第四十九話
もう一つの橋まで、全力疾走するレフィーユを見ながら、ペインとそのファミリー達は驚きを隠せないでいた。
「見たか?」
「ああ、あの女、バイクで転げた時、防御本能を発動させやがった」
「バカな、車の横転もあったんだぞ。
かなりのストレスがあったはずだ。
普通は防御本能が発動する、余裕なんてあるワケがないだろう!?」
もはや動揺とも取れるファミリー達だったが、ペインは落ち着いて答えていた。
「どおりで魔法使いが手こずるワケだな。
元々、この橋までレフィーユを誘導、橋を爆破させてレフィーユを始末しようとするまではよかった。
だが、まさか俺達が身の安全のために、車の中に隠れた事に反応するとはな」
「それでもだ、防御本能は背中には効かない。無傷じゃないはずだ」
「治安部員が普段着ている上着ってのはな。
特に背中には衝撃を和らげる素材で出来てるんだ。
受け身もそれに対応した転がり方をしていたからな。
ダメージなんて無いと考えた方が良い」
ペインの解析に、さらに動揺したファミリー達はペインを掴み掛かった。
「どうすんだよ!!
アンタが人質なんて手放すから、もう手はないじゃないか!!」
「おいおい、落ち着けよ」
「うるさい、俺はアンタについて行けば良い思いが出来たから、付いてきたんだ!!」
「……」
「金、女、アンタを助けたのは、これからもコレに苦労しないからだ楽が出来るからだ!!」
「落ち着けって…」
「てめえだけ情に流されやがって、何が世話になったヤツがいるからだ!!」
追い詰められたと思ったのかファミリーが一人、怒りをペインにぶつけ始める。
「アンタは知らないかもしれないが、みんな思ってる事なんだよ!!」
しかし、ペインはずっと見つめてゆっくりと答えた。
「落ち着けよ…」
手の平からゆっくりと、相手の首元まで自分の東方術、多節鞭を作る。
ペインの異様な雰囲気に、あっという間に気圧されてしまった。
彼だけではない、周囲もペインの態度に黙り込む中、冷静だった幹部が聞いて来た。
「だが人質がいないのは、ちょっとまずい。
これから、どうする?」
「心配するなって…。
ここは、あのモンスター達と打ち合わせていた場所でもあるんだろう?」
「ああ、そうだが、俺たちの目論みもお前が全部バラしただろ。
みすみす自分の子供を危険な目に合わせるようなマネをすると思うのか?」
するとペインは何かに気付いたかのように、そこに一瞬、視線が行く、そして、確信をもって答えた。
「お前はモンスターペアレントを、よく知らねえようだな…」
ペインはワザとらしく、驚いたかのように視線が行った位置に声を上げた。
「誰だ、そこにいるのは?」
目の前に一人の子供が立っていた。
「そこまでだ、スーパーペイン!!」
「おや、どっかで見た事がある顔じゃないか?」
黄色い蛍光色が目立つ防護服を身に纏ったロウファを見ながらペインは、噴き出しながら行った。
「どこの地球防衛軍だ?」
「うるさい、大人しくするんだ!!
