに崩れたりはしないが皹が目立っていた、来年には取り壊される予定らしい。
いつも決まって映画研究部が活動しているのは旧校舎の、第一コンピュータールームだった。
コンピュータールームと言うと聞こえは良いが、本来そこに有るはずの40台近いパソコンは既に新校舎に移されており、そこには何も残されていない、一般的な家庭に置いてあるテレビより少し大きめのテレビが置いてあるだけだ、それでいつも借りてきた映画を見て、一応感想を形だけ話し合うのがいつもの活動だった。
その第一コンピュータールームで、僕はいつもその幽霊を見かけていた。
女の子の幽霊だった。
年齢は僕達と変わらないように見える、この学校の生徒だったのはその服装から分かる。
いつ行っても、その部屋に居る、もっとも部活動以外ではその部屋には入った事は無かったけれど。
部屋の隅に蹲るようにして、それでも視線だけはずっとこっちを見て、他の幽霊のように何かを呟いているのだ。
相変わらず何を言っているのか聞き取れないが、僕はその幽霊に珍しく興味を抱いた。
成仏という言葉は適切ではないが、何故消えないのか疑問に感じたのだ。
事故現場でも、1週間もすれば見えていた幽霊は消える、それなのに映画研究部が活動し始めてから最初の活動で見かけて、それから半年はずっと眼にしている。
これは一体どう言う事なのだろうか。
友達と他愛ない話を部室でしている時も、視線はその彼女に向けている時が有った、そのせいで「お前どこ見てんだよ〜」とか言われる事は有ったが、幽霊の話は一切しなかった。
顧問の岩本先生ならば、この部室に見える幽霊について何か知っているかもしれない、そう考えて僕は職員室ではなく、新校舎の現国準備室という部屋にいつもいる岩本先生を尋ねた、先生の担当は現代国語なのだ。
「先生、すいません。ちょっと聞きたいんですけど」
滅多に話しかけない僕の突然の訪問に少し驚きながらも、
「おう、どうした?」
気さくに対応した。
先生は30代の後半で、もう十年以上もこの学校にいる古株だった。
新人で赴任してから、一度も他の学校に移った事が無いのだ。
明るい雰囲気で、生徒の評判も良い。
「第一コンピュータールームなんですけど……、あそこって昔何か有りました?」
「何かって?」
「いや……、えと……、その……」
殺人事件とか、とは聞き辛い。
だが、部屋に幽霊が見えると言う事は間違いなくそうなのだ、いやいや、部屋で体調を崩してそのまま命を失ったという場合もあるか。
先生に聞くよりも、自分でネットなどでそういう話を探せばよかったと、僕は後悔していた。
「すいません、何でもないです」
僕は頭を下げて部屋を出ようとした。
その時。
「知っているのか?」
先生に唐突に問われた。
普段の気さくな先生の言葉とは違って、何か響きと雰囲気が冷たいような気がした。
突然の事で、その質問が何を知っているのかと言っているのか良く分からずに反射的に僕は。
「知っています」
そう言っていた。
「そうか……」
先生はそう呟くと、煙草に火をつけた。
「彼女とは何も無かったんだ」
先生のその言葉の意味が、僕は理解できなかった。
先生には幽霊が見えるはずがない、では何の話をしているのだろうか。
あ。
あの幽霊は、先生の関係者と言う事なのか?
まさか――
と僕は思った。
もしかして、あの部室で彼女を殺したのは先生?
そうだとしたらこの部屋で二人っきり、僕は先生を脅迫しているような状況と言う事か? そうだとしたら、口封じの危険だって……
いやいやいや。
発想が、2時間サスペンスのノリだ、そういう事態に遭遇する訳ないじゃないか。
でも――
先生は言葉を続ける。
「俺がこの学校を離れない理由はそれだよ、彼女との事が有って、他の学校じゃ受け入れて貰えなくてね、もっともクビにならないだけありがたいのかもしれないけどね」
その口調は、犯人が隠し続けてきた犯罪の事を話す口調ではなかった。
「すいません、先生。僕、あの……、実は詳しい事知らないんです」
僕は正直にそう言った。
「なんだ、昔の新聞でも見て知ったのかと思ったぞ」
「新聞に載った事が有るんですか?」
「ああ、新任若手教師、生徒と密愛。生徒は思い余り自殺、そんな内容の話がね」
僕は一瞬言葉を失っていた。
先生は言葉を続けた。
もう自分で話を始めた手前、僕がその事件について大した知識が無くとも、話しきろうと考えたのかもしれない。
そういう秘密は、誰かに言う事で気持ちが軽くなる、もちろんその話をする相手は多少は口が堅く、そして信頼できる人にだ、少なくともそういう相手として見られていた事を僕は少し嬉しく思った。
「よく相談には乗ってあげていたんだ、彼女は家庭に問題がある子でね、でも当時は若い男性教師が女生徒と放課後の一室で二人っきりで話し合う事が、他の連中からどう見えるか、考えた事が無かったんだ。若さのせい――と言えば聞こえは良いが、教師としては失格だ」
僅かに怒りが篭っているように感じた。
自分自身への怒りだろう。
「マスコミが来たんですか?」
「ああ来たよ、俺は停職になった、もっとも俺は否定し続けていたからね、何の非も無いのにクビになるのは嫌だったんだ、いや非が無いわけじゃないか……彼女の命を救えなかったんだから」
先生は悲しそうな瞳の色をしていた。
そんな眼をする大人を見たのは僕は初めてだった。
「もしかして、自殺した場所って……」
「今じゃ、第一コンピュータールームなんて名前になっているが、10年以上前は進路指導室だったんだ、あそこは、そこで彼女は手首を切った、彼女は電話をしてきた、手首を切った後にね、俺が駆けつけた時にはもう――」
僕は、その後の話ははっきりとは覚えていなかった。
それだけ滅多に聞く機会の無い、重い話だったからだ。
もちろん誰にも言うつもりは無かった。
僕はその話の中で一つ感じたのは、少なくとも先生にその気は無くとも、彼女は先生に気が有ったのではないかと思った。
そして、彼女が命を絶ったのは、恐らくマスコミやら世間に追求されたからではなく、関係を否定し続ける想い人を見ての事じゃないかと思った。
多感な思春期の少女だ、発作的にそういう事をする可能性もありえる、しかも家庭に救いを求められない場合なら特にそうだ。
確証はどこにも無いがかなりの確率でそうだと思う。
だとしたら、彼女が未だに残り続けているのは先生に対する激しい恨みからなのか?
僕は現国準備室を後にして、そのまま第一コンピュータールームに向かった。
今まではどういう言葉も聞こうと思った事は無いが、今ならあの幽霊の言葉が今なら聞ける気がしたからだ。
いた。
いつもと同じ場所にいる。
僕はその幽霊の言葉に耳を傾けた。
幽霊の口元に耳を当てた。
言葉ははっきりと聞こえた。
その言葉は、恨み言でもなければ、僕を道連れにしたいとか、そういう類の言葉ではなかった。
『先生、愛しているわ、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと……』
そう言っていたのか。
なぁんだ。
10年以上も色褪せず想い続けるその気持ちに、僕は感服していた。
彼女は来年取り壊されるこの校舎と共に消え去るだろう。
短編ですので。
この話はこれでおしまいです。
オチがついているのかどうか、そこのところの判断はお任せします。