6・天駆ける地方公務員(1)
翌日。
仙台市太白区某所。正午過ぎ。
背後に丘陵が迫る住宅地はパトカーの赤色灯で騒然としていた。
規制線の外側にバンパーが大破している車が一台。
内側の路地な奥にも右側面が派手にへこんでいるもう一台が見える。
車両上にある電光表示機には「――駆除中につき立ち入り禁止」の文字が流れている。
道を塞ぐパトカーと少し違う車両が一台それらに混ざって止まっていた。
白と黒のカラーリングにパトライト。ベースのデザインは同じだが黒いラインの下に少し細いマゼンタのラインが入っている。
出没個体情報 一頭・成獣Ⅱ型
現在の状況・対応の概要
太白区○○町で走行中の軽自動車に接触。
乗車していた二名が負傷し救急搬送。
興奮状態の個体はさらに路肩に停まっていた乗用車に衝突。
ドライバー不在のため負傷者はなし。
逃亡した個体は三丁目X番地付近に留まっている。
周辺住民への注意喚起。該当地区の住民は自宅退避勧告済み。
周囲を取り囲む警官たちと似たような身なりの男が二人。その二人は警官から状況の確認をしている。
彼らは警察官ではない。
だが、警察官と同じ「地方公務員」である。
警察官が着用している濃紺の複数ポケットが付いている防刃ベストと似たようなものを着用しているがこちらは黒で防弾ベスト位の厚みがあり胸下には鮮やかなマゼンタのラインが施されている。
下に着ている半袖シャツもデザインは同じだが水色ではなく濃紺。袖にベストと同じマゼンタのライン。右袖のエンブレムは所謂「桜の代紋」ではなく同じような「旭日章」、その中央に立てた「剣」を施したデザイン。
警帽ではなく黒いサイクルヘルメットの様なものを被っており、腕には黒の肘当てにフィンガーレスグローブ。脚には同色の膝当を着用。夏にも関わらずブーツを履いている。
周囲にいる警察官より重装備だが腰のベルトに「拳銃」は携えていない。
代わりに伸縮式の「警棒」は両サイドに一本ずつ、計二本を装備。それと一緒に二十センチほどのナイフのようなものを打刀と脇差のように挿している。
一人はその中で一番背が高くがっしりとした身体つきをしている。凛々しく吊り上がった眉に三白眼だが少し下がった目元の色男――高野原家の長男、真斗だ。
もう一人は真斗と比べれば低いがそれでも一八〇センチ近くはある。彼よりも線は細いが半袖シャツから伸びる腕には引き締まった筋肉がついており「スポーツか格闘技の経験者」を思わせる。
年齢は三十代後半か四十体内前半。困ったように眉が下がっており一見温和に見えるが切れ長の目は鋭く吊り上がっておりなんとも言えない「胡散臭さ」も醸し出している。
対照的な顔立ちなので二人で並ぶと記憶に残りやすい。警官たちは初見ではないのでマゼンタのラインが入った車両から降りてきた姿を遠目で見た時点で「ああ、あの二人だ」とわかった。
一通り確認を済ませ警察と彼らは二手に別れそれぞれ配備につく。
「加瀬さんが高所シューティングに回るところ一度も見た事ないんですけど」
真斗が下がり眉の男ー加瀬に不服そうに言った。
「そりぁ狙撃全国トップクラスのお前と組んでりゃ出る幕ないもの。餅は餅屋的な?」
そう言うと加瀬は親指を立てて自分を指してニヤリと笑う。
「俺は「タイマン」の方が得意」
「知ってます。何度目ですかこのやり取り」
「何度目も何もお前の方から始めたんだろ」
加瀬は真斗の上司である。
家では長男で家長なのだが職場ではまだ若手だ。
誕生日は十二月なので現在は二十六歳。
十歳下の双子の姉弟から年齢より「老けてる」と言われる事があるが加瀬とのやり取りからは年相応の若者らしさが垣間見える。
「ほらほらさっさとバッターボックスに行け」
そう言うと彼はベンチから選手を送り出す監督さながら真斗の肩を叩いて押し出した。
一八九センチの大柄で厚みのある体格とこの装備の組み合わせの真斗の姿は確かに「バッターボックスに立つ野球選手」にも見えなくもない。
真斗に背を向けて自分の配置場所へ向かう加瀬は歩きながらベルトにさしていた警棒とナイフに手を掛ける。
それぞれのストラップに手を差し込み「西部劇のカウボーイが二丁拳銃を扱う」ように引き抜き、器用に半回転させ持ち手を掴んだ。右手にサバイバルナイフ、左手に警棒。
