6・emergency「緊急祓除」(10)
【仙台市泉区・高野原家(屋外)】
岡田は離れで待機している家人の女性に祓除を終えたことを伝えていた。
通話をしながらヨモツと揉み合った際に捲れた庭土を脚で踏み均している。
松森は先程ヨモツを剥がすときに力を吹き込み「道具」として使っていた雑草を拾い集めていた。
雑草とは言え外から持ち込んだ物を現場に置きっぱなしには出来ないので全て回収して持ち帰り、後で捨てるようにしている。
「軒にぶつかることもなかったし、ガラスに傷もない。高野原が帰ったら感心するんじゃないか?あの時より成長したって」
通話を終えた岡田は一息吐いてから身を屈め草を拾っている松森に言った。
「だといいですねぇ」
少しはにかみながら岡田にそう返すと松森は立ち上り、拾った雑草を入れたビニール袋をポケットに入れた。
彼女が入隊し現場に出て間もない頃、ガラス窓に張り付いた二メートル程のムカデ型ヨモツを剥がそうと先程と同じように「鹿屋野」系の力を使った。
だが経験不足もあり力の調整を誤り、ヨモツの剥がしは成功したがガラスを割りサッシも折り曲げてしまった。
その時現場に同行していたのが先輩の真斗だった。
撤収後、車内で肩を落とす松森に彼はこう言った。
「人的被害は避けることが出来たし物損なら大体保険で何とかなる。俺も昔体当たりしたヨモツごと駐車中の車に衝突して全壊させ、勢いで信号機までへし折ったこともあった。次に気を付ければいい」
――ミスからの破壊エピ、レベ違過ぎんな……。
松森は肝を冷やし恐る恐る横目で運転席に座る真斗を見る。落ち着いた表情をしているが、その静かな佇まいは爪を隠した「化け物」を思わせた。
高野原真斗は高身長で端正な顔立ちの「色男」で天津の良家の「若き家長」だ。
彼が松森の同期の女子隊員や一般職員の女子たちの前に現れると場が薄っすら色めき立つ。
彼女も初めは薄っすら「イケメンだな」と年相応に浮ついた感情を抱いていたが、それはすぐに消えた。
――この人、めっちゃコワい……。
松森は真斗に対し畏怖の念を抱いていた。
当たりが強いとか物言いがキツいのではない。
強い祓除能力を持っているが、彼は「力を出す」ことではなく「力を抑えている」方に注力している。
祓除の能力は生きているものを傷つけることはないが、その衝撃は周囲の無機物を破壊する威力がある。
獣撃隊の隊員は常に周りに配慮し「力を出し過ぎない」ようにしているが、松森には真斗が出さずに抑えている力の質量が桁違いのように思えた。
天津人の中でも能力が高い者たちが多い獣撃隊の中でも彼はかなり異質。
松森も能力に自信があり入隊したが、こんな能力の底が見えない天津人に遭遇したのは生まれて初めてだ。
自分の中に流れる天津の血がこの男は「ヤバい」と騒ついた。
「調整を誤ると区画ごとふっ飛ばすんじゃね?」
二期上の福室はそう言っていた。
「高野原君は中に化け物飼ってるようなものだから」
十二歳上の同性の先輩である明石も同じように彼を評している。
得体の知れない化け物が懸命に人間を守っている――松森は真斗に対しそんな畏れと尊敬の意を併せ持っていた。
自身の破壊神エピソードに引いた様子の松森に気付いていないのか、表情を変えず真斗は続けてこう言った。
「松森は器用だ。力の調整が課題だが、それをクリアしたら欠かせない戦力になる」
そんな怖くて強い先輩からの言葉は松森の励みになった。
ガラスや壁に傷を付けずヨモツを剥がす腕前は訓練と場数をこなすことで着実に上げていった。今となっては一番の得意分野だ。
松森が真斗と組んでいたのは半年ほどだったので、真斗は彼女の成長ぶりを他の隊員から聞いていたが間近で見ることはなかった。
傷一つないガラス戸を見て、それを実感してもらえる――自宅が現場になってしまった真斗にとっては災難だが、松森はそれが少し嬉しかった。
その時、ガラス戸の内側にある障子がゆっくりと開いた。
松森と岡田が視線を向けると障子の向こうから一人の少女が現れた。
磨かれた装飾品を思わせる琥珀色の瞳。花も恥じらうような可憐な顔立ち。薄っすら光を纏ったような白い肌。
栗色で緩くウェーブがかかったロングヘアーに黒いカチューシャを付けている。
身に纏っているのは黒い襟が付いたベージュのワンピース。
タックでウエストを絞った品のあるデザインで清楚な風貌の彼女によく似合っていた。
怯えた様子はない。背筋を伸ばし、少し固い表情でヨモツが張り付いていたガラス戸を見据える。
庭に立つ二人に気付き彼らに軽く会釈をすると、彼女は再び奥の座敷に入り障子を閉めてその身を隠した。
少女の姿を見た松森はこう思った。
――お姫様。
ウェーブのかかったロングヘアーや優雅に裾が波打つミモレ丈のワンピースが「海外アニメのプリンセス」を彷彿とさせた。
ヨモツを駆除したら家の中から「囚われのお姫様」が出て来た――お互い似たような事を思ったのか松森と岡田は互いに顔を見合わせる。
この娘が通報者で、高野原真斗の妹か。
「……あまり似てないですよね?」
「ああ……でも確かに高野原の妹って感じだな」
