第五十八話
翌日、レフィーユは帰ってきた。
誰しもが彼女の姿を見て、最初は安心したが、すぐに大勢の警察関係者が治安部の部室になだれ込んだ。
一時は騒ぎが起きようかとしたが、周りは何となく気付いていたらしく、あらかじめ整頓されていたスーパーペインの資料や、今までの報告資料の数々は、警察関係者に嫌味すら与えていた。
「それでは、ここに指揮権を警察に委ねる契約書にサインを…」
しかし、レフィーユが指揮権を委ねる契約書にサインをした時、治安部の面々は顔は曇り、イワトはセルフィにどういう事かと聞いて来た。
「これで、姉さん達、つまり、アンタ達はこの件にもう関与する事は出来ないという事よ」
「じゃ、じゃあ、もうファミリー達が町に悪さしてもほっとけ、ゆう事か?」
「ふん、自衛、防衛までは良いのよ。
ただ調べる事はやってはならないのよ」
「つまり、どういう事よ…?」
イワトには少し理解し辛かったのか、セルフィは顔をしかめていると、手続きを済ませたレフィーユが、この会話を聞いていたらしく説明をした。
「ふっ、イワト、今の私達は、スーパーペインの居場所が解らないというのが、今の現状だ。
そこを『調べる事が出来ない』という事は、探してはならないという事だ」
「ペインを追う手段も、無くなったという事ね。
当然、自分達の学園が捜査出来ないからって、私の方で調べてほしいなんて、子供の言い分もなしよ」
そう釘を刺して、セルフィはレフィーユに聞いてみた。
「それでどうするのよ?」
誰もが落胆ムードのそんな中、レフィーユは言った。
「騒ぐぞ」
「はあ?」
レフィーユの一言に、セルフィは思わず、そんな態度で聞き返したが…。
「信じられないわ…」
今日一日、つまり、この夜、ヨウが経営する中華料理屋でパーティを行われる事となった。
「ふっ、別に構わんだろう。
打ち上げを行えない治安部のリーダーは、たかが知れてる」
まるで先ほどの嫌悪感も嘘のように騒いでいる治安部員を、二人はカウンターで眺めていたが、セルフィは呟くように言った
「あの人も来ればよかったのに…」
「部屋にずっとこもっているらしいな?」
「らしいって、だいたい私が誘うんじゃなくて、姉さんが誘えばよかったのに?」
「ふっ、それで誘えるのなら、苦労はしないさ。
変なトコロで、ルールに守るような男だからな」
「ふん、そんなルール違反くらい見逃すっていうのにね。
ずっとこもっているわよ」
「ずっと部屋にか?」
「そうだけど?」
するとレフィーユの顔が少し曇る。
「…どうしたの?」
「…いや、何でもない」
少しレフィーユの態度が、セルフィは気になりもしたが、姉がこうなると自分の考えを明かさないのを、妹だからこそ知っていたので答えた。
「ふん、私は自分の姉が自棄で、騒ごうなんて思ったんじゃない事を、祈りたいわね」
そう言って、席を立つ態度はやはり納得が出来てないのが、解るのは姉だからこそだった。
「いい子ヨね。
姉さん心配して、なおかつ現状を見てるヨ」
するとヨウが話しかけてきた。
「ふっ、それゆえに融通の利かないあらわれでもある。
しかし、こんな事態だからというのに、良く承知してくれたな?」
「客が治安部だからね、馬鹿騒ぎしても守ってくれると考えた上ヨ」
「なるほど、さすが『陰陽殺』だな」
レフィーユはヨウにしか聞こえない音量で、そう聞くと、ヨウはゆっくりと答えた。
「懐かしい名前ネ、いつから気付いたネ?」
「ふっ、前から、どこかで見たことのあるような顔だと思っていたさ」
「じゃあ、見逃していたという事?」
「お前の娘は『ミィ』だったな、それに関わったのは『漆黒の魔道士』。
娘がいなくなり、そして、お前は名前を捨てた…。
私は、お前に何を言ってやれる?」
普段、陽気な中華料理屋の店主で通っているヨウは、明らかに黙り込んだのを見て、レフィーユは言った。
「…あくまで憶測だが、魔法使いを逃がす手伝いをしていたのは、お前だと私は思っている」
「そうネ、私がやってるネ」
「あっさりと認めるモノだな?」
「あくまで憶測、証拠が無いなら何でも言えるネ…。
全てを捨てて、ここに根を下ろした時、当時、逃げる事に手こずってる彼に協力したくなったネ」
そう言うと、ヨウはレフィーユが聞きたいことがわかったのだろう。
あくまで憶測と言って、あまりにもリアリティのある、一人の男の話をじっくり聞いていた。
そろそろパーティも終わりに近づく頃…。
突然、ヨウの目が鋭くなった。
かつて殺し屋の眼光に、緊張感を持ってその視線を追う。
すると、そこには『漆黒の魔道士』がこちらにゆっくりとやって来ていた。
「こんな事態だと言うのに、良くここまで騒げますね?」
「お前にソレを、言われたくないのう。
誰もわかっとるわ」
イワトがそう言うと、周りは掴みかかって来そうだったが、レフィーユがやって来る。
「ふっ、ここは白鳳学園の生徒の貸切なんだ。
部外者が口を挟む事はしないでもらおうか?」
レフィーユはいつも通りの態度で、肩を竦めているが、良く見ると、もう数名が、東方術で武器を作り出していた。
「怖いですね、私はコレを持ってきただけですよ」
「コレは?」
「貴方の追っているモノと言えばわかりますか?」
すると次の瞬間、突然、イワトに胸倉を掴まれてしまう。
「ふざけんなや、馬鹿にすんのもいい加減にせいや!!」
「イワト、よせ!!」
「お前、俺らがもう関われんけ、そう言っとんじゃろが!?
人を利用するだけ利用して、お前、何がしたいんじゃ!!」
イワトの正論に、すこし切なくなった。
誰もが、彼の動向を見守っていた。
「…貴方にはわからないでしょうね」
そんな中を、闇を使って胸倉を掴んだ手を離したが、イワトの足が上がり、蹴ろうとしたのだろう。
それを避けようとして、ペインの居場所などが入った資料が蹴飛ばされてしまった。
誰もがイワトのように屈辱だと感じているのだろうか、床に転がった資料を誰も拾おうとはしなかった。
「どうやら、私は、厄介払いされたようですね」
こうなるとレフィーユに軽く頭を下げて帰るしかなかった。
「待て…」
しかし、レフィーユはそんな中でただ一人、資料を広い集めながら呼び止めていた。
「どうせ、パーティも終わりだ。
お前も少し混ざったらどうだ?」