振り返って一本先の路地に入って行く彼の姿を見た真斗は「まったく……」と鼻を軽く鳴らし再び前に向かって歩き出した。
彼はそのまま路肩の電柱の元へ行き軽く助走をつけその下で飛び上がる。
手を伸ばし頭上の足場ボルトを掴み、そのままよじ登ってゆく。
ボルトをつたい変圧器の高さまで登り、左半身を電柱から離して後ろを振り返った。
六棟の民家の先に四階建て鉄筋造りの低層マンションが見える。その向こう側の路地に所謂「駆除対象」がいる。
マンションの屋上から「それ」を狙撃するのだが、そこには工事業者以外立ち入ることは出来ない。
最上階の外廊下からと言う手も使えない。
路地に面しているのはバルコニー。加えて管理人不在のオートロック物件である。
他に手段がないので「ここから飛んで」上空から屋上に「飛び降りて」到達し、任務を遂行するしかない。
古い住宅地なのでほとんどが築二十年を越えているように見える。手前は木造二階建てのアパート。三件目の屋根には太陽光発電のパネルがびっしり敷かれていた。
「足を着かずに三歩で行けるか……」
民家の屋根は極力踏みたくない。
九〇キロ近くある体重の自分が勢いを付けて屋根に飛び乗ったら穴が開く。
穴こそ開けてはいないが過去に大きめの「ヒビ」を入れてしまい本部にクレームが入ったことがあった。真斗はそれ以来民家の屋根に対して神経質になっている。
常に寄ってる眉間の皺をさらに深くして目視で距離を測る。
行ける、と確信すると彼は頭上の電線に注意を払い足場ボルトを蹴り電柱から身を離した。
斜め上方向、宙に飛び上がった身体はすぐに地面に引き込まれるように落下する。
地面まで二メートルを切った瞬間、彼の右爪先から旋風のような空気のうねりが巻き起こった。
その小さな竜巻の中に屈んだ両足が膝下まで沈み込む。真斗は頭上を走る電線の隙間を見上げ、そのまま足元の空気の渦を蹴って飛び上がった。
大柄な身体が住宅の屋根からさらに二メートル高い位置まで跳ね上がる。
彼は身を屈める体勢を取り、一軒目の木造アパートの上を飛び越えた。
万が一「失敗」した時の足場確保のため屋根の真上に進路を取った方が良いのだが、本当に屋根を踏むのが嫌なので民家の軒先と並走する位置に身体を向ける。
足元に張り巡らされた電線に注意を払う。
若干高度が下がり身体が二軒目民家の敷地に入ると、再び右の爪先から風の渦が発生した。
その渦を「三段跳び」の要領で右脚で蹴り前方に身体を押し出す。
まずは一歩。
二メートル程高さを確保した状態で屋根に発電パネルがある三軒目、四軒目を越え五軒目の軒先で再び風を蹴り宙を駆ける。
これで二歩。
軽々と六軒目を越え右手前方に四階建てのマンションが迫る。
真斗は身体を左手道路側に大きく逸らしそのまま落下する。
電柱から飛び降りた時と同じような高さで再度旋風が発生した。
落下の勢いを付け飛び込むと、彼の体は弓から離れた矢のように上空に放たれる。
大柄な体躯、身に纏った重い装備――それをもろともせず軽々と宙に跳ね上がった彼の身体はマンションの屋上よりもさらに高い位置まで浮上した。
予定通り三歩で目標到達。
真斗は落下しながら体勢を変え、マンションの屋上にあたる平らな陸屋根に膝をついて着地した。
テレビアンテナ以外なにもなく、フェンスもない。
外周を囲うのは雨水が漏れるのを防ぐパラペットと呼ばれる五◯センチほどの低い立ち上がり壁だ。
身を起こした真斗は真っ直ぐに前を見据える。
半袖の裾から覗く厚い筋に覆われた逞しい上腕。肘当てから伸びる血管が浮き出た前腕も同じように猛々しい。
腕や太い首元から、厚い防護ベストの下に隠れた胸板や背中も隆々としたものだと想像出来る。
屈強な上半身を支える、同じくらい屈強な長い脚で真斗は陸屋根を踏み締め駆除対象がいる路地側へと進む。
彼の雄偉な体つきは生まれ持ったものだが、中学から大学まで野球部に所属していたこともその仕上がりに影響している。
このマンションの屋根が加瀬が言っていた現在の真斗が立つ「バッターボックス」。
だがそこでする事を考えるとかなり違う。
どちらかと言えば――「ピッチャーマウンド」だ。