目の前に現れた真斗の妹らしき少女の風貌には彼を感じさせるものが全くない。
二人とも美形だがそれぞれ原材料が違うように見えた。
しかし凛とした佇まいや通話での冷静な受け答えから、実直で泰然自若な真斗と似た気質だと伺える。
その少女は少し間を置いてから左手にある玄関から、庭先に立つ岡田と松森の元に小走りで駆け寄って来た。
ガラス戸越しに見えた彼女はショーケースの中の人形のように見えたが、陽が差す庭先に現れたその姿は瑞々しい花のように生気に満ちていた。
「迅速なご対応、ありがとうございました」
彼らの前で立ち止まった少女は緊張した面持ちでそう言い、深々と頭を下げる。
一呼吸置き彼女がゆっくりと顔を上げた時、木立を優しく撫でるような微風が庭を吹き抜けた。
佇まいだけではなく髪やワンピースの裾が風で靡く様もたおやかで、二人は思わず見入ってしまった。
「獣撃隊の岡田です。こちらは松森。祓除処置が完了したので確認をお願いします」
「高野原です。よろしくお願いします」
彼女に対して気になることは多々あるが、岡田と松森はいつも通り祓除後の対応に掛かる。
松森と並んでガラス戸の前に立った少女は、剥離処置やその後の祓除処置までの説明に真剣に耳を傾けていた。
物干し台の前で彼女たちの様子を見ている岡田の背後から一匹のアゲハ蝶が飛んで来た。
現場に来た時にはいなかったが辺りを見回すと数匹の蝶が飛んでいる。
先程までは見なかったのに少女が庭に出て来たタイミングで現れた――まるで彼女を待っていたかのように。
ガラス戸の前で少女は松森から事後処理についての説明を受けている。
「――ガラスに付いたヨモツの粘液は本体が祓除されれば一緒に消えますが、気になる場合は水拭きして下さい」
「禊ぎですね」
「はい。面倒な場合はコップで水をかけるだけでも大丈夫です。禊ぎはご自宅の方でしていただくようになってます。強制ではないのでするしないの判断はお任せしています。やらなくても特に問題はないです」
「やった方が気持ち的にも良いので……塩も撒いておきます」
「そう、塩も。気持ち的に」
「気持ち的に」
松森は現在二十一歳。少女は――真斗の妹だとしたら現在高校二年生だと聞いている。
年齢が比較的近い同性と言うこともあってか彼女は緊張を解いた様子で、時折笑みを浮かべながら松森の説明に応じていた。
一通り説明を終え二人は岡田の前に戻って来た。
プライバシーが関わることなので少し迷ったが、岡田は真斗の妹と思われる少女に尋ねる。
「……つかぬことを聞くけど、獣撃隊の高野原真斗君のご家族だよね?」
「はい、高野原茉莉花です。兄がお世話になってます」
彼女――高野原茉莉花は再び畏った表情で頭を下げる。
「泉区で同じ名字だからもしかしたらって思ったら……さすが彼の妹さんだね。若いのに冷静で通報後の対応もしっかりしてた」
「ありがとうございます……でも色々至らないところが多いので、兄にはいつも口うるさく――」
口うるさく言われている――そう言いかけ、彼女は慌てて両手で口を押さえた。
岡田の人当たりの良さに安心したのか気が緩み、思っていたことを素直に口にしてしまったようだ。
「高野原士長、お家では口うるさいんですね」
彼女の言葉を聞いた松森も思わず笑って口を滑らせ、ハッとした後に肩を竦める。
「あのヨモツは大き過ぎて素人の手に負えそうになかったので……身内の帰りを待つか通報するか迷ったのですが……本当に助かりました。ありがとうございます」
岡田と松森に対しあらためて礼を言うと、茉莉花はまた深々と頭を下げた。
「通報して大正解。いくら天津でも訓練を受けていないとあの大きさはキツいし、特殊な個体だから緊急性も高かった」
「……緊急性」
「時限型暴発種って奴でね、あと少し通報が遅かったら暴れてガラスを割って中へ侵入していた――腹の中に雷線があったって言ってたよね?」
「はい」
「体内の雷線をエネルギーにして貯めているんだ。満タンになったら人も物も見境なく攻撃して来る。小さな異変でも、通報した時に躊躇なく伝えたことは正しかったよ」
「そうなんですか……あの時伝えておいて良かったです」
岡田の話を聞いた茉莉花は少し驚いた後、深く息を吐きながら胸を撫で下ろした。
彼女の素直な反応を見た岡田は、真斗が下の妹について触れられることを避けている理由がわかった気がした。
――これは隠したがる訳だ。
しっかり躾けられた礼儀正しいお嬢さんだが、この見た目で素直な性格。放っておいたら変な「虫」が付きそうだ。そりゃぁ「箱」に入れて厳重に保護しないと。
連絡先などが書かれた用紙を一枚手渡し、岡田と松森は彼女に一瞥し現場を後にする。
茉莉花は小走りで玄関に行きポケットから鍵を出して戸を施錠し、「表までお送りします」と二人の前に回り敷地の外へと先導した。
木漏れ日がさすアプローチを歩いていると庭にいた蝶が一匹、茉莉花を後を追いかけるように飛んで来た。
松森の目に映った彼女の姿はまるで「森の中で身分を隠して暮らしているお姫様」――そんな感じの童話をモチーフにした海外アニメがあった。
そのアニメのように木陰から小鳥やリスまで出て来そうだなと松森は思った。




