第十話
かくしてパトロールは始まった。
「あ、あれ?」
そんな中、隣を歩いていたミクモが何かに気付いた。
「ど、どうして三組に別れて、始めないのですか?」
「そういえば日程表には、そう書かれてましたね。まあ、事情が事情ですから、全員でパトロールをする事にしたのですよ」
「そ、そうですか…」
明らかにミクモは安堵を浮かべたので、おかげで自分が年上のためか、つい冷やかしてしまう。
「おや、犯罪者の鎮圧とかしたかったのですか?」
「い、い、いえ、そんな…」
「そんな装備してますからね、さぞ、戦闘に特化しているのでしょうね」
「い、一応、用心のためでやってるワケで。
そ、それにここには漆黒の魔道士がいるって、ゆ、有名ですから」
それを聞くと、冷やかした自分が顔をしかめてしまう。
そんな自分の心境などわかるわけがなく、当然、ミクモが話す事は、これに限る。
「あ、あの…。
そ、その魔法使いって、世界で唯一の西方術を使うって、き、聞きますけど、や、闇とはどういうモノなのでしょうか?」
珍しい事を聞いてきたなと思った。
人は自分の事を始めて聞いた時に、こう聞くのが『普通』だからだ。
『ホントにソレは、闇だったのか?』
昔、レフィーユが初めて自分の事を聞いた時にしてもそうだった。
普通は見間違いを指摘してくるのだが、しかし、このミクモは、その先の事を聞いて来たのだ。
『そんな人がいるのだから、それはどの様なモノなのか?』
見た事がないのなら、確かめるのが普通なのに対し、ミクモは自分の存在を受け入れている事に目を丸くしていると、ミクモが自分に気が付いた。
「あ、あの、ど、どうかしました?」
「ああ、正直、私も一度、捕縛された事がありますが。
正直、あの『闇』をどう表現して良いのか、説明が難しいなと思いましてね。
こういう場合、セルフィさんが詳しいと思いますよ」
「アンタね、隣にいるからって、私に振らないでよ」
そう良いながらではあるが、セルフィは説明を始めた。
自分がそれを使うから仕方がないとは言えないが、自分でもわからない物体であるのは正直なトコロである。
火のような質感を伴っていても、燃え移る事もなく。
丸く球体を作って肌で擦ってみても、土のような砂の感触もなければ。
水のように染み込むワケでもないが、至近距離から声を発すると声が濁る。
ちなみにコレは、自室に篭り、初めての闇を一人で試した時の実験内容だが…。
今、思うと仕方がない事とはいえ、寂しい過去である…。
そして、セルフィの説明は、ほぼその通りの内容を話していた。
「つまり、あの闇に捕縛されたら脱出は不可能だという事だ」
そんな中を、いつの間にかレフィーユが割り込んできた。
「あら、姉さん、さすがに興味があるみたいね」
「ふっ、ヤツの凄さはそれだけではないだろうからな。
それを妹のお前は、どう思っているのか聞きたくてな」
いつの時点で話を聞いていたのか、レフィーユはそう言って自分を見つめる。
この視線の意味などまわりは理解出来ない中だろうが、ミクモは突然の彼女の登場に驚きながらも聞いて来た。
「そ、そんなに凄い人なんですか?」
「そうね、まず、あの法衣は私達の武器本来の切れ味のほとんどの攻撃を防ぐわ」
「こ、攻撃が効かない?」
「中身はどうなのかは、わかんないわよ。
でも真面目な話、刀剣類なら纏った腕で受け止めたりしてるし、防御本能が効かない後ろから、切りつけられて、ようやく『痛み』っていうダメージを追うくらいじゃないのかしら?
見た目に軟らかい布、でも頑丈な鎧。
そんなのを着込んで、アンタの前に出てくると思っても言いすぎじゃないわ」
もともと怖がらせるつもりで言ったのか、ミクモはその通り、緊張して固唾を呑んだ。
「そんなモノは別に怖くないと思います。
全員で、勇気を持って飛び掛かれば、漆黒の魔道士なんて恐るに足りません」
ロウファは相変わらず自信たっぷりに言うが、これには姉妹揃って呆れていた。
それは『わかってないわね』と、セルフィは心で呟いたのか、姉は『そのようだな』といわんばかりに。
「ふん、じゃあアンタ、今までみんなで勇気を持って飛び掛らなかったと思ってるの?
そんな集団戦法なんか、とうの昔に試して通じなかったから、『漆黒の魔道士』なのよ」
「お言葉ですが、そんな事を聞いたことがありません。
もう一度、勇気を持って、試してみるのがボクは最善の策だと思います!!」
「ふっ、ヤツの基本的な行動が夜だから、そう思っているかも知れんが。
残念ながら、その集団戦法を私は、あらゆるシチュエーションで試した。
そして唯一、覆した相手が、あの男だ」
「ふん、そうね。
私も、最初は逃げる事が目的だから、そういう戦法が効かないと思っていたわ。
でも毎度毎度、逃げられているのは評価に値するわね」
「ふっ、珍しく評価するのだな?」
「ふん、事実を言っているだけよ。
昼でも夜でも街中を逃げるなんて行為をすれば、普通はいづれ捕まるわよ」
「だが、捕まらん、あんなに派手なご登場をしてる割には、撤退時にまるで霧のように消えるんだ。
まるでホントに存在していたのか、いなかったのかのようにな。
私は『コレ』に潜り込んでいると踏んではいるのだが…」
そう言って、指を差したのはマンホールだった。
それにロウファは強気を取り戻す。
「でしたら、今度、事件が起きた時に緊急配備を心がけます!!」
「ふん、そんなのは模範解答よ。姉さんがそこまで予想してなかったと思うの?
なら…。
『そこまでして、どうして今まで捕まらなかったのか?』
そう聞かれたら、原因が違うからって言うしかないじゃない」
『おお…』と、周囲がセルフィの意見に聞き入っていた。
レフィーユは、そんな妹を感心するように微笑んでいた。
そうして自分に、こう聞いてきた。
「白昼堂々現われて、そこから逃げる手段として、私は地下に逃げる以外に考えつかなかったが、お前の意見が聞きたいのだが、アラバ、お前はどう思う?」
漆黒の魔道士、本人にこう聞いてくるのだから…。
「『私』に聞きますか…」
「『お前』に聞いてるんだ」
このやりとりの意味など周囲はわからないだろう。
「私も聞きたいわね。
この前だって、魔法使いとすれ違ったりしてるのだから。
アンタの意見くらいは参考にしたいわ」
セルフィは真剣に聞いてきた。
レフィーユにしても、ホントにわからないから聞いてきてる事がわかった。
「手を組んだ組織と協力しているのでは?」
するとセルフィに、こう言われるだろうと思った。
「模範解答ね…」