音-短編-
日常過ごしている中に潜む違和感。あなたならどうしますか?それではどうぞ。
音
―キーン
と耳鳴りがする。
家の近くの上空を飛行機が飛び去ったのか大きな音がする。夏休みの昼下がり、自分の部屋の机で宿題をしながらジュースを飲む。なかなかな小学生ライフを送っている。
―カラン
グラスに注いだオレンジジュースに氷を入れた。その氷が鳴った。コースターなるものをグラスの下に敷いておくと、こうしてグラスを置いた机の上に水が溜まることはないと聞いた。グラスを持ち上げて水滴がこぼれるさまを見ながら、そんな知識を思い浮かべる。
仕方ない。
ひと口飲む。
「うん、これ」
そうして水がたまったところにもう一度グラスを置いた。
ちゃんと、できる人を演出するために、夏休みの宿題も忘れない。
計算の宿題をいくつかこなした私はもう立派なOLクラスだ。
夏の思い出の作文の宿題で手が止まっていても、大丈夫。これが私なのだから。
ヒントのように書き方が載っている。
手順を沿って書き出してみる。
箇条書きなる簡潔なるもので思い出を書き出してみる。その文章に肉付けと言われる、修飾語などで飾りをつける。具体的な説明を増やす。するとどうだろうか、なかなか立派な文章になってきた。
消しゴムの消した時に出たカスを集めて、丸める。上手くまとまらずに、抑え込んだせいで反動で少し弾けた。
その書き出した文章を本番の場所に書いていく。その作業に対して妙な緊張感を感じて、喉が鳴る。
「はぁ」
余分な緊張を逃がすように息をはく。今度は息を吸って身体を落ち着かせた。
書いていく途中で文字を間違えた。
「あちゃ」
消しゴムで消す。上手く消えなくて、薄っすら残る感じがした。
「消えろー」
と言いながら集中して慎重に消し始めると、なんとか消えていった。
安心して、また息を整えてから書き始める。
―カラン
またグラスの氷が動いてなった。
順調に進んでいる宿題に満足している間に、どれくらい時間が経ったのか、突如、
―ゴロゴロピッシャーン!
と大きな音と共に、座っている椅子すら響いて揺れている感じがして、彼女の頭の中はすっかり驚いた顔をした鳥のようになっていた。
「ちょっと、あかり手伝ってー!」
母の呼ぶ声に我に返って、
「何ー?!」
と言いながら、素早くグラスのオレンジジュースをひと口飲むと、席を立って、母親のもとへ駆けだした。
その時だ。
―ドーン!
という大きな音が響いたかと思ったら、次に、
―ザー!!
という大粒の雨の音がなった。これで私は呼ばれたのかと考えながら母親のもとに辿り着いてみると、母親は洗濯物を取り込んでいる最中だった。
大粒の雨に濡れながら洗濯物をしかも大物のリビングに敷いていた大物を取り込んでいるところだった。
雨に濡れるのに構わずに、履物を履いて、母親のもとへ駆け寄る。
「あ、ありがとう。あっちのこっちに持ってこれる」
「どうしたの?」
「腰抜かしそうでもう、トイレも行きたいし」
「母さん」
困った顔した母親に困った声を掛ける。仕方がない。ここは長女の私が頑張らなくてわ。
言われた通りにもう片方の端のところをもって洗濯ばさみで挟んでいるのを外して母親の方へ引き寄せる。
―ゴロゴロ
まだ上空で雷が鳴っている。
「あぶない。とりあえず、母さん来れ運ぶから、あっちの洗濯物入れておいて」
「わかった」
一目散に指示された方へ向かい、洗濯物をハンガーごと回収して、リビングの床に置いていく。母親を探すと、こちらに向かって歩いていた。
「そんなに?!」
母親ともにずぶ濡れの敷物どうしよう。そう考えながら残りの洗濯物を取り込む。母親の様子を伺うと、どうにか敷物をもってリビングの床に置いているところだった。
また雷が、
―ゴロゴロピシャーン!!
