3・witch in the living room
真斗は先程から黙って一連の騒ぎを受け流しその場に座っていた。
テレビに映る高校野球を見ていて、試合展開が動く度に箸が止まっていた。この試合は派手な打撃戦だったので食べるスピードが自然と遅くなり一番最後に昼食を終えたところだった。
テレビから目を逸らすと不貞腐れた顔で洗濯物を畳む茉莉花がいる。彼は一息吐き座卓に手を掛け腰を上げた。
俯いて膝に置いたタオルを畳んでいるとシーツを掴む大きな手が視界に入り茉莉花は顔を上げる。
そこには目の前に身を屈めて膝をついて座る真斗の姿があった。
「これ、俺のシーツだよな?持って行く」
そう言ってシーツを引き寄せ右脇に置くとまだ畳んでいないタオルに手を伸ばし畳み始める。
「畳んだのは風呂場に持っていけばいいんだな?」
「うん。ありがと」
気が利くじゃん。そう思った茉莉花は途端に機嫌が良くなる。
「今や兄さんよりあいつの方が「昭和の男」だよ。今度何とか言ってやって」
「咲也も俺も平成生まれだ」
「そうじゃなくていくらやらせても雑だし内心家の事は女がやるって固定観念が染み付いているってこと」
一通り家のことはやってたつもりだがそんなに酷かったか?と真斗は顔を顰めた。
茉莉花は眉間に皺を寄せ畳んだタオルをまとめる真斗の姿を見てニヤリと笑う。
「しかし兄さんマメになったよねぇ…やっぱり結婚前提の彼女が出来ると変わるもんだ」
「うるさい」
側から見れば茉莉花と咲也は「人形の様な美男美女の双子」なのだが途中合流とはいえ家族として共に暮らしている真斗の目には「バタバタ動き回っている生意気な二匹のキャバリア」にしか見えない。
シーツと畳んだタオルを抱え真斗は立ち上がり居間から出て行く。茉莉花はニヤニヤと笑ったままその大きな背中を見送った。
入れ替わるように白のスキッパーシャツに着替えた彗斗が居間に戻って来た。右手にタバコとライターを握っている。
「今のうちに一服しとく」
「ごゆっくり。こっちも一休みしてから片付けるわ」
茉莉花は隣に立つ彗斗を見上げ、足を伸ばして後ろに手を付く。
そこへ庭で洗濯バサミを拾っていた九郎が走って来てガラス戸を開けて二人に「来た」と言った。
無表情だが少し焦った様子で居間から視線を敷地の外の方向に移すとそちらに向かって軽く会釈をした。
すると彼のすぐ後ろ、コンクリート舗装のアプローチをシルバーのステーションワゴンがゆっくりと母屋の前を横切り奥のガレージの方へ走って行く。
乗車しているのは三人。
父方の祖父の兄弟の一人とその息子夫婦――彗斗が「浜のばあさん」と呼んでいた大伯母と伯従父、伯従母だ。
やっぱり来た――彗斗と茉莉花が顔を見合わせる。
茉莉花は立ち上がりすぐさま居間から出て自室にいる真斗と咲也を呼びに行った。
九郎は縁側に上がる前に沓脱石の横に置いてある空き缶を縁の下に隠す。外で煙草を吸う時に使っている彗斗の灰皿だ。親戚には喫煙者である事を隠しているので見つかるとまずい。
「サンキュー!気がきくねぇ」
それを見た彗斗は歯を見せて笑い彼を労う。
縁側に上がった九郎は何をすればいいのかと落ち着かない様子で辺りを見回す。
九郎が敷居を跨いで居間に入ろうとしたところ彗斗は彼に向かって手をかざし「待て」と制する。
指示通り踏み出した足を縁側に戻し九郎はその場にとどまった。
「――ちゃっちゃと済ませるよ」
彗斗はそう言うと不敵に微笑んだ。
巻いた艶やかな黒髪が風がないのにふわりと揺らめく。
彼女は座卓の上に左手を翳し左側へ強く振り払う。
置きっぱなしになっていた茉莉花と真斗が食べていた弁当のプラ容器と空になった椀と箸が左側、ダイニングの方へ吸い込まれるように飛んで行きその先にある台所のシンクの中に収まった。
続いて払った左手を額の横に翳すと台所からダイニングを経由して布巾が飛んで来る。
彼女はそれをキャッチすると右手に握っていたタバコとライターをダイニングへ投げた。カウンターの下にある茶箪笥の引き出しが開きタバコとライターが巣に戻る燕のようにその中へ入った。
踊るように伸ばした右腕を水平にスライドさせるとその先にある襖が開く。
続いて肘を手前に曲げると開いた襖の向こう――続き間の右奥にある押入れの戸が開く音がした。
同じように腕を動かすと押入れの中からしまっていた来客用の座布団が居間へ飛び込んで来た。
座布団はあっという間に座卓の前に等間隔に並ぶ。
その間、約十五秒ほど。
彗斗は一息吐いてから左手に持っていた布巾で手早く座卓を拭く。
拭き終えた後、その布巾をダイニングの方に投げた。布巾はそのまま台所へ戻って行く。
先程の咲也と同じような能力。
それ以外に部屋の配置や家具の位置を頭の中で正確に把握する――空間認識能力と記憶力の高さもなければこうは出来ない。
頭の中、一体どうなってるんだ。
縁側に立ったまま一連の流れを見ていた九郎はそう思っていた。
彗斗は顔を上げ、ぼんやりとこちらを見ている彼に向かって「入ってよし」と手招きをする。
外を見るとガレージの前に車を停めた大伯母たちがアプローチを歩き玄関に向かっている姿が目に入った。
室内にいる彗斗と九郎に気付き、上機嫌そうに手を振りゆっくりと視界を横切って行く。
彗斗は笑ってそれに応じて手を振り、九郎は二回軽く頭を下げる。
「盆の来客、最終戦ってとこだな……行くぞ」
彼女たちを見送った後、彗斗は面倒臭そうに髪を掻きながら九郎を引き連れ玄関へ向った。




