第1話 勇者招来の兆し
【エルト視点】
──勇者。
それはおとぎ話に出てくる伝説の存在。
異世界から来訪し、世界を危機から救うと言われ、昔から子供たちの読む絵本に使われる登場人物。
「それがどうかしましたか?」
僕──エルトは勇者などの伝説の存在を信じない。
目の前で目を輝かせて使い古されたような設定の話をするこの国、エーリューン王国の第一王女であらせられるナシカ・エーリューン王女が目を輝かせながら語る。
小一時間ほど聞かされている僕はちょっとうんざりしてきたのを隠しながら、内心ため息を吐く。
「わたしの話を聞いてましたか? 勇者ですよ勇者? ワクワクしてこないんですか?」
「あいにくと、僕は人生で刺激を求めていないので、そう言った話は……城下の子供たちとでもしてきたらどうですか?」
「さてはエルトさん、わたしの事子供だと馬鹿にしてますね?」
「いえ、十六になってもそう言う絵本を読むのも可愛いですよ?」
「それ完全に馬鹿にしてるじゃないですか!?」
いや、正直ほんとうに可愛いと思っているのだが……。純粋無垢な子供心を持ち続けるのは難しい。
今年で二十二歳になる僕だが、いろいろ世界の闇を見てきたからこういった純粋な心を持ったナシカ王女は綺麗で可愛らしく見える。
僕自身、冒険者ギルドの知り合いから「お前、自分で思っているよりかなり純粋で天然に見えるけどな……」と言われたことがあるが、自分ではその自覚はあまりない。その知り合いの名前はバーモンド。
ただの知り合いではなくギルドマスターである。
するとなにを思ったのかナシカ王女はムフフと笑い出す。
顔立ちがいくら整っているとはいえ、急に笑い出すのは気持ちが悪いですよ、王女様。
「王女様、キモいですよ」
「そう言った気持ちは心の中だけにしてください」
自分が笑っている自覚があったのかナシカ王女は胸に手を当て深呼吸して自分を落ちつかせ始める。
そして僕の目を見たあと、やはり口元が少しにやついていた。
「聞いて驚いてください……」
「わあ、すごいですね!」
「最後まで聞いてから驚いてください!?」
なにを聞いて驚けと言うのであろうか……。
もしかしてその年にもなっておねしょでもしたのかな?
だとしたら相当恥ずかしいだろう。
言わんでいい。
俺は両手で両耳を押さえた。
「ちょっとなに耳塞いでいるんですか! わたしの話を聞いてくださいよ!」
「いえ、僕は王女様の恥ずかしい話など聞きたくないので……」
「どこでわたしの恥ずかしい話になったんですか! 勇者の話の続きですよ!」
「まだ続くのか……」
「続きます。それで驚いて欲しいのは先日、神アリア様から信託が神官長あてに送られてきたんです」
「へー」
「それでなんとビックリ、勇者招来の天啓を受けたそうです!」
「そうですか」
「もお~! もっと驚いてくださいよ! なんですかそのどうでも良さそうなリアクションは!」
「いや……その……どうでもいいので……」
「言い訳するのを諦めないでくださいよ!」
だってほんと、どうでもいいんだもん。
僕はあまりそう言った伝説と言った展開に興味がない。
なんていうか、王女様のノリと言い、そう言った展開について行けないのだ。
主に心が。
へーそーどうでもいい~の三拍子そろってる。
「それにしても、今は平和なのにどうして勇者など来訪するのでしょうか?」
王女が腕を組み謎を追い求めている。
確かに不思議だ。
今の時代は平和そのもので戦争も魔物の侵攻もここ数百年起こっていない。
僕個人は伝説を信じないという信条を持っているがいったんそれは脇に置いて考える。伝説通りであれば勇者は世界を救済するために招来するものだ。
僕の考えすぎかもしれないが、なんだか世界が危険にさらされているから勇者が招来するのではなく、勇者を招来させる言い訳のため、危機が発生するという捉え方は捻くれ過ぎた解釈だろうか?
「まあ、なにか起こるんでしょうねえ」
「それがなにかがわからないから悩んでいるんです。勇者と会うのは楽しみですが、平和が脅かされる予兆でもあります。わたしはこの国の未来が心配です」
表情を暗くし少し肩をさすり始めた王女は綺麗だった。ここで国の将来を心配できるなら王女はやはり王女なのだろう。
僕は安心させるため王女のその頭を撫で繰り回すことにした。僕の手を抵抗することなく受け入れる王女。
少し髪がぼたついて気にするかどうか心配だったが文句は言われなかった。
「心配はいりませんよ」
「……そうですかね?」
「ええ、なんでもなるようになりますよ」
「適当なこと言ってますね……はあ、あなたを見てると心配しているわたしが馬鹿みたいじゃないですか」
「安心してください、王女様は賢い御方ですよ」
本当にこの王女は賢い。
これまで見たことがない発想で国の娯楽を増やしてきた。
美味しいパンの種類を増やし、どこからともなく持ってきたコメと言う食材をこの国の食文化に投入した。
他には見たことがない便利な魔道具を開発しこの国の利便性を向上させてきた。シャーペン、消しゴム、ホッチキスなどといった文具も開発し文官たちに褒められたり、ボードゲームと呼ばれる庶民でも遊べる遊具開発したりしてきた。
この国でナシカ王女の名前を知らない人間はほとんどいない。
それほどまでにこの王女がこの国に与えた影響は大きい。
「賢いって……わたしがどんな発想を披露してもあなたは少しも驚かないじゃないですか……」
「いや、僕って適応能力が高いんですよ。まあ、こういう発想があっても確かに面白いよね? みたいな感じです」
「わたしはあなたが驚くところを見て見たいです」
そう言っていたずらを思いついたように王女はにやっと笑った。
ああ、これは嫌な予感がするなあ。
そう思っていた通り、急に立ち上がったと思えば両手を広げ思いっ切り僕に抱き着いてきた。
僕は勢いそのまま後ろに倒れ、床に寝そべることになる。頭撃った……いてえ。
「あまり顔色変えませんね……」
僕の上に乗っかった王女が拗ねたように言う。
僕はどうしたものかと思った。
ここで普通に驚いたふりをすることはいくらでもできる。
ただそれは王女の純粋さを傷つけるような気がして……うん、やっぱやめた。
王女は僕の胸の片耳を当て心音を確かめ始めた。
「心拍……平常ですね……」
「なんかすいません」
すると部屋の扉が開き、そこに一人の少女が立っていた。
彼女は第二王女のサクラ様。
今年で十歳になる可愛らしい子だ。
「お姉ちゃん、なにしてるの?」
「こ、これはねサクラ……エルトさん! なんとか誤魔化して!」
僕は立ち上がりサクラ様のところに向かいその小さな頭をそっと撫でた。
「ナシカ様に襲われました」
「パパとママに報告してくる~!」
「ちょっと待ってくださいサクラ~!?」




