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4・猫被り姫の長い午後(1)

 二人が玄関に着くと、向かいにある二階に上がる階段から自室にいた咲也(さくや)が降りて来た。

 左耳のピアスは外している。


 ダイニングと渡り廊下でつながっている離れから足早に歩いて来た真斗(まなと)が合流する。離れには彗斗(けいと)の他に真斗の自室もある。


 彼を呼びに行った茉莉花(まりか)はその大きな体の後ろに隠れるように立っていた。


 彗斗がサンダルを履いて土間に降り、引き戸を開けて大伯母(おおおば)たちを出迎えると家の空気が一気に変わる。


 そこには仏頂面の真斗や横柄な態度の咲也はおらず、物腰穏やかな美丈夫と麗しい笑顔の美少年がいた。

 愛想のスイッチが入った二人はまるで別人である。


 口数が少なくほぼ無表情の九郎(くろう)もいつもより背筋が伸び、所作に澱みがない。


 彗斗だけはいつも通りの明るく気さくな振る舞いを見せているが、普段よりも物言いが柔らかい。


 茉莉花はと言うと、目を泳がせ棒立ちのままでいた。

 

 自分にだけ台本を渡されないまま芝居が始まり、置き去りにされたような焦燥感。

 自宅なのに、こちらの方がよそ者だと感じる居心地の悪さ。


 いつになっても慣れないこの空気に茉莉花は一歩後ろに下がって俯いた。

 そんな彼女の横を真斗が通り過ぎ居間へ向かい、続いて彗斗が台所へ向かう。


「あらぁ、マリちゃん!」


 玄関から上がって来た大伯母が茉莉花の姿を見て顔をほころばせて言った。


 相変わらずめんこいねぇ。大人っぽくなったんじゃない?お正月以来だね。そのワンピース素敵ね良く似合ってるわ――などと伯従父(いとこおじ)伯従母(いとこおば)を含め三人から一斉に声をかけられ気圧された茉莉花は一瞬怯んだ。


 どうにか持ち直して彼女は「こんにちは」と小声で言いながらお辞儀をし、はにかみながら顔を上げる。


 先程まで咲也と言い合い、九郎に使い走りをさせ、真斗に揶揄(からか)うような物言いをしていたとは思えない「お淑やかなお嬢さん」的な佇まい。


 三人の親戚の後ろに立つ咲也が「また猫被ってやがる」と渋い顔をして彼女を見ていた。

 猫を被っているには違いないがそれは茉莉花は人見知りが激しいからである。


 普段の茉莉花は明るく強気でよく喋る。

 だが家族や打ち解けた人以外に対してはとたんに「借りて来た猫」のように大人しくなってしまい、無自覚で見た目通りの清楚で可憐な美少女に「弱体化」してしまうのだ。


 茉莉花は微笑んだまま軽く頭を下げ逃げるように彗斗がいる台所へ向かった。


 親戚三人は居間の続き間になっている隣の和室に入り右上にある神棚を拝み続いて奥にある神棚と同じ木目の祖霊舎(それいしゃ)を拝む。

 祖霊舎とは神道の「仏壇」にあたるものだ。


 居間に戻った伯従父(いとこおじ)がテレビに映る高校野球の中継を見て言う。


「七対七同点?どことどこだっけ?」

「大阪明倫と栄光大附属です」


 真斗(まなと)は座卓に置いてあるリモコンを手に取りボリュームを上げる。


 大伯母(おおおば)伯従母(いとこおば)も居間に戻り座卓に沿って並べられた座布団の上に腰を下ろす。

 咲也(さくや)九郎(くろう)は真斗の隣に並んで座った。


 彗斗(けいと)はグラスに注いだ麦茶を居間に運び、茉莉花(まりか)は台所でお茶受けの羊羹を切り分けて皿に乗せている。

 台所に戻って来た彗斗に羊羹と菓子用のフォークを運んでもらう。


 多めに買っていた墓前に供えていた物と同じ饅頭と個装になっているマドレーヌなどの焼菓子を漆塗りの菓子鉢に入れる。

 

