2・美貌の双子のよくある諍(いさか)い
五人を乗せたミニバンはアスファルト舗装の道から右折し、門柱の間を抜ける。
その先に伸びるのは車一台通れる幅のコンクリートで舗装された長いアプローチ。
頭上にはトンネルのように木々の枝葉が生い茂っている。木漏れ日を受けながら進むと視界が開け居住スペースに入る。
左側に母屋、その奥に増築された離れ、右側に庭があり、その奥には納屋を改築したガレージがある。
真斗は自分以外のきょうだいたちを降車させるため、玄関の前で一旦ブレーキを踏み車を止めた。
咲也は先に茉莉花を車から降ろし、ドアを開けたまま後ろを振り返る。
背もたれに手を掛け身を乗り出し、シートに横たわって寝ている九郎の肩を叩く。
「おい、着いたぞ」
二回叩いても反応がないので、こめかみを数回叩く。
さすがに鬱陶しく感じ目を覚ました九郎は、アラームを止めるように咲也の腕を軽く払い身を起こした。
「――着いた」
九郎は顔にかかった長い前髪を掻き上げて呟くと、すぐに身を起こして枕にしていた荷物を手に取る。
寝起きはかなり良い方だ。
降車した四人は鍵を開け母屋に入った。
一階にある和室の居間に集まり、唐木の座卓の上に先程買って来た弁当を取り出して並べている。
ガレージから戻った真斗が遅れて座敷に入ると、座卓の前に座っている茉莉花が「兄さんのこれね」と置いてある焼肉の弁当を指さした。
彗斗と咲也の前にある「冷たい肉蕎麦」と「冷やし中華」を見て、冷たい麺類の方が良かったなと真斗は思った。
しかし任せた手前、そんなことは言えないので黙っていた。
真斗と同じものを渡されていた九郎も麺類の方が良かったと思ったが、熟睡していて買い物に同行しなかったので彼も何も言わずに黙っている。
そんな二人の本音を知らぬまま、茉莉花は立ち上がって台所へ向かう。
ヤカンに水を入れガスコンロの上に置き火を付けた。
弁当だけでなく汁物も欲しいところだが、一から作る余裕は無さそうなので湯を沸かしストックしていたフリーズドライの味噌汁を用意することにした。
続いて冷蔵庫を開き中を覗き込む。
昨日の夕飯で少し残ったおかずも片付けたいので冷蔵庫から取り出す。トマトのマリネとブロッコリーと卵のサラダ。買ってきた弁当だけでは野菜不足なので丁度いい。
台所仕事は普段から茉莉花が仕切っている。
だが彼女の役割は「料理を作る」まで。配膳や後片付けは他の兄弟たちがやることになっている。
用意された味噌汁と箸は台所からそれぞれ自分で持って行く。食べ終えた後の食器は自分で流しまで持って行く。食器洗いは当番者がやる。使い捨ての容器は自分で分別して捨てる。
完全な「上げ膳据え膳」にはさせていない。ある程度自分のことは自分でやらせる――そう言う方針だ。
今日の昼食は出来合いの弁当で洗う食器も少ないので使った箸や椀は自分で洗ってもらう。
食事をするのは朝食以外は和室の居間。真ん中にある座卓を囲んで全員が揃ってからそれぞれのペースで食べ始める。
「やっぱこの格好はマズいよなぁ」
彗斗が箸を置いて着ている丈が短いオフショルダーのトップスの裾をつまむ。
「あぁ……確かに年寄りウケは悪いかも」
彗斗の予想通り親戚が来たらこの肩が剥き出しの露出度が高い服に対して嫌な突っ込みが入るなと茉莉花も思った。
「年寄りから見たらアバズレが着る服だもんな」
先に弁当を食べ終わった咲也はそう言って立ち上がり空の容器と椀と箸を持って台所へ向かう。
「アバズレってあんた、そこはセクシーとか刺激が強いとかって言いなさいよ」
茉莉花は彼の物言いを咎めたが言われた彗斗は特に気に留めていない。
茉莉花が「清楚系」なら彗斗は「セクシー系」の美女だ。昔からよく二人は「似てない美人姉妹」と言われて来た。腹違いの姉妹だから似てないのも無理はない。
茉莉花の容貌が「花のかんばせ」なら彗斗は「星のかんばせ」とでも言ったところか。
太陽などの恒星のように自ら光り輝く、強さを伴う美しさを持っている。
「オジ様目線だとどエロいだろうから着替えて来るか」
「どエロいって……」
彗斗の口からさらに露骨な言葉が出て茉莉花は困惑した。
食べ終えてからプラ容器と自分が使った箸と腕、サラダとマリネが入っていた空のタッパーを持ってを彗斗は席を立った。台所で手早くそれらを洗い、そのまま渡り廊下で繋がっている自室がある離れへ向かう。