と言って我々を驚かせていく。
母さんの顔を見ると、青ざめていた。
風邪をひくと思ったら、
「もう! 鳴らないでよ! 怖いんだから!」
と鳴きながら怒って、リビングに上がっていく。そして、私もリビングへ上がらせると、ガラス戸を閉めて、鼻息荒く言った。
「トイレ行ってくる!」
「う、うん。わかった」
部屋干しする時に使っている部屋がある。乾燥器の使って乾かすことができるものがあるが、そのサイズは上下大人二人分くらいのサイズしかカバーに入らないので使えない。 こういう時は、確か、
その部屋の物干し出来るようになっているのだが、洋服やタオルの洗濯物ならともかく、敷物は無理だ。どうしたらいいんだ?
「うちの洗濯機さんは乾燥機使えるんだっけ?」
説明書なるものがあるはずだが、そのありかが分からない。
トイレから出てきた母親に尋ねた。
「うちって乾燥機付きの洗濯機だったっけ?」
「そうだよ」
「じゃ、洋服やタオルは乾燥機行き?」
「そうだね。どうしようか」
母親の視線を右斜め上を向き始めた。徐々に口が開いたり、まゆげを寄せたりしていった。
「うん。敷物を乾燥機にかけて、洋服とかは、こっちの部屋の空調で乾かそうか」
「わかった」
「母さんが乾燥機かけてくるから」
「うん」
その声が終るか終わらないかのうちから動き出した私は、洗濯物を出来るだけ両手で持って、まずは洗濯物を移動させてから、この部屋の空調を稼働させて、干し始めた。
この一軒家に引っ越してきた当初は段ボールが置いてあった部屋だと言っていた。私がまだ幼稚園に通う前の幼い時には、この部屋で遊んだり寝起きしたりしていた。思い出の部屋である。今はすっかり、室内での洗濯物を乾燥させる部屋となった。幼い頃使っていたおもちゃ類は、弟たちも今よりも幼い頃に遊んでいたが、すっかり別のものに興味を持ち始めて今は片づけられて、整理されていてすっかりない。絵本はいくつか残した物の、こちらも整理して他の本に入れ替わっている。
「ふぅ」
ようやく洗濯物を半分干せた。
タオル類は速く置いていけるが、洋服はなんだか、一度綺麗に整えたくなって、時間がかかる。
洋服の洗濯物もまだ半分ある。大人の分は大きいし、自分の分も弟たちの分も数が合って、なかなか全部干し終わるまでにイライラした。
「はぁー」
大きなため息をはいた。息を詰めていたのだろうか。
深呼吸していると、空調の風が身体にあたって寒く感じた。
まだ濡れている身体を拭こう。乾いて畳んで置いてあるタオルを取りに行った時に、母親が乾燥機を回して睨んでいた。仁王立ちするその姿を弟たちが見たら、楽し気に笑い転げて、母親は怒りながらも弟たちの次にしなければならない行動を指示するだろう。
その様子が目に浮かぶようだった。
すると、玄関の扉を開けた弟たちが帰ってきた。笑い声が聞こえる。
嫌な予感がしてタオルを二人分もって玄関に行くと、びしょ濡れになった弟たちが玄関から上がってくるところだった。
「お帰り。タオル」
「俺、このままお風呂入る」
後ろに母親が到着していた。
「床濡れるでしょうが!」
と怒鳴っている。
それに構うことなくお風呂場へと向かう弟と私の手からタオルを受け取るもう一人の弟も続いてお風呂場へと向かった。
「はぁ」
「はぁ」
私と母親はため息をついて持っているタオルで揺れた床を拭いた。拭き終わったタオルを洗う前の洗濯物を入れる籠に入れに行くと、お風呂場では弟たちが楽しそうにお風呂に入って遊んでいた。恐らく水鉄砲のおもちゃを買ってもらったばかりなので、それで遊びながら入っているのだろう。
「洗いなよ」
と注意すると、
「分かってるよ、バーカ」
と返ってきた。元気な弟で結構だし、主席とかいう優秀さを持ち合わせていないことは確かなので黙っておく。
さっさと弟たちの着替えを置いて、私は私の部屋へ戻ろうとして、先ほどの母親の様子を思い出す。
リビングに行くと、キッチンに立っていた。
私と同じオレンジジュースが二人分グラスに注がれている。お菓子も置いてある。
「これ、運んでくれる?」
「じゃ、テーブルに置いておくよ」
「うん。お願い」
テーブルに置き終わった後に、母親に尋ねる。
「湿布とかそういうの貼る?」
「そうね。んー。でも」
「塗ったりは?」
「そっちにしようかな」
「うん、分かった」
