第六十一話
その時、ペインにはレフィーユが何かスイッチのようなモノを押したのが見えていた。
おそらく通信機が発信機の類だろうと思えたが、もう少しで彼女に対する包囲は完成しようとしていた。
助けや、応援を呼ぶにしても、本来なら、遅すぎる動作だったが…。
「治安とはなんだ?」
そんな事は構わずレフィーユはペインにこんな事を聞いて来た。
「地域、社会の秩序が保たれて穏やかな状態の事である。
そして、治安部とは何だ?」
「社会の秩序を守る組織、集団の事を指すだったな。
だったら、レフィーユ、お前は治安部のリーダーなんだろ。
私闘なんぞして、リーダーが秩序を乱していいと思っているのか?」
「ふっ、確かに、こんな事をしでかそうとすれば、私は止められてしまうだろう。
ユカリ、ガトウ、サイト、イワト…。
誰かが止めに入れるほど良い組織だ。
だが、ペイン、今回誰が一番傷ついたと思う?」
「あの初等部のガキか?」
レフィーユはゆっくりと首を振り、こう答えた。
「とある男の事だ。
その男はな、誰もやりたくもないような仕事をするような男なんだ」
「誰もやりたくないような仕事?」
「ふっ、例えば指名手配犯の食事と言えばわかるか?」
「あの食事係…」
ペインは黙り込み、レフィーユは白い手袋をはめながら言った。
「そして、お前が逃げた時も、良い働きをしてくれた。
聞き分けのない初等部をほぼ全員避難させる事に成功させ、機動力の確保のためにバイクまで配備してくれたのだから。
だが、現場には、二人が向かってしまった」
「ロウファ、ミクモ…だったな。
でも、仕方がない、これ以上無い働きだと思うぞ?」
「ミクモは死んだよ」
思わずペインは息を呑み込んだ。
「そして、あの時、確かにミクモなら、ロウファを止められると思っていた分、今、アイツは後悔している」
「そうか、ソイツは悪かったな…」
「今回の件で一番傷ついたのは、ロウファか、その食事係か…。
二人はお前に対し、様々な感情があるだろう、だが、この思いは全て『私闘』に繋がる」
「だから、お前が果たすってのか?」
黙ったままのペインをレフィーユは見据え、サーベルを作り出し、ペインに突き出した。
「当然、そんな事でリーダーが動く理由にはならん。
だが、その治安部のリーダーとは何だ。
学園のトップという表現なのか、それとも部員を指揮し、純粋に犯罪者を逮捕する事か?
…違うはずだ」
突きつけたまま、レフィーユはペインの意見を待っていた。
すると彼は手を叩いて、拍手をしていた。
「立派なモンだ。
アンタが、俺らの世代に一人でもいればよかったんだろうがな…」
ペインは右手を挙げる。
レフィーユは、いや、ここに取り囲んでいる誰もが感じ取った。
「でも、自分が正しいと思っているヤツに、何を教えてもどうにもならねえ事くらい知ってるだろ…?」
「ふっ、だが、そんな聞き分けのない初等部でも、見せなければならんだろう。
こんな勝手でも動く事が出来るのもリーダーの役目だとな!!」
振り下ろしたのが、合図だった。
まるで周囲の壁が倒れこむように、レフィーユに襲い掛かる。
しかし、次の瞬間、爆発が起こった。
「な、何だ!?」
ペインは天井に当たった資材を見上げていたが、その煙が、すぐさま誰がやったのかわかった。
「始めまして、スーパーペインさん。
そして、レフィーユさん。
随分と無茶しますね?」
そこではレフィーユは平然としていたのが、周囲の印象だった。
「ふっ、相変わらず派手に登場してくれる。
お前がここで登場するとは思わなかったが?」
魔導士はそのままペインをずっと見つめていたが、レフィーユに視線を戻して言う。
「予定が変わりましたでね」
「予定…?」
「見せてやらなればならないでしょう?」
それだけを言って闇の法衣が独特の膨れ上がり方を見せる。
ファミリー達に明らかに動揺が広がって行ったので周囲はざわめく。
「ほら、やっぱり…」
「裏切った…」
そんな中をレフィーユは何も言わず、身体を寄せていた。
不思議とペインには、まるで信頼している二人に見えていた。