どこにも逃げられないぞ!?」
子供の威勢が響き、ファミリー達も少し呆れ顔でロウファを見ていた。
そんな中、ペインはキョロキョロと首を振って聞いて来た。
「こんな事、良く、あの食事係が許してくれたな?」
「食事係?」
「お前を連れてきた男だ。
あの男は、こういう事を許さないと睨んでいたんだがな?」
「アラバって人の事ですか、あの人はボク達の邪魔をする人です。
さっきこの活躍できる場を、みんなから奪って、そうやって自分に対するレフィーユさんの評価が上げてる人なんです」
初めて名前がわかったので、吟味するかのようにペインは頷いたが、薄々、気が付いていた事を聞いてみた。
「随分な言い方だな。
という事は、お前は『一人でやって来た』というのか?」
「そうだ」
その一言に、ファミリー達はペインを見つめ、彼自身も呆れながら、ロウファをみた。
まんまとロウファは自分の現状を暴露していたのだ。
このまま人数で潰せば、ロウファはあっという間に捕まってしまうだろう。
そんな事にも気付かないロウファは、粋がって十手を構えて答えた。
「さあ、もう逃げ場はないぞ?」
『捕まえよう』と、ファミリー達が向かい合って頷き、ロウファに迫る。
しかし…。
「どうして、そう思う?」
ペインは、じっと見つめて聞いて来たので、動きが止まった。
「ボクは、この時のために頑張ってきたんだ。
スーパーペイン。
今日、ここでお前を捕まえる。
それがボクの成果なんだ」
「成果…ね。
お前に俺が倒せると思うのか?」
「忘れたのか、お前には弱点があるんだぞ?」
ロウファの、この一言にペインは笑顔を見せて聞いていた。
「ほう、弱点?」
「そうだ、お前の東方術の付加能力は『痛み』を与える事だ。
ボクは痛みなんかに負けない。
それに耐える訓練は、戦闘訓練で培って来たんだ。
負ける要因なんか、あるもんか」
『さあ、観念しろ』と威勢良くロウファは身構える。
それに対してペインは、だらりと多節鞭を構えて、ファミリー達を下がれと合図を送っていた。
当然、ロウファはそれに気付かない。
だが…。
「いいぜ、掛かって来な」
左の手の平を上にして手招きをしながら、ペインは『じっ』と見ていた。
「わあああ!!」
飛び掛るロウファの間合いを図るように、後ろに下がり攻撃を受け止める。
「最初に言っておくが…。
あの男も、お前の付加能力を明かしてなんかねえ…」
「それがどうした!?」
答えの代わりに連続で攻撃を繰り出すロウファ、だが、ペインには余裕すら見られた。
「今、俺の心境の中には、こんな思いがある。
この東方術者は、何を仕出かすかわからない。
なんてな…。
ロウファ、今のお前が優位に立てるのは、そこだ」
武器で受け止め、時には避けて、防御本能を効かせた腕で攻撃を受け止める。
だが決して体勢は、崩れる事がない。
それをロウファは手が出せないと思ったのだろうか…。
「そうだ、怖いだろう。
訓練の成果だ。
お前はこんな子供に負けるんだ」
「そうか?」
ペインはロウファの右腕を掴んで投げる。
しかし、ロウファは呻きもしたが素早くペインの頭を蹴飛ばし、彼を仰け反らせた。
『ボクは痛みなんかに負けない』
先ほどのロウファが言ったとおりの反応を見せ、勝てると思ったのだろう、顔が興奮していた。
「じゃあ、お前に一つだけ、教えてやろう。
俺は、その優位を保ったまま、勝って来た男だ」
ペインはゆっくりと仰け反った姿勢から体勢を立て直す。
あまりにも異様な雰囲気に少しロウファは怯んだ。
そこに向かってペインが多節鞭を振り下ろした。
大振りという表現が相応しいほどの振り下ろし、それは受け止めるのが間に合うほどだった。
体格の違う相手の振り下ろしに対して、そのまま受け止めるんじゃなく、角度に注意して、受け流す…。
この時、ロウファの頭の中は習っている刀剣術のインストラクターの言葉でいっぱいだった。
しかし、ペインの攻撃を受けた瞬間。
脳の奥底が、ロウファの頭にある言葉を吹き飛ばした。
「うああ…あ…」
感電とは違う、純粋な『痛み』がロウファの身体中を駆け回っているのだろう。
ロウファは目を見開いて倒れたまま、しばらく動かなかった、ペインはしゃがみこんでロウファを見つめていた。
「なっちゃいないな…。
東方術は身体に当たらなければ作用しないとでも思ったのか?」
ロウファは一気に麻痺した自分の感覚を取り戻そうとする。
早くしないと攻撃が来る。
そう思ったからだろう、出来る限り素早く、半ば感覚を取り戻したトコロでペインが数を数えていた事に気が付きながら立ち上がる。
「33…34…。
35秒も掛かれば、現場では命取りだな」
「ずっと数を数えていたのか?」
「ああ、攻撃もしないでな」
ロウファの思考を読んだのか、にっとワザとらしくペインは笑っていた。