塗り薬を取り出す。取り出して、母親の後ろに立ち、
「腰あたりに塗ればいいの?」
と尋ねると、指で塗って欲しい個所を示された。それに従い塗っていく。
「ありがとう」
母親の明るい笑顔にホッとしつつ、薬を元の場所に返して、それじゃと部屋に戻る。背中越しに、もう一度
「ありがとう」
と返ってきた。
雷はいつの間にか収まったのか音がしない。が、外は暗くなってきていて廊下が薄暗くなっていた。
階段を上がっていく途中で上を見ると誰かがこちらを覗き込んでいるように感じた。姿をはっきりとは見たわけではないのに、はっきりと小学生の私くらいの背丈の子供で男の子だということは分かった。なんていうのかそう感じた。
ハッとして、瞬きをした後に、気にしていない風を装って、上り続けて、登りきったところでは何もいるようには感じなかった。
「ふぅ」
階段を振り返って見ると、誰かが下りて行った後なのか、うっすらとした気配が階下へ辿り着いた処で姿が見えなくなったように思えた。
―バタンッ
「こらー! 扉は静かに開け閉めしなさい!」
と階下で弟と母親たちがいつもの調子で声を掛けている。
ため息をついた私は、自分の部屋へ戻った。
ジュースを手に取って飲むと、氷が解けて水の味がオレンジジュースと共に味わいをもたらした。眉を寄せるも、喉の渇きに、ごくごく飲み干す。
「あぁー」
父親がビールを飲んだ後にいうような声が出た。
そのことを自覚した私は、もうひとつ大人に近づいて嬉しいやら哀しいやら。
「まいっか」
と椅子に座って、気を取り直して宿題の続きを書き始める。しばらく経つと、ノックをする音が聞こえた。振り向かずに「どうした」と聞くと、弟のひとりが、
「お姉ちゃん。ジュース、お代わりあるって」
と言って笑っているようだった。
「ふーん、ありがとう。わかった」
そう返事をすると、部屋を後にして階下へ笑い声と共に下りて行った。
弟たちは双子で一応先にお風呂に入って行った方が兄だ。タオルを受け取ったのが弟。つまりその子がこの家の兄弟の三番目にあたる。
何とか書き上げた宿題を持ち上げて、見る。読み返しす。
「うーん。及第点くらいにはなったかなぁ」
そう言って宿題の終ったグループとして分けている山の方へ移動させる。ようやく半分おわったか。
カレンダーを見ると、父親のお盆休みが近づいていた。お盆の様子はこうなるんじゃないかという想像をしている内に、その楽しい流れに沿ってその後の数日過ごして、夏休みの残り二週間足らずでまだ残っている凡そ半分の宿題を終らせなければならない。
「由々しき事態だ」
夕方視たアニメの大人のセリフを言えた。
満足げな私は、そのモチベーションを保てるようにと、自分にとってまだ楽にできる問題を解くことに決めた。
「よしよし」
満足げに解いていく。読み仮名を答える問題の答えはすぐに書くことができたが、読み仮名から漢字を記入する問題は三つほど分からないものがあった。辞書を引いて確認していく。この辞書は母親が昔使っていたものだと言っていた。
全部書けたところで、テンションが上がって、椅子を下りて、踊り出す。
「やったぜ。自分のやめようかなぁの壁を越えてひとつ出来た!」
ひとりでだからできるこのノリ。弟たちに見られずに済んで安心した私は、出来上がった漢字の問題も宿題が済んだ方の山へ置いた。
明日もこの調子で乗り切ろう。そう思ってトイレに向かおうと思った私の頭に大人な声がかかる。
「寝る前までとは言わないから夕食後もひとつやふたつトライしてみたら」
誰だ。いやいつもの母親のこちらのやる気のあるうちにと声を掛けてきていた時のようなセリフだ。
「んーん。お母さんは下の階に居るはずなのに」
残りの宿題の山の量を見る。
ふぅ。仕方がない。挑んでみようではないか。
母親と弟たちと共に夕食を食べた後に、オレンジジュースを飲もうとして冷蔵庫を開けた。すると、そこにはオレンジジュースのパッケージはなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「お母さん、オレンジジュースまだもう一本あるんじゃないの?」
「え、なんで、あんたたちが一杯ずつ注いだので終っているはず」
「え」
弟たちの様子を見ると、こちらに構わずに楽しそうに夕食後のじゃれ合いをしている。
ん? どういうこと?