 茉莉花は座卓の真ん中にそれを置くと彗斗から空になった盆を受け取り小声で「あとは私がやるから」と言いダイニングに戻った。


 親族の集まりで男は座って飲み食いしているのに女は台所に立って働かされている。

 よくある男女差別的な場面だが人見知りが激しい茉莉花にとってはその方が都合が良いと思っていた。


 滅多に会わない、よくわからない人たちの話相手をしなくて済むからだ。

 だから率先して動き回ってなるべく台所でひとりになれるようにしていた。

 呼ばれて居間に戻った時もすぐに席を立てるように下座に座る。


 前時代的な女の振る舞いをしながうまい具合に親戚たちの接待要員から外れるようにしているのだ。


 茉莉花は一息ついてからダイニングの椅子に掛けていたレモン柄のプリントが施されたエプロンを身につけてシンクに置きっぱなしになっていた椀や箸を洗う。

 

「ばあちゃん、大葉好き?」


 居間から咲也の声が聞こえて来た。

 爽やかで人懐こい、それでいて全く媚びを感じさせない無邪気な口ぶり。


 また始まったよ、ホスト営業――茉莉花は洗剤を泡立てたスポンジで箸を拭いながら、げんなりと溜め息を吐いた。


 台所にいる茉莉花からは見えないが、咲也は彼女の想像通りの振る舞いで場を回し始める。


「大葉?ああ、好きだけど?なんかあったのかい?」


 久々に顔を合わせた本家の可愛い次男坊から話を振られ、大伯母は思わず顔を綻ばせる。


「良かった〜。ちょっとばあちゃん()にも協力して欲しくて」


 願をかけるように手を合わせながら咲也は大伯母に微笑み事情を話す。

 

「俺、大葉好きでさぁ。無限に食べたいから去年鉢に植えて育てたんだけど、ほっといたらタネが地面に落ちてこの有様」


 咲也は座卓に手を掛け少し身を乗り出し、ガラス戸の向こう側の庭を指さす。

 物干し台の向こう側、約二メートルにわたり地面にこんもりと茂った緑蕪(りょくぶ)

 一見、勢いよく繁殖した雑草のように見えるが全て大葉だ。


 振り返ってそれを見た大伯母と伯従母は目を丸くした。

 

「植木鉢は軒下においとかなきゃダメじゃな〜い!大葉は直植えすると雑草以上に増えるんだから」


 伯従母が咲也の方に向き直り、呆れてもう笑うしかないと眉を下げつつ彼を咎めた。

 

「虫ついてない株から取って来っからさ、助けると思って持ってってよ。ちゃんと洗って、なんなら今日の晩飯で使う分の下拵(したごしら)えもしちゃう!」


 咲也はそう言って手を叩き白い歯を見せ鮮やかに微笑むと、真斗とテレビを見ながら野球談義をしていた伯従父に話を振った。


「ヤスおじさん(おんちゃん)、今日から当分三食プラス酒のアテはウチの大葉づくしだからね」


 一通り大葉の件を流し聞いていた彼は麦茶を一口飲み、上機嫌に笑った。


「なーにそんな毎日山盛り食ったら、手ぇ緑になるべや」

「なんねぇ、なんねぇって!なるんだったら俺全身緑になってっから!」


 一見澄ました美少年だが気取ったところがなく年少者らしく可愛げがあってノリも良い――女性陣だけでなく男性に対してもそつのない振る舞い。

 

