第2話 面倒ごとはどうか楽に
【エルト視点】
ナシカ王女の傍付き──それが僕の一つの肩書だが、もう一つ大事な肩書がある。基本は王女の傍で護衛兼お世話係として働き、王女の許可を取るたびに一人、ここ、冒険者ギルドに立ち寄っている。
今はギルドマスターであるバーモンドのいるギルド長室のソファに座っている。対面のソファに名前からは想像もつかないほど普通の男といった見た目と体格のバーモンドが座っている。
さっきまで下の階の依頼受付所でどんな依頼があるのか見ていたのだが、なにか大事な用事があるからと呼び出された。さて、なんの用事があるのやら……。
「わかっていると思うが、エルト……君はこの国に三人しかいないSランク冒険者の一人だ」
冒険者には基本A~Eのランクで強い順にランク付けがされている。基準は本人の実戦における実力と依頼の達成率。たいていの冒険者はB~Eランク。
Aランク冒険者は全体の一割もいない。そんな中、稀にAランク冒険者の枠に収まらない実力を持った冒険者がいる。
例で言えば、一人で一万の軍勢を相手に勝利を収められるレベルの実力を持った化け物だ。国と冒険者ギルドの認定を受け、Sランク冒険者になった人間はこの国に三人。一人目は『虚構』のクルト。
異次元系統の能力を持つイケメンだ。二人目は『魔女』のトーレ。あらゆる魔法、魔術を極めたとされる長命の女性。そして三人目が僕。『絶勝』の異名で呼ばれるSランク冒険者だ。
「実はな、この国付近の村でドラゴンの目撃情報が入った」
「ウケる」
「全然ウケないっ」
面白いと思ったんだが……。バーモンドの顔は暗い。なにをそんなに思い悩む必要があるのか? 依頼でも出してそれなりの冒険者に調査でもさせればいいじゃないか。
「村人の証言によればそのドラゴンには首輪がついていたそうだ」
「首輪? ああ、そういうことか……」
バーモンドが心配している理由がわかった。通常ドラゴンにはもちろん首輪などはついていない。
そしてもちろん、ペットとしてただ買っている可能性はあまり考えられない。ドラゴンをペットとして買う人間が居れば、どんな変人なのか見て見たいぐらいだ。
まあ、それは置いておくとして……ペットではないのであればだ。ドラゴンの首輪は使役や奴隷化目的の魔道具である可能性が高い。
強制的に首輪をつけた相手を服従させる大変危険な魔道具だ。そしてこの魔道具には一つ欠陥がある。
それは首輪が破壊、もしくは外された場合、それまで服従を強制させられていたドラゴンの憎しみや悲しみ、復讐心を増幅させる効果が発動される。
もしドラゴンに首輪をつけたのが人間であれば、その怒りは人間に向けられることになる。バーモンドはそれを心配しているのだろう。
「そこでエルト、君にこのドラゴンの調査をして欲しい」
「無理」
「やれ」
「いやだ」
「やれっ」
僕とバーモンドの視線が絡み合う。僕が今日ここに来たのは楽に小遣いが稼げる依頼があるか確認するためだ。
なぜいきなりこんな重要そうな依頼を受けねばならないのか? それに僕には王女の傍付きとしての仕事もある。あまり国の外に出たくないのだが……。
「バーモンド……僕には王女の傍付きとしての重要な役目がある……それはわかっているはずだ」
「ああそれならもうナシカ王女様の許可は取った、だからお前に拒否権はない」
「いや僕の意思は?」
ちょっと待ってナシカ様……僕に断りもなくこの男に許可を出したんですか? 僕に一言声をかけてくれても良かったんじゃないですかね? 許せんバーモンド。きっとナシカ様の優しさに付け込んだんだ。
「確かに僕はSランク冒険者だけど、他にもあと二人いるだろ。クルトとトーレは?」
「クルトは水の国ミステリアに釣りをしに行ったきり帰ってこない」
「この国でも釣りはできるだろ……」
「トーレにもお前と同じように依頼を出そうとしたんだが……」
「どうなった?」
「そのドラゴンわたしのペットにするのも面白そうですね、ふふふ、だとよ」
「絶対二次被害出るだろそれ、トーレの奴、ヒュドラをペットとして飼っていたとき首輪をお遊び気分で外して放し飼いした後、近隣の森を燃やし尽くしかけて国王に怒られてただろ」
あの二人自由過ぎるだろ……。それで僕に話が来たと言うわけか。正直超絶めんどうだ。やりたくないったらやりたくない。なんで僕にこんな大仕事が舞い込んでくるのか。僕にも平和な時間が欲しい。
クルトの奴は呑気に外国で釣りをして、きっとトーレは魔法の研究に没頭しているんだろう。僕もなにか趣味でも見つけようかな? そんな感じで現実逃避していると、バーモンドが笑った。
「やってくれるな?」
「AかBランクレベルの冒険者じゃ駄目なのか? 別に調査だけなら僕じゃなくてもいいだろう」
「まだ、逃げるつもりか」
「ふ、僕はまだ諦めないぞ?」
バーモンドが頭をさすりながらどうしたものかとソファに背中を預ける。僕も自分の背中をソファに預けた。僕もバーモンドも問題ごとが起こると現実逃避したくなることがよくある。ああ、天井に染み一つないなあ~。
「なあエルト」
「なんだよバーモンド」
「もしこの国にドラゴンが飛んできたら……お前の頭上にドラゴンがいたら……その時は問答無用で討伐してくれるか?」
「お前、いろいろ面倒になってきてるな? もし本当にこの国にドラゴンが現れたら普通に僕は国王にチクるぞ?」
「そうだった……お前はそうだった……」
僕はチクり屋とも呼ばれる時がある。まあそう僕のことを呼ぶのはバーモンドとクルト、トーレの三人だけだが。僕は基本、人が困っている姿を見るのは別に好きでも嫌いでもない。どうでもいいと思っている。
だがこの三人は別だ。これまで散々僕を巻き込んで何かを起こし隠そうとして誰かがチクって国王に怒られるという流れを通算──まあ、数えてはいないが、結構な数経験した。
「試しにトーレにドラゴンをおびき寄せる香水でも作ってもらって城壁付近までドラゴンを呼び寄せてみるか?」
僕がそう提案する。
「お前も国の外まで歩くの面倒になってるな?」
「まあね……トーレに国ごと結界で覆って貰ってそのすきに僕がドラゴンを倒す」
「そして俺は誰よりも早くそれを国王に知らせる……」
……おい。
「お前、いいとこだけ持っていくつもりか? それだとあとから国王に報告する僕やトーレがフリじゃないか」
「じゃあ早いもん勝ちの勝負ってことで……」
「まあいいか……」
そんなわけで、ドラゴンおびき寄せて討伐する作戦が決まった。




