1・On the way home
高野原家のきょうだいたちが乗るミニバンは住宅地を抜け中央分離帯がある片側二車線の幹線道路に入る。
車窓から見えるのは全国チェーンの飲食店やカーディーラーなどロードサイド店が立ち並ぶよくある「郊外の風景」だ。
「兄貴、中山のイノン寄って。お昼ご飯買うから」
助手席に座る彗斗が隣でハンドルを握る真斗に言った。
「えー!外で食うんじゃねぇの?」
昼食が外食からスーパーの惣菜に格下げになったことに対し、咲也は不満気に声を上げた。
「浜のばあさんたち、今日来ると思う。いや絶対来る――あそこはいっつもアポなしでしれーっと来んの。呑気に外で飯食ってる時間ない」
彗斗は気だるそうに髪を掻きながら咲也にそう返した。
「こっちからアポ取っとけよ」
「無駄無駄、それに今日兄貴いるじゃん?なんかわかんないけど兄貴いる時に来る率高いんだよ。だから間違いなく今日来る」
茉莉花は林檎を食べ切りタッパーの蓋を閉める。
彼女も外食をする予定だと思っていたから「格下げ」に不満だった。
「せっかくだし、スーパーのお弁当よりお店のテイクアウトがいいなぁ……CMしてた塩レモンの肉うどんが食べたい」
惣菜や弁当だと味気ないので、せめて飲食店で作った出来立てのものが良いと茉莉花は「少しましな」方向に持っていこうと試みる。
「今の時間だとテイクアウトも混んでるからまた今度ね」
彗斗からあっさりとした口調で嗜められ、茉莉花と咲也は同じ顔に同じ落胆の色を滲ませ「がっかり」と同じタイミングでシートにもたれた。
真斗は無言のまま彗斗に言われた通り、この先にあるスーパーが入っているショッピングモールに向かい車を走らせていた。
盆休みの最終日なので渋滞こそしていないが、それなりに車両の通行量が多い。
数分後に到着したショッピングモールの駐車場も満車までは行かないが、それなりにスペースが埋まっていた。
駐車場に停車したミニバンから彗斗と双子たちがドアを開けて外へ出る。
真斗は買い物は三人に任せると言い車内に留まっていた。
その間にカーナビをテレビに切り替えて高校野球でも見ているのだろう。
三列目のシートにいる九郎は荷物を枕にして完全に寝ている。
走行中に左折した際、眠ったままシートに倒れ込んだが目を覚ますことはなく横になったままだ。
店舗に向い先に歩き出した女子二人の後ろで咲也が車の方を振り返った。
「九郎起こさねぇの?」
「ガチ寝してんじゃん。偏食のあんたと違って、適当に買って来ても九郎と兄さんは出されたものは文句言わずに何でも食べんの」
茉莉花は歩みを止めずそう返した。
駐車場の右手側、店舗のすぐ隣に巨大な観音像が見える。
ありふれた郊外の風景に縮尺を無視して雑に貼り付けたような不自然な佇まい。
この巨大観音は定期的にネットでバズっている。
緊急時に変形するとか目からビームを出すとか。「仙台のラスボス」などとも言われているが、地元の住民にとっては完全に日常風景の一つ。
駐車場を歩く三人も特に気に留めない様子だ。
彼女たちは店舗内に入ると真っ直ぐ食品フロアの惣菜コーナーに向かい、昼食の弁当を選ぶ。
「朝ヨーグルトだけだったから、がっつりしたの食べたいな……」
パスタやサラダを選びそうな「いかにも女子」と言った風貌の茉莉花が手に取ったのは、ずっしりとした焼肉の弁当だった。
可憐な見た目に反し、気分によっては躊躇なく男子並みに「がっつり」食べる。
「兄さんと九郎も同じのでいいか」
男子だしやっぱお肉だよね、と茉莉花は同じ弁当を三つカゴに入れた。
「牛乳まだあったっけ?買っとく?」
彗斗は選んだ「冷たい肉蕎麦」を茉莉花が持つカゴに入れながら尋ねる。
「明日の分まだあるし、ちらっと見たけど――」
いつも行くスーパーの方が安い、と茉莉花は小声で彼女に言う。
「さっすがウチの厨房長」