 ジジババ特化型のホストだな――愛想を振りまく咲也の隣りに座り、ぼんやりとその様子を見ていた九郎も茉莉花と同じような事を思っていた。


 そんな九郎の心中も知らず、咲也は彼のTシャツの裾を引っ張っり「行くぞ」と目配せをし立ち上がった。

 思いがけず巻き込まれた九郎は少し眉を(しか)め困惑した様子だったが、彼に促されるまま渋々と腰を上げる。

 二人はそのまま居間から出て大葉を摘みに庭へと向かった。


 キラキラした美少年から愛想良くされたら女性陣だけでなく男性側の財布の紐も自然と緩む。


 そうして彼女たちが帰った後、こっそりせしめた小遣いを茉莉花と九郎に渡しながら「俺の手柄だ。感謝しろよ」と言うのだ。


 もう何度となく繰り返されて来たこのパターン。

 しかも今回は話し相手をしなくて済むようにちゃっかり離席する流れまで作った。


 あいつは要領が良いって言うかズル賢いんだって――やり取りを聞いていた茉莉花は心の中で毒付きながら人数分の取り皿と箸を居間へ運び座っている彗斗に渡す。


 ダイニングに戻り皿に盛った大葉とジャコの佃煮、胡瓜の浅漬け、根菜の煮物を盆に乗せ再び居間へ行く。

 この家ではお茶請けに菓子の他に漬物や煮物も出す。


 座卓に運んで来た物を並べていると伯従父が感心した面持ちで茉莉花に言った。


「この佃煮、茉莉花ちゃんが作ったの?」

「あ……はい」

「そーなの!大したもんでしょ?これ、例の取れすぎた大葉ね」


 上手く言葉を返せず口ごもる茉莉花に代わって彗斗が快活な笑顔で答える。


「お正月の時もだけど本当に何でも作れるのねぇ」

「また腕を上げたんじゃない?美味しいよこの煮物」


 大伯母は箸を置き茉莉花を見据えて満足そうに微笑みこう続けた。


「――これならいつでもお嫁に行けるわねぇ」


 その言葉を聞いた茉莉花は愛想笑いを浮かべたまま軽く頭を下げる。返す言葉が思い浮かばないので何も言わずにやり過ごすためそうしたのだが幸いそれは大伯母たちには「慎ましやかな」仕草に写った。


 羊羹が乗っていた空いた取り皿を回収して茉莉花は席を立って居間から静かに出て行く。

 台所のシンクに皿を置き、その蓋に手を付いて彼女は溜息を吐いた――またか、と。


 居間から伯従母と彗斗の会話が聞こえる。


「お嫁さんと言えば―今年も来たんでしょ?東京の懇親会の招待状」

「あー……来た来た」

「行ったの?」

「ううん、兄貴も私も仕事忙しくて」

「ええー?!行かなきゃ駄目じゃない!良い人見つけるチャンスなのに」

「そんなまだ早いってぇ。もう暫く遊ばせていただきます」

「ケイちゃんならもう行ったら引くて数多でしょぉ!」

「来年はマリちゃんと一緒に行きなさい」


 大伯母がそう言うとそれを聞いた伯従父が「さすがにそれはないだろう」と彼女をたしなめる。


「おい…茉莉花ちゃんはまだ高校生だろ…」

「こう言うのはね早ければ早い方がいいの。あんた達くらいだと並の男じゃ駄目。格上の相手じゃないと」

「そうそう!二人とも玉の輿狙って行かないと」

「私らの頃は東京や西の良家と会う機会がほとんどなかったからねぇ……兄さんやあんたたちの父さん、それから真斗君。男衆が頑張って昔は下に見られていた北の家の評価上げて来たんだから乗っかって行かないと」


 大伯母がそう言うと伯従母が続ける。


「せっかくお呼ばれされる家に生まれたんだから行っておかないと!」

「玉の輿ねぇ……」


 彗斗は半笑いで受け流した。


 茉莉花は台所に立ったままその話題が終わるのを待っていた。


 昨日も一昨日も別の親戚たちから同じ話題を持ちかけられた。今時ここまで露骨に若い娘に結婚相手を探せと捲し立てるなんて。


 彗斗は大学の看護学科を卒業してから市内の総合病院で看護師として働いている。「専門の技術」を持っているので一般の看護師より収入は多い方だ。勤務歴二年で現在二十四歳。今はまだ経験も積みたいので結婚する意思はない。


 その事を知っているにも関わらずこの扱い。


 挙句にまだ高校生の茉莉花に対しても「早く相手を探せ」と。


 昨日も一昨日も別の親族から同じようなことを言われ彼女はさすがにうんざりしていた。


 自分に関してはいっそのこと「全部」言ってしまったらどんなに楽だろう――まだ誰かはわからなが「お嫁さん」になる事は確定している。上手く行けば彼女たちが想像している以上の玉の輿に乗れるかもしれない。

 家の格も一気に上がる可能性もある。


 だが言ったら言ったでさらに厄介な事になるので今は黙っていた方がいい。


 茉莉花は流し台にもたれてため息を吐く。

 まだ居間に戻りたくはない。

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