九郎も弁当を食べ終え静かに立ち上がり片付けに取り掛かった。
座卓を囲んでいるのは茉莉花と真斗だけになった。
向かい側にあるテレビから流れているのは高校野球の中継。
この時間帯は特に見たい番組がないので野球が好きな真斗に合わせての選局だ。
茉莉花は野球に興味はない。加えて真斗とは十歳年が離れている。仲が悪い訳ではないが共通の話題もないので二人の間には会話がなく彼女は黙々と弁当を食べていた。
最後の一口を食べ終えた茉莉花は座ったまま振り返り外に干してある洗濯物を見る。朝早くから干しているのでもう乾いているだろう。来客を想定すると今のうちにに取り込んだ方が良さそうだなと思った。
視線を移すと縁側に置かれているビーズクッションに身を沈めてスマホを見ている咲也の姿が目に入った。
彼女は身を捩って彼に向かって言った。
「咲也、洗濯物取り込んで」
「何で俺なんだよ」
「あんたが一番外に近い。こっちは片付けとか色々あるんだから。それにお墓で手桶返すの私にやらせたじゃん。少しはちゃんと手伝って」
「お前が勝手に引き受けたんだろ……ったくまたこのクソ暑い外に出ろってか?」
「別に「出なくてもいいから」さっさとやって」
文句を言う咲也に背を向け茉莉花は素っ気なく言った。
何を偉そうに、頼むなら言い方ってもんがあるだろ。
咲也はそう思いつつ渋々立ち上がりスマホをビーズクッションの上に放り投げる。
双子の茉莉花とは同じ顔で背丈も同じくらいだが十七歳となった今は体つきに男女の差が出ている。
立ち上がった彼の身体つきは茉莉花より首周りが太く、手足は細いが筋や骨格は男性的で決して華奢ではない。
体幹がしっかりしているので立ち姿は小柄でも堂々としている。足のサイズも咲也の方が大きいし手の指も骨張っている。
だが顔立ちは茉莉花と同じ「美少女」のそれで肌も雪のように白い。
中性的とは少し違う、男と女が混在したキメラのような風貌で黙っていれば女の茉莉花より色気を感じさせる不思議な佇まいを持つ。
咲也は縁側のガラス戸を開く。蒸せかえるような外気が入って来て思わず顔を顰めた。
「……俺は便利屋か」
そう呟くと庭の奥にある物干し台に並んで干されたシーツやバスタオルを見据える。
彼の琥珀色の目は鋭い刃のような輝きを持つ。少し吊り上げた眉や引き締まった口元が勇ましい――可憐な顔立ちだがその表情は紛れもない「男」のもの。
庭先の物干し台に向け咲也は右腕を伸ばした。
左方向にゆっくりとスライドさせ掌を一番端にあるシーツに重ねると、そこでぐっと拳を握る。
拳から金色の火花が弾け、それと同時に庭の洗濯物を留めていた洗濯バサミが一斉に外れて地面に落ちた。
咲也は拳を握ったまま手綱を操るように腕を引き勢いよく振り下ろす。
するとシーツやタオルがまるで彼に引き寄せられたかのように勢いよく開いたガラス戸から室内に飛び込んで来て座敷に座っていた茉莉花の背中や頭に次々と当たって落ちる。
不意を突かれて小さく悲鳴を上げた茉莉花を見て咲也は鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
茉莉花は頭に被さったバスタオルを振り払い彼を睨む。
一仕事終えたとガラス戸を閉め、ビーズクッションに置かれたスマホを手に取り咲也は茉莉花の前を横切って居間から出て行く。
「ちょっと!取り込んだら畳むまでやって!」
「畳めとは言ってねぇだろ」
「取り込んだら畳むまでがワンセット!あと洗濯バサミ落ちたまま!」
茉莉花は洗濯物と庭を指差して捲し立てたがすでに咲也の姿はない。
入れちがうようにダイニングの方から九郎が入って来た。
散らばった洗濯物の間に座る茉莉花の後ろ姿が目に入った。
二人が言い合う声が聞こえていたので何となくこの状況を把握していたが、これはまずい。
察した九郎は引き返そうと思ったが先に彼の気配を感じた茉莉花が振り返る。
「……洗濯バサミ拾って来て」
険しく顔を顰めたままの茉莉花は九郎を見上げて言った。
「何で俺が……」と彼は思ったが言い返したら絶対に面倒なことになる。九郎は何も言わずにガラス戸を開け沓脱石の上にあるサンダルを足に引っ掛けて庭に出た。
九郎は何度となくこの双子の諍いのとばっちりを食っている。二人の気性から下手に口答えしたら倍以上返ってくるので余程のことではない限り黙って従うようにしていた。過去に何度か痛い目にあっている。