弟たちのもとへ行く。
「オレンジジュースまだ残ってるって言ってたよね?」
と尋ねると、
「は」や「え」と言って、から二人とも首を横に振った。
「知らない」とか「俺はもう飲んだからいい」とか返事が来た。
宿題していた時弟は声を掛けてきたはず。そのことを問うと、二人とも「知らない」と言って、楽しそうにテレビに動画を移して、ダンスを楽しんでいた。
「っていうか、食べた後によくそれだけ動けるなぁ」
と自分の口から母親のようなお小言が出てきた。ビックリした私は、
「いやだいやだ」
と言って、両手で両腕をさすりながら部屋へと戻り、着替えをもって来て、お風呂に入った。髪を洗い体を洗う。顔を洗い忘れて、ため息をつき、顔を洗い。お風呂に浸かる。
母親が来た。
「私も次入るから」
とのことだった。ゆっくりしてから上がって身体を拭いて、パジャマを着てから髪を乾かす。キッチンに寄ってから飲み物を用意して、部屋に飲み物を持って戻り、宿題を進める。
気が付いたら父親が部屋の扉のところからこちらを見ていた。
「こわいから。おかえり」
「ああ、お疲れ様」
「うん。お疲れ様」
「今から父さんごはんなんだが、一緒に居てくれるか?」
「いいよ」
「飲み物持って下りておいで」
「はーい」
ご飯を食べる父親の隣で今日の出来事を話しながらカロリーゼロのゼリーをヨーグルトとともに楽しむ。
弟たちへと向ける母親のお小言を聞く父親は実に楽しそうである。いつの日にだったか母親が言っていたが、「男というものはまったく」とぼやきたくなるほどな生き物なのだろうか。
父親が食べ終わったころ、母親が髪を乾かし終わって洗濯物が乾いたかチェックしていた。父親が母親へ言う。
「今日は濡れたんだし、空調タイマーかけておいて、明日たたみなよ。今日はもうゆっくりしな」
「あー、そうだよね。あーそうするかぁ」
「そうそう。たまには自分にお疲れ様しないとね」
「そうだね。そうする」
「お前も根詰め過ぎないようにして頑張るんだぞ」
とこちらへもエールを送ってきた。
「はーい」
食べ終わったお皿とコップを流しに置いて水に浸ける。
「おやすみなさい」
と言って、自分の部屋に戻るために、階段を上がったところで弟たち二人と出くわした。
「おやすみ」
二人同時に挨拶を伝えにわざわざやってきたのか。
「お、おやすみ」
「うん。きゃはは」
「おやすみ。お姉ちゃん」
二人は自分たちの部屋へ入って行った。
私も自分の部屋に入って、扉を閉める。
なんだったんだろう、あれ。
ベッドに入り薄れゆく意識の中で弟たちのような笑い声が聞こえてきたような気がした。
追わないのも日常の行動を意識して過ごすのも防衛だと思いませんか。子供だけに限った話ではないのではと、日々過ごす中で助けてくれる言葉や振る舞いに感謝して、今年も夏を乗り越えよう。いてくれてありがとうと自分はダメだと思っている自己肯定感の低い友などにもありがとうと感謝を贈る。




