火竜ヴィラン・レッドドラゴン①
ベッドでぐーすか寝ていると、部屋の扉が蹴り開けられた。
音に驚き飛び起きれば、部屋の外にいるのは片足を上げたままの仁であった。
「敵襲だ」
「自己申告どうも?」
「俺じゃねェよ」
てっきり自認がヴィランのままで、己がやってきたことを敵襲とのたまったのかと思ったが、違ったようだ。
俺も寝ぼけてるな。自分がやってきたことを「敵襲」と言うほど、仁に素敵なユーモアを扱えるわけがない。
目を擦りながらベッドから降り、昨日の帰り道で適当に買ってきた服に着替えようとする。
「アホ」
罵倒を吐き捨て、仁は両手をポケットに突っこんだまま扉を足だけで閉めた。
足癖が悪い。マナーとかねえのかあいつは。
内開きのドアを蹴り開けるのはさほど難しくなさそうだが、蹴り閉めるのはなかなか器用だ。
着替えを終え、欠伸しながらロビーへ行けば、オミとレモンイエローのネムネムが同じテーブルについていた。
仁はいない。敵襲とやらへ対処に向かったのか、知らせるだけ知らせて部屋へ引っ込んだのかわからん。
軽く手を挙げ、オミが俺へ挨拶する。
「おはようさん」
「はよ。敵来てるって聞いたんだが、誰にとっての敵だ? ヴィラン?」
聞けば、ネムネムがウンと頷いた。
ヴィランがお越しになっているようである。
「ピニャータ?」
ネムネムが首を横に振る。違うらしい。
「初めて来るヴィランか?」
再び、ネムネムは首を横に振った。常連のヴィランらしい。
ネムネムランドはピニャータ以外からもしょっちゅう襲撃を受けているようである。
俺はネムネムの肩にポンと手を置いた。相変わらずのもふもふ加減だ。
「苦労してんなネムネム」
いやいや、それほどでも、といった様子でネムネムはほっぺたを掻く動作をした。
「なんでそんな狙われてんだ?」
俺の疑問に答えたのはネムネムではなくオミだった。
ジェスチャーであればかなり複雑になっていただろうから助かる。
「そら公安の手が入らねえ独立国家とありゃ、頭領の座を奪い取りてえって異形の輩は山ほどいるでしょう」
「へえ、そういうもんか」
オミはいつものように後頭部で手を組むと、へらりと笑った。
「手前らの地元はとうの昔に諦められて不可侵領域になってるけどな」
「そうなん!?」
「イノちゃんが昨日渡した手紙読んでねえってことはわかったわ」
何書かれてんだよあの手紙。誰からの手紙か、くらいは確認しとけばよかったか。
てっきり地元の誰か、つうか俺の父親からかと思ったのだが。
テーブルの上に無造作に投げられたままの手紙を想う。
「久多羅はクソ田舎だから行くのが面倒ってのもあんのかもな。異形の楽園が都会にあるとそのへん大変そうだ、バカが湧きまくる」
ネムネムはオミの発言に、手をひらひらとさせた。
バカは言い過ぎ、みたいなニュアンスだろうか。
あるいはそれほど苦労していないよ、か。
聞き逃せない単語が多々出てきて頭が痛い。異形の楽園ってなんだよ。
「全然知らんかったが、俺らの地元ってもしかして有名なんか?」
「その界隈で知らないもんはいねえ、程度には知名度あるね」
「え゙゙ーっ。どの界隈だよ。俺は所属してねえのか?」
「あ゙゙ー。ある意味所属してねえかもな。イノちゃんの周りにゃ過保護が多い……ま、手前も言えたことじゃねんだが」
異能力者組合みたいなのがあって、俺はそっからハブられてるってことか?
「俺、こないだ久多羅の秘蔵っ子って言われたんだが?」
「そりゃ……」
オミはスッと目を細めた。突然剣呑な雰囲気だ。
低い声で俺へ尋ねる。
「糸絡サン?」
「そ」
「なら問題ねえや」
「本当にそうだろうか」
オミが公安のお偉いさんを知っているのは、この際いい。
俺と公安のお偉いさんが出会っていることに対して疑問がないのも、いいだろう。
問題は、俺が秘蔵っ子と言われるのを、オミがなんだそりゃと言わなかったことだ。
外部から変な二つ名で呼ばれるのと、内部から変な二つ名で呼ばれるのでは重みが違う。
俺って公式に秘蔵っ子なんか、なあ、おい、どういう意味なん。
今、これ以上この件を深堀するのはよろしくなさそうだ。
話題を変え、ネムネムに話しかける。
「そんで、今はネムネムがヴィランに対処してんのか?」
首を横に振られる。否定。
だがこの場に流れる空気の緩さからいって、誰も何もしていないということはないだろう。
「んじゃ誰だ? まさか仁じゃねえよな。ネムネムランドを跡形もなく吹っ飛ばされたら俺はネムネムに合わせる顔なくなるぜ」
「仁ってのがあのヤクザ顔のにーちゃんなんだったら違えよ」
「白衣着てたか?」
「そのお方には未だお目にかかってねえんだが、もしかして囲ってるヴィランってのはひとりじゃねえわけ?」
俺はへらりと笑ったが、オミはそれだけで俺の言いたいことを理解して顔をしかめた。
「やけに水臭いのが関係してんな?」
「おお、オミ。3年ぶりに会うからって俺との間に心の距離を感じちまったのか?」
「そっちの水臭えじゃねんだわ」
その水臭い、ではないのなら澪のことだろう。
オミは昔から鼻が利く。俺には水の匂いなんぞわからないが、彼にとっては違うのだろう。
フラックスほど隠密に向いているミュータントもいないと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
特技は人それぞれだからな。
オミがD.E.T.O.N.A.T.E.を見かけておらず、澪が俺の傍にいるというのなら、ヴィランの相手をしているのは誰だろう。
ネムネムは城門を指さし、首を傾けた。
「見に行くかって?」
こくりとネムネムが頷いた。
この気軽さから言えば、ヴィラン襲撃は大した騒動ではないのだろうか。
せっかく提案してもらったんだから乗るか。椅子から立ち上がりながら聞く。
「オミも行くか?」
「手前は勘弁させてもらいますよ。戦闘は職務外なんでね」
「それ聞いて安心したわ」
飛脚というのは荷物運び以外になにをしているのかわからないが、戦闘が発生する仕事ではないようだ。
幼馴染がアブナイ仕事をしているとなれば心配してしまう。
「つか俺も戦いに行くわけじゃねえからなー?」
「あいあい」
オミに釘をさしたが、当人は適当に流すばかりだった。
俺だって戦闘は専門外なんだが。
ボコられる役のほうだったらそこそこ堂に入ってきてるから、素人ではねえってことでいいんだろうか。




