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掌編小説

ケース2

作者: 斎藤康介

「それでは皆さま、拍手をお願い致します。おやそんな疲れた顔をしないで下さい。これでまだ一人目ですよ。まだまだ人は来られます」


 終わりのないストーリーがはじまる。ダラダラと退屈で必然性もオチのない話だ。

 誰もが自分と重ね合わせるけども誰のことでもない。

 そもそもこの世に存在しない人間(・・)などと自分をダブらせてどうするんだ? 暇つぶしにしてはまったく悪趣味だ。どいつもこいつも真面目な顔して画面を見つめてやがる。泣いてるやつも、知らず涎を垂らしているやつもいる。そういうやつは自分の顔を見てみればいい。人前に居ることを恥じるだろうぜ。


(哄笑)

(沈黙)


 次の人物がステージに上がった。


 ◇


『ケース2:横山麻衣』


 私はいつも笑うことを心掛けてきました。「笑う角に福来る」と言うのでしょうか。きっかけ祖母でした。祖母は生前からよく


「辛いことや嫌なことがあっても笑ってなさい。そうすれば楽しい思い出に変わるから」と言っていました。祖母が死ぬ瞬間に笑っていたのかは知りません。ただ棺に納まった祖母の顔は笑っていました。

 だから祖母の死を聞いてからも葬儀の最中も私は一切泣きませんでしたし、その後何度も祖母を思い出し悲しくなりましたが私は泣きませんでした。


 私は祖母の死に対して、一度も泣いたことはありません。母や姉はお祖母ちゃん子であったそんな私を見て心配していました。


 その後も悲しかったり辛い経験をたくさんしました。それが私の日常でした。そのために毎朝起きて顔を洗い、身支度を整え家を出ていくのではないかと錯覚してしまうほどです。

 そんな思いをするたびに私は笑っているため、周りの人たちは私が無理をしているのではないかと思い妙に同情的であったり奇異な目で見られたりしました。しかし、笑うことは私にはすっかり当たり前のことでした。私は泣く代りに笑い、悲しむべき所で笑い、愚痴を言う場面で笑い、怒るべき所で笑っていました。笑うということが全ての感情の表現方法なのです。

 けれどもやはり周りの人はそのことが理解できないようで、はじめは同情的であった人たちも次第に戸惑うようになりました。だがら私はたまに泣くべき所で泣き、怒るべき所で怒りました。それを見た人たちは安堵の顔を浮かべ、なかには

「君も人らし表情をするんだね」と態々(わざわざ)もっともらしく言ってくれる人もいました。その時の私は照れ笑いをしました。笑うべき所で笑ってやった(・・・)のです。相手はまるで学校の先生が自分の生徒を褒める時のような表情をしました。


 ◇


 笑うことに慣れるにつれ、私の中で感情の起伏が少なくなっていきました。それにともない記憶が曖昧になっていきます。結びつくもの、とっかかりが感情が均一になったせいでなくなり、記憶するべきことが手ですくった砂のように指の間から零れてしまうのです。

 身体(じぶん)の中で何かがパラパラと乾き、まるで心が砂丘のようでした。そうしているとやがて無味無臭無色の幾何学模様だけが見えるのです。

 そんな時、私は水を求めるように祖母の死について思います。

 私の中には、あの時流れるはずであった涙がいまも溜まっているのです。浩々と増えもせず減りもせず、流れなかったという理由でとどまり続ける涙の池。

 私は時々思うのです。この池で溺死してしまえばいいと。それが私にふさわしいと。『笑う』しかできない私は自分の最も大切であった感情に押しつぶされるのです。これはとても贅沢なことではないでしょうか? 自分に殺される。自殺でも他殺でもなく、しかしもっと崇高なこと……。


 そうすれば私は笑って死ねる気がするのです。


 ◇


「それでは皆さま、拍手をお願い致します。いやー良いお話でした。私なんか面白すぎてお腹がはち切れそうでしたよ。どうしたんですか? まだまだ人は来られますよ」



『ケース3:村上洋』


 泣く時は決まってトイレや押し入れみたいな狭くて暗い場所に駆け込んだ。

 泣くことは決して人に見られてはいけない、悟られてはいけない。他人に感づかれることは一種の禁忌(タブー)だった……

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