第二十五話
闇の法衣とサーベルが絡み合う。
視線が交差して、お互いは小細工するより自分の得意な距離で戦おうと身体を押し込む。
レフィーユから離れないように、そうはさせないと彼女の攻撃を腕で受け止め、そのまま一歩踏み込んで打突、当たるか当たらないは気にせず放つ。
攻撃を小刻みに、武器のない自分にとって手数で勝負する得意なスタイル。
近寄れば近寄るほど有利になるが、一歩でも下がれば彼女の得意な距離になるので余裕はない。
レフィーユはそれほど強い。
横に回り、時には身体を捻って無理矢理だが、サーベルを振るう距離を作って応戦する一撃は、重くはないが鋭さを失っていなかった。
「す、すごい…」
ミクモが呟くしかない、こんなうねるような二人の攻防には手助けすら邪魔になる。
「レフィーユさん、距離をとって!!」
ロウファはまるでセコンドのように叫ぶ。
それは例によって得点稼ぎのように聞こえて来るが、実際、その通りだった。
武器を持った相手は密着して戦えば使いモノにならない。
と、昔から言われてるようだが、それは腕に覚えのない人間は試さないだろう。
武器を要する東方術者同士、遠距離が得意な西方術ならなおさら。
しかし武器を持たない自分にとって常勝手段だった。
「ふっ、そこで工夫が必要になる…」
するとレフィーユが、いつの間にやらサーベルをまるで忍者のように逆に構えて攻撃のスピードを上げた。
驚くのは自分だった、先ほどの彼女は攻撃していたとは言え『かろうじて』が付いていた。
しかし、今の彼女の攻撃の手数が格段に増えていたのだ。
武器としてのサーベルは防具と化して、時には攻撃の手段として、攻防一体の性質を帯び。
そして、とうとう潜り込まれ、サーベルを握られた拳で胸を真っ直ぐ突かれ、ふっ飛んでいた。
「すまんな、セオリーが通じない相手に対してどう対処すればいいのか教授中のモノでな」
あお向けの自分に、まるで何事もなかったかのようにレフィーユは話しかけて来る。
そのまま法衣に守られているとはいえ、少し痛みの走った胸に手を当てて、少し気になった。
「レフィーユさん、そんな突き、どこで習ったのですか?」
「ふっ、私の目の前に武器を持った相手に、勇敢にも素手で立ち向かう男がいるのでな。
真似させてもらったのさ」
ロウファが確保しよう近寄ろうとしたが、レフィーユは制するように言った。
「さて、狸寝入りはここまでだ。
レクチャーも済んだ事だ、そろそろ本気で掛かって来たらどうだ?」
一瞬で周囲が静まりかえった。
そんな中を構う事無く、レフィーユは地面に散らばった闇の法衣の残り火をサーベルに突き刺して拭うのを見ながら、上半身だけを起こして答えた。
「じゃあ、仕方ありませんね」
レフィーユは『ふっ』としたまま、サーベルを構えなおした。
「新技で…行きますか…」
「それは、楽しみだ…」
彼女が神経を尖らせていくのがわかった。
東方術者は付加能力という、厄介な能力があるのだ。
彼女の能力は『残像』、彼女の残像を見せて相手の攻撃を避け、完全に体勢を崩した相手に向けて重たい一撃を放つという。
シンプルなスタイルだが、実際、けん制代わりに闇を小さく放つと、残像は消えて、彼女の実際にいる距離を間違えてしまっているのだから、どれだけの犯罪者が餌食になったのかわかる。
今、見えている彼女も、もう残像だろう。
呼吸を整え、魔力を上げながら法衣を翻した。
「よいしょっと!!」
残像ごとなぎ払いに来たので、レフィーユは一旦、残像に隠れるのをやめ、飛び出てきた。
そこに飛び込み、今度は手だけではなく法衣を使って、彼女に襲い掛かる。
「ふっ、させるか!!」
今度は彼女の間合いで戦う羽目になる。
「構いませんよ!!」
出来るだけ接近、手刀がサーベルで受け止められようと、
放たれた法衣が切り裂かれ、腕でサーベルを攻撃を受け止めようとも…。
「はぁぁ!!」
軽快に距離を取って、飛び掛る彼女の間合いに…。
なるように一歩、踏み込んだ。
攻撃をするしかない、そんな動きになるように…。
一撃、二撃を避けられ、三撃目を強調するように攻撃を放とうとした時。
『憶測通り』の動きは止まった。
法衣を覆った、真っ黒な男が彼女に覆いかぶさるかのように殴りつける。
いつもの光景、いつもの常勝パターン。
彼女は残像に前のめった、法衣の男目掛けてサーベルを振り下ろす。
「なに!?」
叫んだのはレフィーユだった。
真っ二つに切り裂いた闇の法衣の中には誰もいなかったのだ。
次の瞬間、彼女の今まで叩き伏せてきた犯罪者の感情と、レフィーユの感情は同じようなモノだったのではないだろうかと思った。
構えを解かず、レフィーユをながめたまましばらく動かないでいた。
「…漆黒の魔道士も残像を使うとは聞いてないぞ?」
「ミラーというより、張りぼてですがね。
ぶっつけですが、中々、うまくいきましたね」
「ふっ、ぶっつけ本番でここまで出来たのだから、多用は禁止だが実戦投入にしても問題ないだろう」
すると周囲が騒がしくなりだして、レフィーユはゆっくり立ち上がると髪を整えるフリをして通信機を見せた。
「時間が来たようですね?」
「そのようだ」
するとロウファが、勢い良く前に出た。
「もう大人しく降伏しろ、お前は…」
「包囲されているとでも?」
ロウファの影が伸びて彼を、取り押さえ自分は呆れながら答えた。
「あの貴方は、レフィーユさんどれだけ不利な状況で戦っていたと思ったのですか?」
「ど、どういう事だ?」
「私にとっての最善策は人質を取る事なんですが?」
レフィーユは、じっと自分を見つめて捕縛されていたロウファに聞いていた。
「周囲が動けないでいた。
この男が人質を取る事くらいは想定できたはずだ。
ロウファ、どうして避難させなかった?」
しばらく黙り込む、おそらく母親から指示をもらおうとしたのだろうから、先に答えた。
「先に安全の確保、これはどんな事でも通ずるトコロがありますよね。
貴方の敗因は、それが出来なかった事でしょうが…。
さて、レフィーユさん、これで私を無事に帰さないといけなくなりましたね?」
捕縛したロウファを引き寄せた。
「う、うわ、放せ!!」
ロウファはもがくが拘束を強めた闇はもうビクともしない。
それを宙に浮かせて、レフィーユに見せているとロウファを見ながら言った。
「ふっ、私はお前を逃がさないといつ言った?」
「おや、逃がすとは珍しい事もありますね」
「その代わり、ロウファを放してもらおう。
これでも治安部の未来を担う若手だからな」
そう言って、髪をかき揚げサーベルを消したので、ロウファもゆっくり降ろされる事で理解したのだろう。
自分達の敗北を…。