彗斗は腕を組んでそう言い磊落に笑った。
茉莉花は「そんな大袈裟な」と思いつつまんざらでもない顔をする。
何を選ぶが決めかねて陳列台の前を往復していた咲也は、背後から二人に急かされてようやく「冷やし中華」を手に取った。悩んだ割に面白みのない「普通」のチョイスだ。
会計を済ませサッカー台でエコバッグに弁当を入れ、足早に駐車場へ戻る。
気になっていた本があったので別館の書店に寄りたいと茉莉花は思ったが、今日はそんな余裕はない。
明日の「面談」の後に別の書店に寄ろう。
少しだけ後ろ髪を引かれたが、彼女は顔を上げて前を歩く二人の背中を追った。
駐車場に戻った三人は停車しているミニバンの車内に入った。
茉莉花と咲也はシートに荷物を置き、後ろで眠っている九郎の顔を覗き込む。
「マジ熟睡……ちゃんと起こさないと起きないねこれは」
「夏休み入ってからほぼ毎日、夜中に走ってっからな」
「ホント、よく飽きないよねぇ」
「そう言う「性」なんだろ」
九郎を見ている二人の姿は雲の上から地上を見守る番の天使のようだがその口ぶりは軽く、どこにでもいる平凡な少年少女のものだった。
双子たちが腰を落とし前を向いたのを運転席からバックミラーで確認し、真斗は車を発進させる。
駐車場を出て再び幹線道路に入る。巨大観音像を背にしばらく直進すると急な下り勾配になった。
この県道は丘陵地帯の上部を走っている。
周辺の住宅地は体感的に高台と言うより「山の上」にあると言っていい。
海抜二〇〇メートルを超える箇所もあり、現在地も一〇〇メートルを軽く超えている。
ここから先の区間は数回に分けて急勾配が続く。
「あー、来た……」
助手席の彗斗が耳鳴りを感じ顔を顰めた。
その高低差は走行中に気圧が変わるほどだ。
手持ち無沙汰にスマホを見ている――非常に俗っぽいありさまの天使と見まごう美貌の双子を乗せた車は、彼女たちを「天界」から「下界」に送り出すかのように急坂を降りる。
当たり前だが二人は天使ではない。
高野原のきょうだい達の自宅はこの丘陵から降りた先――「下界」にある。
仙台市泉区。市の中心部からかなり離れた郊外にあり、元々は「泉市」で合併により仙台市になった区である。
青葉山の伊達政宗の騎馬像やケヤキ並木のように全国的に仙台市をイメージするものはここにはほとんどないが、地元のプロチームのホームグラウンドのサッカー専用のスタジアムはある。
人々が日常生活を送るためにあるベッドタウンで住宅地の他にはスキー場がある山と田畑と至る所にある緑色濃い丘陵地。
その東の端、車で数分走れば市の境。茉莉花は自宅のある場所を説明する際に「住所に「字」が付く田舎」と言っている。
田畑が広がる「ガチの田舎」ではないが周りの至る所に色濃く重たい緑の木々が生い茂り、ハクビシンやタヌキが出る。近場の丘陵ではクマも出る。
それから近所に「ときめくお店や都会的な街並み」もないので彼女にとっては十分すぎるくらい田舎なのだ。
市営地下鉄の北の終点、泉中央駅からぎりぎりの徒歩圏内―日夜車両の往来が絶えない国道四号線・仙台バイパス沿いの高台の森に彼女たちの家がある。
この辺りは広さは異なるが同じ位の高さがある丘陵地がありそこに住宅地や学校のキャンパスなどが作られている。
高野原家があるのは丘陵と言うより「裏山」と言った感じの規模で高さはマンションの三階くらい。
住んでいるのは高野原家一世帯のみ。裏の方には電力会社が管理している施設がある。
その麓には低層マンションやアパート、一戸建てが混在する小規模な古い住宅地。この住宅地の路地の奥に「裏山」への入り口がある。
左手に家々の屋根とバイパスを走る車の往来、ロードサイドの店の看板が見える坂道を登って行くと右手の森の中に古びた石の門柱が二本並んでいるのが見えてくる。この門柱の向こう側が彼女たちが住む家だ。




