第四十一話
だが、事件はすぐ起きた。
「状況は、最悪だと思っていい…。
そうだ。
いつでも出れる様、準備を怠るな」
私は他の治安部に携帯で連絡を取っていると、イワトが頭をかきながら言った。
「まさか両親達をさらうとはのう」
イワトのいうとおり、ペインのファミリー達はロウファ達の母親がホテルに帰るバスを襲った。
この事態は想定していた、しかし、露骨に嫌気の差した精神状態で護衛の任務についたせいで、保護者達の誘拐を許してしまったのだ。
先ほどから、申し訳なさそうに治安部の三人が私を見たが、怪我を追うほどの猛攻だったのだろう。
頭を巻いていたタオルから血が滲んでいたのが痛々しかった。
気を使いながら治療を急がせていると、さすがに気になり始めたので少し考え込んでいると、その様子を見たイワトが聞いて来た。
「どしたんです?」
「いや、随分と連絡が遅いものだと思ってな」
「連絡が…遅い?」
「発覚から、かれこれ4時間もたつのに、連絡も一つも無い。
確かにこちらとしては待つしかないのは確かだが、それが気味が悪くてな」
「心理戦って、ヤツじゃないんですかね?
ワシは頭が悪いけど、あっちには魔法使いがおるんですから、それくらいやって来ると思いますよ?」
「ふっ、だが、もうすでに逆探知の準備まで許している。
ここまで長引かせるのは逆効果だ。
おそらく…心理戦の類ではないと踏んでもいいだろう」
それに彼はさっきまで一緒に湯船に浸かっていた男が、そんな事を企てるのにも無理がある話なのだが、考えた素振りを見せていたサイトは言った。
「まさか仲間割れとかしとんかな?」
「何で、そんなんするんよ?」
「いやな、あの魔法使い。
子供を襲うとか気に入らんの有名な話や。
ほら、一応、子供のお母さんやしな。
そんな関係で…」
「そんなモン、あんなんが守るわけないじゃろ。
第一、その子供を襲うのが気に入らんと言っとっても。
アイツ、前にロウファ達を襲っとったじゃろう?」
イワトとサイトが身勝手な話をし始める。
あの男は足止めをしていたというのに、ここまで言われるのも酷い話である。
そして、私が何か言おうとした時、タイミングを見計らったかのように…。
「連絡、来ました!!」
顔をしかめたくなる心理戦を仕掛けられているのだろうか、私は気持ちを入れ替えように激を飛ばす。
「逆探知…頼むぞ?」
すると現れたのは歪んだ声だった。
「すいません、お待たせいたしました」
「お前は誰だ?」
「魔法使い、と言えばわかりますか?」
感覚的と言えばいいのだろう、おそらく彼だろうとわかる感覚の中、減らず口で答える。
「ふっ、前にボイスチェンジャーで漆黒の魔道士と言われてた事があったのでな。
残念ながら、本人と確認が出来ないな」
「すいませんね、こちらとしては風呂上りなモノでして、ここにやって来るのにも時間が掛かったのですよ」
「ふっ、入浴剤の香りがして来そうだ」
「おや、匂って来ましたか?」
逆探知に必要な時間稼ぎだったが、二人しかわからない会話をする辺り本人なのだろう。
「しかし、両親たちを襲うとは、お前はもう少し常識を理解している人間だと思っていたがな?」
「いえ、私はルールは守ってはいますよ。
ですがファミリー、彼等からして見れば…。
『自分たちは、子供達を襲ってない。
だから両親達を拉致する事にした。
アンタのルールは違反しているのかもしれないが協力してくれ』
と、呼び出しをくらいましてね…」
『じろり』と受話器の奥から彼が睨みつけ、周囲が凍りついたのが聴覚で感じ取れた。
彼は気付いてないかも知れないが、あの風格で睨みつけられたらかなり怖い。
だが彼は少し咳き込んで言った。
「すいません、逆探知しているのはわかりますがね。
それは少し勘弁願えませんでしょうかね?」
「どういう事だ…?」
彼の口調から、そもそも緊張感が感じ取れたので、それを聞こうとした。
しかし…。
「レフィーユさん、気をつけてくださいね…」
一言だけ言って、連絡はそこで途切れた。
「逆探知は?」
そう聞くと、担当の部員は首を振る。
「どうしますか、緊急配備を敷きますか?」
「いや、そのままだ。
休ませられる人間だけ休ませておけ」
「じゃが、それでは何かあってから遅いですよ」
イワトが私に反論するので、聞いてみた。
「イワト、今回の誘拐の目的はお前でもわかっているな?」
「それはスーパーペインの釈放でしょう?」
「そうだ、ファミリー達は両親たちを誘拐して、この事態を引き起こした。
魔法使いのルール違反を犯しているかも知れないと自覚もあったというのにだ。
おそらく協力を打ち切って、脅迫をしようとしたのかも知れない。
だったら何故、あの男がワザワザ呼び出される必要がある?」
するとイワトは頭を掻いた。
どうやら彼は頭を使うのは苦手だったようで、率直に聞いて来た。
「一体、何が起きてるんですか?」
「わからん、だが魔法使いを呼び寄せないと不味い、何かが起きたのだろうな…」
そう言って私は、逆探知に使われるディスプレイを眺めていた。